第42話 提案
こりゃ駄目だ。
話にならない。
嫌悪感がわき起こった。
鞭で叩かれても仕方ない、自分が悪いからこうされるんだ、という考えはレオーナがそれでいいなら良い。
好きなだけ鞭で叩かれればいい。
「レオーナ様、あなたが鞭で叩かれるのがお好きならそれで結構ですけど、そうでもない人間にそれを強制するのはよくないですわ。サンドラ様を鞭で打つなんて駄目です。ノイル様、この屋敷内であなたの思惑で誰かを鞭で折檻するなんて私が絶対に許しませんから」
と言うとノイルは眉をひそめ、レオーナも顔を紅潮させた。
「リリアン様、これはノイルとサンドラの夫婦間の話で、いくらあなたでもそれをどうこうする権利はありませんよ」
とレオーナが言った。
「まだ婚約の段階でしょ? 他人だわ。例え結婚しても妻が夫の私有物みたいに言うのは不愉快だわ。あなたはあなたのご主人にそうされればいいけど、他家へ乗り込んできてのその発言は不愉快ですわ。サンドラ様は帰しません。どうぞお引き取りを」
と言うと、
「何て失礼な女!」
とレオーナが激昂した。
「たかが伯爵家の出でこの私にそんな口を! ノイル、鞭をお貸し! 私がこの女を躾けてやるわ!」
と言い、ノイルに向かって手を出した。
ノイルは普段から鞭を持ち歩いているので、すぐさまそれをレオーナの方へ差し出したが、上から真っ赤な巨大蜘蛛のアラクネがぴょんと飛び降りて来て、二人の前で大きく立ち上がり威嚇した。
ちなみに今のアラクネは蜘蛛の完全体で上半身も蜘蛛だ。
四本足で立ち、あとの四本は大きく伸び上がり、身長にしたら二メーターは超えている。
もちろん「ぎゃーーーーーーーーーー」とレオーナの悲鳴があがり、彼女はひっくり返ってしまった。ノイルはさすがに慣れたのかそこまではびっくりもしなかったが、気まずそうにもじもじとした。
「ありがとう、アラクネ、いい感じの登場だったわ」
「へへ」
魔法玉大を投げてやると嬉しそうに四本の足でキャッチし、アラクネはそそくさと消えて行った。
「ノイル様、私思うんですけどね」
私はまだ湯気の立つ紅茶を一口飲んで、思いついた事を提案してみた。
「な、なんですか」
「あなた、レオーナ様と御結婚されたらいかがかしら」
「え?」
「レオーナ様、まだ独身でいらっしゃるでしょう? そしてベルモント家は娘ばかりでどなたかが結婚してお相手に養子に来ていただくのよね? レオーナ様は長女であるし、きっとそういう段取りでお相手を探してらっしゃるんじゃないかしら? そしてノイル様、あなたもここにいる限りはガイラス様の元で冷や飯ぐらいの次男坊ですもの。レオーナ様と御結婚されたらあなたがベルモント家の次期当主ですわよ? あなたは妻を鞭で打っても平気で、レオーナ様も鞭で打たれるのは自分が悪いからと考える人ですわよね? ちょうどいいんじゃないかしら? ねえ、サンドラ様、どうお思いになる?」
と問題をサンドラに振ると、
「あ、それは……よいお考えだと思いますわ」
と両手を胸の前で合わせて言った。
「そ、そんな」
とノイルが言った。
「あら? 嫌ですの? あなた、レオーナ様と頻繁に手紙をやりとりするほどの友好な関係なんでしょう? 気も合うみたいだし、家柄もちょうど良い釣り合いですわよね?」
「いや……しかし……その」
「あなたは自分に都合のいい理由でレオーナ様を鞭で打てばいいじゃないですか。レオーナ様はそれに不服を言わないでしょうし」
実はカリンおばちゃん妖精からレオーナの情報を少しばかり収集してある。
さすがにおばちゃん、実にデリケートな恋愛、結婚問題にはおっさん達よりも張り切って調べて話してくれた。
レオーナがベルモント家の長女でどこからか婿を取らなければならないのは事実だ。
ベルモント家四人姉妹はレオーナ、マーガレット、アンナ、サンドラで、マーガレットとアンナはすでに嫁いでいる。サンドラは幼い頃からウエールズ家に来ているが、それはレオーナに酷くいじめられたからだった。
レオーナは嗜虐趣味な少女で妹たちを酷くいじめたらしい。特に気弱で病弱なサンドラは格好の獲物で、それが理由でサンドラはウエールズ家に預けられたそうだ。
他の妹達も逃げるように早々と他家へ嫁ぎ今はレオーナ一人になったベルモント家だが、どれだけ金を積んでも婿が見つからない。侯爵家の次期当主であるという旨味とレオーナの夫、比べてもその性格と容姿が縁談を遠ざける結果になっている。
ノイルが躊躇する様子から、レオーナは全く好みでなく鞭で打っても楽しくもないのだろう。むしろ、反対に鞭で打たれる可能性すらある。
「い、いや、それは……サンドラとの婚約は先代の言いつけであるし」
「あなたがここで性格を歪ませてるくらいなら、ベルモント家の次期当主になられる方が先代様も喜ばれると思いますわ」
「え」
ノイルは顔は痙攣してぴくぴくなっている。
そこへオラルドがやってきて、
「失礼いたします、お戻りになられるという便りと同時に侯爵様がお帰りになられました」
と言った。
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