第69話 残酷な運命
「雪が酷くなってきた……家に入らんかね。しばらくはここいにいるんだろう」
と村長が言ったので、私はその後について村長の家に入った。
他の家よりは大きく頑丈にしてあるのは、いざという時の避難所にもなる為だろう。
入ってすぐの土間にはオラルドが置いて行った物資が積み上がっていた。
「こっちへ来て茶でも飲もう」
奥から声がしたのでそこを覗くと台所になっていた。。
「村長さんはお一人でここで?」
「ああ、連れ合いはとうに死んだ。まだエルダが小さい頃にな」
「そうですか」
勧められた木の椅子に座ると、村長が湯気の立つコップを差し出した。
「すまんな、茶と言ったが白湯しかなくてな」
「いいえ」
村長は私の向かいにこしをおろし、
「死霊王の噂は耳に入っとるよ。こんな村でもたまには冒険者や隣国からの旅人が立ち寄るからな。あんたが倒したってのは本当かい」
と言った。
「たまたまですわ。私は聖魔法が使えるので」
「そうかい、凄いね……あんた……ダンの何なんだ? ダンを連れて行ってしまうのか? ダンはわしらに必要なんだ。死にかけていた村を生き返らせてくれたんだ。ダンが来てから、みんな生きる希望を持ったんだ。エルダだって……乳飲み子を抱えて途方にくれてた時に怪我をして彷徨ってたダンが村に来た。エルダが夜も寝ずに看病した。子供達も旅に出ていた父親が戻ってきたと喜んだ。ダンは狩りも上手で、力も強く、優しい。このままエルダと添い遂げて欲しい」
「ダンとあなた方が呼んでる方はガイラス・ウエールズ侯爵様で、グランリーズ国王軍の軍団長をなさっている方ですわ」
私がそう言うと村長は目を大きく見開き、震える声で、
「こ、侯爵?」
と言った。
「そうです。私はガイラス様の妻です」
「妻……がいたの……か」
「はい、死霊王討伐に出た侯爵様のお戻りをずっと待っておりましたが、侯爵様は戻らず代わりに訃報が届きました。私達はどうしてもそれが信じられず、侯爵様を探す旅に出たのです。そしてここへ辿り着きました」
「そうか……ダンを連れて行ってしまうのか?」
「私達は侯爵様のお考えを尊重いたします。全ては記憶障害を治し、元の侯爵様にお戻りになってからですわ。侯爵様が王都へお戻りになるとしても、この村をこのままにしてはおかないでしょう」
「わしらは……貧しくてもいいんじゃ。ダンがいてくれて、エルダや孫が笑っていてくれたらそれが一番なんじゃ。じゃから、ダンをここへ置いてくれないか。このままあんたらが帰ってくれたら、ダンの事を忘れてくれたら……」
「私どもにもそれが出来ない理由があります。王都にもウエールズ領にもあの方を待っている者が大勢います。あの方は国とって必要なのなのです」
こう言う言い方は卑怯だろうか。
国が相手となれば村人も退くしかない、なんて。
侯爵は死んだとされているのだ。
侯爵亡き後、それなりに国は進むだろう。
ウエールズ領もろくでなしでも弟が継ぐ。
侯爵が死んだとなればそれは仕方のない事だからだ。
だけど侯爵は生きていたし、私達は再び出会えた。
運命は残酷だ。
私は、いや、オラルドだって、侯爵をここへ置いて行くなんて考えられない。
村長の気持ちは痛いほどに分かる。だがこの村を生かす為に私は自分の心を殺すのか? と自問すれば否しか答えがない。
だけど記憶が蘇った侯爵が私よりもこの村を選んだなら、そこで私の思考は止まる。
あり得ない、と頭を振っても、もしかしたら侯爵はこの村で幸せかもしれない。
すべては想記のバナナを探しに行ったオラルドにかかっている。
早く見つけて戻ってきてくんないかなぁ。
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