第17話 鎧兜男
サラが台所からもらってきた肉塊をドラゴンへ与えてから私は部屋を出た。
もちろん侯爵様に会うためだ。
部屋を出て、迷路のような屋敷の中をぐるぐると歩き、ようやくロビーに出たところでレイモンドを見つけた。
「レイモンド、侯爵様がお戻りになったと聞いたわ。どちらにいらっしゃるの?」
と聞くと、レイモンドは昨日までの態度を改め、また私に対して冷たい視線をよこした。
「確かに侯爵様はお戻りになりました。今はサンドラ様のお部屋にいらっしゃいます」
「サンドラの部屋ですって?」
「はい。奥様にお声をかけるには及ばないと仰り、サンドラ様のお部屋に」
そこへワゴンを押したクラリスが通りかかり、
「レイモンド様、ご主人様はサンドラ様とお食事をされるとの事ですが、サンドラ様がお部屋でいただきたいご様子なので、そちらにお運びいたします」
とわざわざ立ち止まってそう言った。
私はそう出来た人間ではないので、腸が煮えくりかえるとはこの事だ。
レイモンドとクラリスの口元は綻び、私を笑っている様に見えた。
クラリスがまたワゴンを押して歩き出したので、私はその後をついて歩いた。
「何かご用ですか」
とクラリスが言うので、
「侯爵様にご挨拶に伺うわ。もちろんサンドラにも初めて会う事になるわね」
とだけ私は言った。
侯爵家は城のようにだだっ広い。
せっかくの食事も部屋につくころにはすっかり冷めているのはざらだ。
私の部屋とサンドラの部屋はまず、棟が違う。
目指す棟まで延々と歩いて行くのは面倒くさいし、なんで私が、とも思うが意地もある。
私の住む場所は正妻用の美しい棟で、薔薇園や四阿のある庭も景色も綺麗だし、とても明るく綺麗に整えられているが、サンドラは奥の方の少し陰気な小さな棟だった。
クラリスは部屋のドアをノックしてから扉を開いた。
「失礼いたします。ご主人様、サンドラ様、お食事をお持ちいたしました」
と言いながらクラリスがワゴンを中に押し入れようとした。
正妻であるこの私の来訪を告げるつもりはなさそうなので、私そのワゴンより先に部屋に入った。
「あ」
と部屋の中から声がした。
部屋の構造はそう変わらず、暖炉があって、フカフカの絨毯。テーブルに椅子、ソファ。
奥の扉は寝室だろう。
「侯爵様」
と言ってから私は首を捻った。
確かに部屋には女性が一人と侯爵が椅子に座っていたが、侯爵は何故、鎧兜姿のままなんだろう?
ここは侯爵の屋敷で、この部屋は侯爵の恋人か愛人かの部屋だろうに。
鎧兜が騎士にとっては命を預ける正装である、と言われればそうかもしれないけど。
家に帰ってまで、そんな重そうな物を着なくても。
「お帰りなさいませ」
と私が言うと、侯爵は少しだけうなずいたが、その瞬間、兜がずるっと前にずれて侯爵は慌ててそれに手をやった。
「侯爵様、屋敷にお戻りになったのですから、それを外して着替えられては?」
と言ってみたが、侯爵は手をあげてそれを止めるような素振りをした。
「さようですか……サンドラ様、お初にお目にかかりますわね。私、リリアンと申しますわ。侯爵様の妻としてこちらへやってまいりましたの。どうぞよろしく」
サンドラは細面の美人だった。
失礼だけど、幸薄そうな顔で、何か困ってるような表情で私を見上げた。
「あ……ええ。はい」
と言った。
「お体が弱いとお聞きしましたけど、お加減はいかが?」
「ええ、大丈夫です。ね?」
とサンドラは侯爵に目配せをし、侯爵は無言でうなずいた。
私は椅子に座ったままの侯爵とサンドラに凄い違和感を覚えたのだが、それの追求はまた今度にする事にした。
「お食事のお邪魔をいたしましたわ。ではごきげんよう」
と言って部屋を出た。
私が部屋を出て、ドアが閉めきってしまう間にサンドラとクラリスの笑い声が上がったので、やれやれだな、と思いながらまた、自分の部屋までの長い道のりを歩く。
歩きながら考えたんだけど……あの侯爵……あれ違うよね?
確かに私もそう何回もは会ってないけど、国王に会った時、大聖堂で結婚した時、とにかく侯爵はもの凄く身体の大きな人だった。けれど今日のあの鎧、椅子に座ったサンドラとあんまり座高が変わらなかったぞ。
え? どういうこと?
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