第62話 バナナ
「失った記憶を回復するような魔法はないの? リリアン様」
とおっさん達を見送った後、アラクネが言った。
今日は人型でお色気たっぷりな美魔女に変化している。
かねてからアラクネがオラルドを気に入ってて、何かと人間に変化してはオラルドの周囲をうろうろしているのは知ってた。けど、オラルドの頭の中には侯爵の事しかなくて、その色気もあまり通用していないようだ。
「そんなのない……んじゃないかしら。魔法はいろいろあるけど、思いつかないわ」
「そうか、そうだねぇ。想起のバナナでもあればねぇ」
とアラクネが言った。
「想起のバナナ?」
「そう、昔、女神に振られた事を忘れたい為にある男神が生み出した忘却のリンゴに対して、逆に何回振っても言い寄ってくる男神にうんざりした女神が生み出した、失われた記憶を蘇えさせる想起のバナナつうのがあってぇ」
「どこにあるの? そのバナナ」
「知らない。本当にあるかどうかは知らないよ、そういう逸話を聞いた事があって」
「妖精王の子孫であるダゴン氏ならその真偽をご存じかもですね」
とオラルドが言った。
「そうですね! それがあれが侯爵様の記憶も! 実在するなら探しに行きましょう!」
とサラが明るい希望を持った声で続けた。
「そうね、おっさんとカリンおばちゃんが戻ったら相談してみましょうか」
妖精の二人が戻ったのは二日ほどしてだった。
「どうだった?」
私は大きな魔法玉を二つ作って彼らを労った。
「どうもこうも、貧しすぎて涙が出る村や」
とおっさんが言った。
「貧しい?」
「そうや、なんせ貧しいやろ、そんで貧しい。めっちゃ貧しい。村人は三十人ほど、世帯で言えば六世帯、大半が動けない老人、あとの半分が働ける男は侯爵を入れても六人、女が三人、少年が二人、少女が一人、赤ん坊が三人。土地自体が痩せて栄養もからっからで、作物もなかなか育たん、狩りをするのも魔獣がうろうろする土地やからそんなに遠出もできん。さらに冬が長い地方やからもう飢え死に寸前や。働き手を増やせの勢いで子作りをしてるが、赤ん坊が畑の手伝い出来るまで何年もかかるし、子供は村に見切りをつけて出て行ってしまう。そうやって大半の村人が捨てて行った末が今の村なんや。侯爵みたいな強い男が来て、村では大歓迎。魔獣の肉を狩れて皆が腹一杯食べられるようになったし、冬を乗り切る食料や薪、毛皮を蓄えられるようになった」
「そうなの」
「さらに隣国との境目にある村や、万が一戦争にでもなれば一番に侵攻の犠牲になるのは間違いない。それは村人も理解してる。そやから、侯爵のような腕のたち、頭のいい人には嘘をついてもいて欲しいもんや。リリちゃんが来たから、皆で集まってどうやって侯爵を守るか相談してた。絶対に渡さへんって、特にあのエルダって女が、侯爵は子供達の父親で、今は自分の旦那だって血相変えてたで」
「どうなさいます? リリアン様」
とオラルドが私を見て言った。
「侯爵様を取り戻すのは村に対しある種の宣告を行うようなものですね」
「そうね、村人は侯爵様に希望を抱いてしまったのね」
「そんな! ではこのままですか?」
とサラが言った。
「いいえ、このままではないわ。おっさん、想起のバナナって知ってる?」
「想起のバナナか、知ってるで」
「じゃあ実在の物なの? 失われた記憶が蘇るって本当?」
「ああ、確かにそれを使えば、侯爵の記憶も蘇るかもな」
「どこにあるかも知ってるの?」
「それはあたいが知ってる」
とカリンおばちゃんが言った。
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