第22話 侯爵モドキ
「リリアン様」
テーブルを挟んで向かいあって座る侯爵モドキとサンドラがいた。
いつも食事してるかお茶飲んでるのかな。
正妻用の部屋よりもふかふかな絨毯を歩いて、私は二人に近づいた。
「サンドラさん?」
「リリアン……様」
「あなた、侯爵様のお留守に他の殿方をよりによってこの部屋に招き入れるのはまずいですわよ?」
と私が言うと、サンドラははっとした顔で私と正面に座っている男を見た。
「ねえ、あなたも侯爵を名乗っているようだけど、馬鹿な事はおやめなさい」
私がノックもせず部屋に入ったので、侯爵モドキは兜を被る暇がなかったようだ。
素顔はまだ若く、青白い細面の顔の青年だった。
「し、失礼だな、君! 部屋に入る前にノックの一つもしないなんて、全く噂通りの礼儀知らずで役立たずの伯爵令嬢だ!」
と首から下は鎧を着用したままの青年が苦々しく言い放った。
「ノイル様が侯爵様ですわ」
と言ったのはサンドラで、クラリスもうんうんとうなずいた。
「ノイル様? あなたが侯爵なら私と大聖堂で結婚したガイラス様は何なの?」
「先代の遺言通りに兄上は侯爵家を継ぐつもりらしいが、あの人にその資格はない。私、ノイル・ウエールズが侯爵家を継ぐ者だ」
ノイルと名乗った青年はそう言い、どや顔をして見せた。
サンドラもクラリスも「キャー、ノイル様、素敵ー」みたいな顔をしてノイルを見つめた。
「弟って、そんな話は聞いてないんですけど」
ノイルはふっふっふと笑い、。
「兄上は渋っていたよ。皇太子にあなたみたいな女を押しつけられて、王家の口利きでは断る事も出来ずにね。あなたに侯爵家の事を教えようとも思えなかったなんじゃいですかね。病弱、かつ魔法も使えない、社交性もなく……まあ見目だけは麗しいですけど、陰気で泣いてばかりの女なんて」
と言った。
「それに兄上はもうこの世の者ではないだろうしね」
「え?」
「今度の任務は生きて帰れはしない。手負いのアイスドラゴンを討伐せよと命が下ったらしいからな。ただでさえアイスドラゴンは危険指定魔獣α、危険魔獣の中でもトップのαだぞ? 最後の任務と張り切って出かけたが、足を負傷したままの兄上に討ち取れる魔獣ではない。死神将軍と呼ばれ誰からも恐れられた男だが、今頃はもう……雪の下さ。君も残念だったね、侯爵家へ来て金をむしり取る予定だったのだろう? 伯爵家から早くも何通も手紙が来ているよ。どれもこれも金を無心する内容ばかりだ」
ノイルはテーブルの上に広げてあった、数枚の紙をひらひらと見せつけてから握り潰した。
サンドラとクラリスがクスッと笑った。
あー、もうあの両親殴りたい。
「里の恥知らず達の手紙は捨ててくださって結構ですわ。ですがあなたが侯爵というのは無理がありますわね。ドラゴンは元気にこの地を離れましたし、ガイラス様は特にお怪我はなさってませんわ。ですからあなたが侯爵家を継ぐのは無理ですわね」
と言うと、ノイルは首をかしげた。
「そんな馬鹿な……手負いのアイスドラゴンだぞ! ドラゴンの中でも特に巨大で凶暴、討ち取れるには大賢者、大魔法使いの超攻撃魔法がないと……いくら兄上が手練れでも、剣のみの騎士団だけでどうにかなる相手じゃない」
え、そうなんだ。
「ですが事実ですわ。ドラゴンの任務を終えたガイラス様はやがてお元気な姿でお戻りになるでしょう。ですから侯爵ごっこはお終いになさい。いいわね?」
私はクラリスを振り返った。
ビクッとクラリスが私を見た。
「クラリス、あなたにも話があるわ。聞きたい事もたくさんね。場所を変えるわ。私の部屋へレイモンドと一緒にいらっしゃい」
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