第74話 最終通告

 ドスンドスンと肉塊が雪の上に落ちてくるけど、それの上には瞬時に雪が降り積もり血や臓物の汚を白く包んだ。すぐに凍りつき、匂いや腐敗を防ぐだろう。

「これでしばらく食い物に困らないな」

 魔剣を抱えて戻ってきた侯爵が笑顔で言った。

「そうですね。毛皮もたくさん取れるでしょうし、爪や牙も加工して売るも良し、使うも良しですわね」

 侯爵は私の方へ向かって、

「ありがとう。君のおかげだ。ジョーイも無事だったし、こんなに大きな獲物を仕留める事ができた」

 と言った。


 私達はしばらく雪の中で向かい合っていた。

「あなたはガイラス・ウエールズ侯爵です。私達はあなたを迎えに来ましたの。そのお返事を頂きたいです」

「それは……俺には記憶がないし……」

「なくても、あなたは侯爵様なんです。あなたの帰りを待っている人間は大勢いますわ。この村の住人よりもはるかに大勢。あなたは決断しなければなりません。あなたは王都へ戻ってこの村を貧しさから救う事が出来る権力もお持ちですわ。村の為にそうしてあげればいい。

ですから私達と一緒に元の世界へお戻りください」

「それは……」

「何も! エルダさんと二度と会えないわけじゃありません! ただ、王都で領地であなたを心配している人達を安心させてあげて欲しいのですわ! あなたが! エルダさんを愛しているなら、それはそれで結構です! あなたのすべきことを終えたら、またここで暮らせば良いじゃないですか! 私はあなたときちんと離縁してさしあげますわ! どうせ私達は政略結婚! あなたとの幸せな生活を望んでおりましたけど! いいんです。私は冒険者になった事ですし、ですから……あなたがエルダさんを選ぶのならそれで構いません。あの方に振り回されてもあなたが幸せならそれで結構ですわ! 今日できっぱり貴方とは離婚します!」


 私はそう言ってから、侯爵に背を向けた。

 ボスボスっと雪の中を歩く。

 侯爵は追いかけても来なかったし、私は一人でとぼとぼと村まで歩いて戻った。


 村長の家に戻ると、ジョーイは保護されて暖められた部屋の中で毛布にくるまって眠っていた。側には村長とエルダ、そして子供達が心配そうにベッドの側にいた。

 子供達は痩せてガリガリで、この寒いのに薄っぺらいシャツ一枚と破れてズボン、藁のようなブーツを履いていたけど素足だった。

 私が部屋に入ると、エルダも子供達も私を睨んだ。

 村長だけが、「ありがとう、ジョーイの命の恩人だ」と言った。


 私は疲れ切っていたので、椅子に座り、おっさんとアラクネに魔法玉をあげた。

 おっさんが口に運ぶ魔王玉でさえ、子供達は羨ましそうに眺めている。


 私は自分の荷物からティーセットを出し、紅茶を入れてそれを飲んだ。

 寒い中アイスベアーと戦ったので疲労困憊だった。

 侯爵の前でヒステリーを起こしてしまったのは失敗だったな。

 疲れてたし、テンションも上がりすぎてたし。


「ダンはどうしたね?」

 と村長が言った。

「アイスベアーを仕留めたので、それを解体でもしてるんでしょ」

 と私は答えた。

「アイスベアーを仕留めたのか! 凄いな!」

「ええ、しばらく食べる物に困らないんじゃないですか」


「うちの人が仕留めたなら、うちのもんだ! 誰にも食わさないからな!」

 と言ったのはエルダだった。

「お前から施しを受けた家には一片の肉も分けないから! ざまあ見ろ!」

 エルダはそう言って私を見た。


「この寒い中、あなたの子供を見つけて助けた恩人に最初に言う言葉がそれなの?」

「見つけたのはうちの人だろ!」

「一キロ先の雪の中に埋もれていた子供が人間の力だけで見つかるとお思い? さらにアイスベアーに狙われてて、この村だって脅威にさらされていた。私がいておっさんがいたからこそ侯爵はアイスベアーを討伐出来たのに、あなたのその態度はなんなのよ」

 何がむかつくって、侯爵がこの女性を妻と認めてる事だ。

 記憶を無くし、酷い怪我を看病してくれた恩があるのは理解出来るし、この家族に美味い物を食べさせてやりたいとか、貧しい村をナントカしてやりたいとか思うのも分かる。

 けど、それはお互いの思いやりが前提じゃない? 

 行くあてのない身を置いてくれる優しい村人……をもう超えてるじゃない?

 子供の命を盾にしてる時点で駄目じゃない? 

 言葉は通じるけど、話が通じない人じゃない? 

 それを諫めもせず、言い聞かせもせず、恩人だかなんだか知らないけど彼女を許してる侯爵がもう駄目じゃない?

 侯爵とか村人とか関係なく、人間として駄目じゃろ!

 とそう思ったわけよ、私。

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