第3話 初めての口答え

「可哀想なリリアン」

 と母親が目にハンカチを当てながら言った。

「可哀想? 何故です? お母様」

「あなた、ガイラス・ウエールズ侯爵よ? 一度たりとも人前で取ったことのない鎧の騎士。その鎧の中の素顔はこの世の物とは思えないほど醜いと噂されているのを知らないはずがないでしょう? 戦いにおいてはウエールズ侯爵よりも強い者はこの世にいないとまで言われ、各国諸外国に死神将軍と恐れられているとか。あなたみたいな病弱で気弱な娘が遠方へ嫁いでうまくやっていけるのかしら」

「まあ」

 と私は言った。

「だが皇太子に次いで広い領土と金を持っている。それに侯爵はこの度の遠征で足を負傷され、軍は引退されるそうだ。まあ侯爵家を継いだのだから、領地の管理もあるだろうしな。広大な領地で土地も豊か、鉱山もあるそうだ」

 と父親が言った。何気に嬉しそうだ。

「そうですか」

 と私は言った。

 この両親もアレだな。

「そんなに私が可哀想ならこのお話、断ってくださいな」

 と言ってみた。

 両親、兄までがぎょっとしたような顔で私を見た。

「何を言っているの? リリアン」

「そんな事、出来るはずがない、お前は我が家が爵位を取り上げられてもいいと言うのか」

「そんな事はありませんわ。ただ私を守る気もないのに、可哀想がるのは止めて欲しいだけですわ」

 そう言うと両親ともに黙ってしまった。

「我が妹の脆弱ぶりに呆れてすぐに返されるんじゃないですか。やれ薬湯だ、やれ最新の薬だ病を治す魔術師を連れて来た、だの。役立たずのくせに金がかかる」

 と言ったのは兄だった。

 両親ともに病弱の妹を貶める兄を諫めもしない。

「あら私に出すお薬代が惜しいなら、医師や怪しい魔術師は止めて頂いてかまいませんわ。お父様とお母様のカードゲームや、お兄様がどこぞの吟遊詩人に貢ぐ金額の方がはるかに大きくて馬鹿馬鹿しい浪費ですけど」

 つい言い返してしまったが、自分の家の中でさえ敵だらけだ。

 気弱な令嬢では押さえつけられ、いじけてしまうのはしょうがない。

「お前、今日はどうしたんだね?」

 と父親が言った。

 口答え一つしたことのないリリアンが言った言葉に驚いている。

 そして両親と兄は黙ってしまい、朝食は素晴らしく雰囲気の悪い場となった。

 私はサラダとか果物をさくさくと食べてから、

「ごちそう様でした。お先に失礼しますわ」

 と言って立ち上がった。

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