第5話 役立たず

 なんて事を図書室で固い決意をしていたらばたばたと足音がして、ドアがばばーんと開いた。

「何事ですか!!」

 顔を覗かせたのは兄上の家庭教師のボランだがバランだがいう家庭教師だった。

 年寄りで宮廷魔法師を引退した後、後継者を育成する目的で見込みのある生徒に魔法を教えている。

「はあ?」 

 私は先程の魔力の放出で身体がまだ酷く疲れていたので、ソファに寝転んだままだった。

「リリアン様」

「何でしょう?」

「何かありませんでしたか? こちらで酷く大きな魔力を感じました。それはもうとてつもない……」

「さあ?」

 老魔術師はずかずかと図書室へ入って来て、あたりをじろじろ見渡し、私の手にしている初級魔法の本を見た。

「ほう、魔法のお勉強ですか?」

 それは酷く見下げたような顔だった。

「別に、暇つぶしですわ」

「でしょうな。あなたのお年で魔力が発現していない者が今更勉強しても無駄ですから。例え魔力が発現したところで、あなたのような病弱で役立たずは魔法などうまく使いこなせるはずもない」

 うん、腹立つな。

 かねてからこの老人は兄のエドモンドを天才と持ち上げ、元宮廷魔道士の自分がその才能を導ける唯一の存在である、と大風呂敷を広げわがローズデール伯爵家に寄生しているのだ。後進の育成の為と言いながら辞した宮廷ではすでに過去の人間で、誰もこの老人を引き留めも追従もしなかったと聞いている。

 今なお、老いて益々健剛な大賢者、大魔法使いは何人もおりその弟子も大勢いるが、その末席に席を置く事はなく、有名一族の元へ根を下ろしてゆったりと自分の全盛期を語りながらお茶を飲んで過ごしているのだ。

「そうですとも。天才の兄様でしたら今年はきっと魔術学校へ合格いたしますわ。二年も連続で不合格なんて事になったら、もう兄様は魔術師になるのを止めてしまうでしょう。そうなるとゲラン先生はそのお年で身を寄せる場所があおりなのかしら? 心配ですわ」

「な……」

 と言って老魔術師は顔を真っ赤にしたが、うまく言い返しも思いつかなかったのだろう、背を向けて図書室から出て行ってしまった。


 それからも私は図書室で日を過ごし、もっぱら魔法を勉強したが実践までは出来ない事を悩んでいた。とりあえず小規模のヒールだけは自分の擦り傷なんかを治してみた。

 魔力もありそうだし詠唱も認識しているがそれ以上の魔法はすぐにでも出来るものとも思えない。どこかで実践してみなければと思うのだが、そうそう外出も出来ず一人になれる場所もない。

 と思い悩んでいるうちに、国王への謁見の日がやってきた。

 見た事も話した事もないガイラス・ウエールズ侯爵と共に婚約の報告をするのだ。

 リリアンの私室はドレスと靴、宝石でてんこ盛りになり、その謁見に伺う日に何を着るかで母親と揉めていた。

「何でもいいですわ」

 と言うと母親は目をつり上げて小一時間ほど説教が始まる。

「それにしてもガイラス様はとても素晴らしい方、あなた幸せよ。ほら、このハンケチ一つでもどう? 素晴らしい絹の手触り、それにあなたの瞳の色に合わせたこの宝石達」

 母親は豪華な衣装と高価な宝石を婚約の贈り物としてきたウエールズ侯爵をいたく気に入ったようだ。

 死神とか醜いとか、可哀想なリリアンとか言ってなかった?

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