第41話 敵襲来
結局、サンドラは私の使う棟へ移動させた。
ずっと住んでいたというこの地味な部屋へはノイルが簡単にやってこれるが、私の使う棟は正妻用の住み処なので、侯爵以外の男性が勝手に入るのは禁止だからだ。
ノイルにはアラクネを見張りにつけてもし使用人達やメイドに鞭を振るうような事があれば脅かしてもかまわないから止めるように言いつけてある。
暇だったのかアラクネは嬉々として屋敷中をこっそり徘徊している。
「サンドラ様とノイルのご婚約についてだけど、ガイラス様の留守に物事を勧めるわけにもいかないけど、本当に結婚するの?」
ノイルはあれから姿も見せず、大人しくしているので、サンドラはまた教会へ通っている。
午後、教会から帰ってきたサンドラをお茶に招き、そう聞くとサンドラは俯いた。
「あの……そうした方が良いのなら」
「私はそうした方が良いなんて口が裂けても言わないわ。あなたがどうしたいかよ」
「……先代様にはそう言いつかっておりまして……」
「え、先代がそう言ったからなの? あなたの気持ちは? まあこういう世界じゃ家同士で決めるんだろうけど。私なんか選択の余地もなかったもんね。でもあなた幼い頃からここで暮らして、少なからずノイルに好意を持ったんでしょう? あんな男なのに?」
「それは……はい……いいえ!」
「どっちなのよ。ぶっちゃけ、ガイラス様がもし私に一度でも手を上げたら、私はガイラス様を氷漬けにしてここを出ますから。こういう時代に生まれた悲劇かもしれないけど、私はこの先貧乏してもいいから、鞭で打たれるような生活はごめんだわ」
「それは……」
言いたい事はありそうだがサンドラはしゅんとなってしまった。
「恐れ入ります」
とサラが会話に割って入り、
「お客様がいらしております」
「お客様?」
「はい、レオーナ・ベルモント様と仰る方がノイル様を訪ねていらしたそうで、すぐに奥様にとサンドラ様にもそう告げるようにと」
「レオーナお姉様が……」
サンドラは手にしていたカップを落として、中身が絨毯にこぼれた。
「どうしましょう……きっとノイル様が……お姉様に手紙を書いたんだわ。ああ、リリアン様、どうしまょう……私、家に戻されてしまいます」
「レオーナ様って、あなたのご実家、ベルモン侯爵家のご令嬢よね?」
「はい、一番上の姉でございます」
「ふーん、あなた、会いたくないならベッドで休んでなさいよ」
「いいえ、いいえ、お姉様に会わないなんて……そんな事」
サンドラは真っ青になっている。
ノイルの知らせでやって来たと言うことはレオーナ・ベルモント嬢とノイルは頻繁に親交があり、これだけサンドラが怯えていると言う事はかなりな人物でしょうね。
足元がふらふらしているサンドラと共に私は客を迎える広間と向かった。
「初めまして。レオーナ様、私がリリアン・ウエールズでございます」
広間へ入てそう挨拶すると、ニヤニヤ顔のノイルとその横にやけに大柄のきつい顔のご婦人が座っていた。確かにサンドラの姉だろう、やっぱり幸薄そうな顔をしていて、さらにきゅっと引き締まった唇が頑固そうだなーと思わせる。
レオーナはにっこりと笑って、
「初めまして、リリアン様?」
と疑問系で言った。
「お、お姉様……ご無沙汰いたしております」
と私の少し後方からサンドラがおずおずと小さな声で言い、
「サンドラ!」
とレオーナが甲高い声で言った。
「やり直し! 聞こえないわ。客を迎えて、そんな貧相な声で!」」
「は、はい、申し訳ございません、お姉様」
うわぁ。めんどくせえ。
私は向かいのソファに座り、サンドラも腰をかけるように促したが彼女はがんとして座らなかった。メイドのように私の側に立っている。
「レオーナ様、本日はどのようなご用でしょうか。この辺りはもう雪が深くなってきておりますから、おいでいただくのも一苦労でしたでしょうに。お夕食には暖かい物を用意させますわ」
と言うと、
「それには及びません。今日はサンドラを引き取りに来ただけですから」
とレオーナが言った。
「え?」
「長い間、お世話になりましたわね」
サンドラを見ると真っ青を通り越して、顔が白くなっている。
「それは何故ですの? 確かにサンドラ様はまだ独身でベルモント家のご令嬢ですから、お家に戻られる事もあるでしょうけど。それに……良し悪しはおいておいてもノイル様とご婚約はされてましたでしょう」
「ええ、そうでございます。けれどノイルと結婚する前にもう一度躾をし直さなければなりませんと思いましてね。旦那様に逆らうような娘を嫁がせたとあってはベルモント家の恥ですから」
「ですが現在、当主である夫が不在ですから、夫の留守にサンドラ様を帰らせるのは出来ませんわ。そう言うお話は夫が戻ってからにしていただけます?」
ここらへんで意志を固めるのだ。
一歩も退かない、という気持ちを強く持つ。
正面からじっとレオーナの顔を見る。
「確かに奥様のおっしゃる通りですわ。でもサンドラが帰りたいという気持ちまでは無視しませんわよね?」
とレオーナが言った。
私がサンドラを見ると白を通り越し、土色のような顔になっている。
「サンドラ様? ベルモント家へ戻りますか?」
「……あ……の」
「あなたの援助を待って教会で寒い思いをしている子供達がたくさんいるのに、お姉様と共に家に暖かいベルモント家へ戻りますか? 神父様もあなたを頼りにして、さすがはベルモント家の方だと感謝してましたのに。それでも家に戻りますか? ベルモント家の方は信心深いと聞いていますのに」
と言うとサンドラは困った様な顔になり、レオーナはむっとしたような表情になった。
ノイルはニヤニヤ顔をやめて、こちらもぶすっとしている。
虚栄心の強い家柄だとか、金に意地汚いとか、使用人に辛く当たるとか、貴族には様々な顔があるが、一応に教会には弱いというのはあるあるだ。
この時代、よほどの悪人に身を落とさなければ、信心と言う分野だけは突破できないのが普通だ。だからレオーナも神父様や教会を出されては、次の言葉に詰まった。
「レオーナ様、こうなっては腹を割って話しましょうよ。その男はサンドラ様を鞭で打ったんですのよ? ですから部屋を離して、今は私が保護しておりますの。女に、しかも貴方の妹に鞭を振るう男をあなたはどう思われます?」
「そんな事はたいした事じゃありませんわ。サンドラがノイルを怒らせるような事をしたのでしょう」
ふふん、という感じでレオーナは言った。
「本気で言ってるんですか? 鞭ですよ? サンドラ様の顔、ミミズ腫れになってたんですよ?」
「旦那様を怒らせなければいいのです」
「本気でおっしゃってます?」
私は真面目に聞いたのだけど、レオーナはキリッとした表情で、
「そうですけど?」
と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます