第9話メンタル強男は話しを聞く

泣いている海ちゃんを抱きしめながら、これからのことを考える。


まずやらなければならないことは、両家の親に報告をすることだ。

まだみんな、俺と空が付き合っていると思っている。海ちゃんと付き合うことがなければ、別れたことをわざわざ報告することもないと思っていた。

だが俺は、海ちゃんを選んだ。海ちゃんに隠させて、肩身の狭い思いなんて絶対にさせない。だからちゃんと、伝えたいと思う。


みんなきっと、複雑な思いになるだろう。おじさんおばさんには、空の浮気の件を話さないと、軽薄な男だと思われるかも知れない。今までの積み重ねも失ってしまうかも知れない。

うちの両親にも失望されてしまうかも知れない。自分一人が失望されるだけならまだ辛いが耐えられる。でもそこに海ちゃんを巻き込んでしまうことは絶対に避けたい。

海ちゃんまでもが、親と気まずくなるなんてことになるくらいなら、空とのことを正直に話そう。だけどそれは、空の話を聞いた後だ。

正直ここまで、空と話をすることから逃げていたところがある。怖いんだ、空に他に好きな人ができた。その言葉を聞くことが。

でももう、そこから逃げて良い時は終わった。俺は、海ちゃんと前に進むことにした。逃げることはもう許されない。覚悟を決めろ。



まだ泣き止まない海ちゃんを抱きしめながら、俺の心は決まった。

明日、自分から空に話しかけよう。そして、事情を全部聞くんだ。全部聞いて、全部飲み込んで、それで答えを決めよう。たとえ、許せたとしても、もう俺の一番は海ちゃんだ。海ちゃんの幸せを一番に考え、海ちゃんの悲しみを一番に避ける。それでいいんだ。



もうだいぶ遅くなってしまったので、まずはおばさんに連絡をしよう。

海ちゃんを抱いてる右手を外し、スマホを操作する。


『連絡が遅くなってすみません、今海ちゃんは自分といるので安心してください。もう少ししたら一緒に帰ります。』


そう送るとものの数秒で既読がつき、すぐ返信がきた。


『ちぃくんと一緒にいるのね、それなら安心よ。あと空も一緒にいる?空もまだ帰ってきてないのよ。』

『すみません空は一緒にいません、今日は別々で帰っているのでどこにいるかもわからないです。』

『あらそう、じゃあ空には私から連絡しておくから、もし見かけたら、遅くなるなら連絡しろって伝えておいて』


それにわかったとだけ返信し、スマホをしまう。

海ちゃんはまだ鼻をスンスン鳴らしているから泣いているのか。あまり遅くなるようならどうにかしないとな…。と考えていたが少し様子が変わっていた。


「…海ちゃん、それもしかして、泣いてるんじゃなくて…匂い嗅いでない…?」


その言葉を聞き、ビクンと反応したあと、名残惜しそうに離れていった。


「えへ…バレちゃった。でもずっとじゃないよ!さっきまで本当に、涙が止まらなかったんだから!」

「そこは疑ってないけど…でもこれは大変そうだな…海ちゃんが空以上の匂いフェチだったなんて…。」

「大変かも知れないけど!もうちぃにいは私を買っちゃったから!返品不可だよ!」


海ちゃんの頭を撫でながら優しく答える。


「返品も撤回もしないよ。これからは全部、海ちゃんを一番に考えるよ。ずっと幸せにするからね。」

「ずっと…。」


顔を赤くしながらだんだんニマニマしてきている。


「さて、もう結構遅い時間になっちゃったからね、おばさんも心配してるだろうし、そろそろ帰ろうか。」

「うん!まだちぃにいと一緒にいたいけど…でもこれからは”ずっと”一緒にいてくれるんだもんね!もう絶対に離さないよ!」


元気にベンチから立ち上がり、満面の笑みで手を差し出してきた。

俺はその手を握り返し、体は冷えてきているけど、心はすごく温かいな。なんてことを考えながら帰路についた。




お互いの家まで着き、手を離せばもうこの時間は終わり。そう思うとお互い手を離せないでいたが、意を決して俺から離す。

寂しそうな顔を浮かべる海ちゃんに、最後に何かしてあげたい。そう考えた俺は、思いついたことをすぐに決行する。


「海ちゃん、ちょっと目、瞑ってくれる?」

「ん?んー。」


素直に目を瞑ってくれる海ちゃんがすごく愛らしい。

そんな海ちゃんに近づいて、そっとキスをした。本当に子供みたいな、ただ少し触れるだけのキス。

すぐ顔を離したが、海ちゃんはびっくりした顔をしていた。そして自分が何をされたのか、すぐに理解したらしい。

何も言わずに自分の家のほうに駆けて行ってしまった。早すぎたかな?と後悔しそうになっていたが、最後にこっちを振り返ってくれた。



「ちぃにい!今!絶対!私が!世界で一番!!幸せな女の子だよ!!!」



暗くて顔はよく見えなかったが、きっと先程と同じ、満面の笑みを浮かべてくれているだろう。


「うん、ありがとう。これからよろしくね、また明日。」

「うん!また明日ね!おやすみ、ちぃにい!」

「おやすみ。」


そう言い合い、お互いの家に入っていった。


顔がすごい火照っているので、家に入って少し間をおく。

冷静になってきたのでリビングに顔を出すと、すぐに母さんの声が聞こえた。


「ちぃ、おかえり。外で何か話ししてた?空ちゃん?」

「ただいま、母さん。空じゃなくて海ちゃんだよ。」

「あら珍しい。海ちゃんと一緒に帰ってくるなんて。」

「うん、たまたま一緒になってね。」


こんな会話も空と別れて海ちゃんと付き合っていると報告したら、変わってしまうんだろう。

でも俺はもう、覚悟を決めた。海ちゃんと生きていく覚悟を。そのためにも、まずは…。


「外結構寒かったでしょ。先にお風呂入っちゃいなさい。ご飯は作っておくから。」

「うん、ありがとう。そうするよ。」



そうして俺は、色々なことが起こりすぎて、とても長く感じた1日を終えるのだった。





次の日の朝も、アラームより少し早い時間に起きた。

なんだかとても調子がいい。きっと海ちゃんに、いっぱい元気をもらったからだろう。

そんな気持ちでささっと着替え、準備を終えるとアラームが鳴った。

アラームを止めて、カーテンを開け、空気の入れ替えのために窓を開くと、ちょうど向かいの家の窓から女の子が顔をだした。


「あ、おはようちぃにい!」


昨日出来た恋人の笑顔に、少しあった眠気なんて吹き飛んだ。


「おはよう海ちゃん。今日も早いね。」

「えへ、昨日と同じくらいの時間に行ったらまたちぃにいと一緒に登校できるかなって思って!」

「なるほどね、あと30分後くらいに行くけど、時間大丈夫?」

「うん、私は問題ないよ!」

「じゃあまた一緒に行こうか、準備できたら外で待ってるね。」

「わかった!また後でね!」


そう言って、家の中に戻っていった。

俺も、いつもより浮かれながら準備をした。




「おはようちぃにい!」


家をでると玄関の前で、海ちゃんが待っていた。


「おはよう、海ちゃん、待たせちゃったかな?」

「ううん、全然!楽しみすぎてちょっと早く出てきちゃった!」


相変わらずの可愛い笑顔でそう答える海ちゃん。


「俺もすごいワクワクしてたよ。ちょっと浮かれすぎて、母さんに怪しまれてたくらい。」

「えへ、ちぃにいが浮かれてるとこなんて、滅多に見れないから、ちぃママもびっくりしてたんだね!」

「そうかも、ちょっと暗い性格してたからな。急にニヤニヤしながら自分の部屋から出てきたから、驚いたのかもね。」


朝でも元気いっぱいの海ちゃんを見て、自分も昨日の覚悟を忘れないようにしよう。そんな思いで歩き出した。


海ちゃんと雑談しながら登校していたが、不意に海ちゃんが聞いてきた。


「そういえば、ちぃにいとお姉ちゃんはどうして別れたの?」

「あー…。」


すごく答えにくい質問がきてしまったなぁ。


「まだ事情が話せないんだよね。空とは別れたんだけど、まだ話が出来てないんだ。でも昨日、海ちゃんに勇気をもらったからね。今日学校で話してみようと思ってるんだ。」

「そうなんだ…よくわからないけど、話せるようになったら教えてね。」

「うん、ちゃんと話すよ。空とも、海ちゃんにも。」

「…海。」

「え?」


急に立ち止まり、自分の名前を口にする海ちゃんに疑問が浮かぶ。


「私も…恋人になったから…海ちゃんじゃなくて…呼び捨てがいい。」


顔を赤らめながら、でもまっすぐにこちらを見ながら伝えてきた。


たしかに、空のことも昔は空ちゃんと呼んでいたが、恋人になってしばらくすると、呼び捨てがいいと言ってきた。

やはりちゃん付けは少し子供っぽいし、恋人感がないのかな。年下の女の子にこんなことをお願いさせるなんて情けない。


俺は手を伸ばし、声をかけた。


「行こう、海。急がないと、遅刻しちゃうよ。」


「…うん!!!」


とびっきりの笑顔で、海は手を握ってきた。




余談だが、手を繋いで登校していたら、昨日のおじさんを見かけた。こっちをみて俺たちを確認すると、グッと親指を立てていた。恥ずかしい。でもありがとう。




特に何事もなく、部活を終えた。強いて言えば、勇が朝練にも出ていた。昨日の今日でサボってたら、流石にやばいと思ったのか。今更挽回できるのかな。


教室に入ると、昨日仲良くなったメンバーが声をかけてきた。


「おう藍川おはよう!」

「おはよう。」


教室に入って、挨拶できる友達がいるって言うのは結構いいものだな。とか感じていたが、周りから距離をとられ、一人寂しくしている空を見つけてしまった。


…正直、可哀想には思う。でもこれは、完全に自業自得だ。あんなことをしてバレたら、こうなることぐらいは理解していたはずだ。それでも決行したのだ。

その疑問も、今日解決させる。昨日決めた覚悟を思い出す。

今は時間がないから、昼休みに声をかけよう。そう考えながら、自分の席についた。



そして昼休み。昨日のメンバーにまた、一緒に昼食をと誘われるが、今日は用事があると断り、空を探した。

空はまだ教室にいたが、いつも一緒に昼食をとっていた友達は周りに誰もいない。近くの席のこころちゃんが心配そうに見ているだけだった。


俺は覚悟を決め、空のほうに歩き出した。



「…空。少し、話しをしようか。」


空は俺に話しかけられるとは思ってなかったのか、すごく驚いた顔をしていた。


「ここじゃ、話しにくいと思うから、外に行かないか?」


「藍川君…。」


心配したこころちゃんも声をかけてきた。


「こころちゃん、大丈夫。ちゃんと、話を聞きたいだけだから。」

「うん。私は昨日、話を聞いたんだ。でもこれは、私が伝えるべきじゃないと思う。ちゃんと、空の口から、空の言葉で伝えるべきだと思う。」


そういうとこころちゃんも空と向き合った。


「…わかった。ちぃ、少し時間をください。全部話します。」


そう言って立ち上がり、歩き出す。

その後ろを俺は静かに付いていった。




人気のないところにつくと、空が頭を下げた。


「ごめんなさい。まずは謝らせてください。」


突然の謝罪に少し困惑したが、返事をすることはなく、そのまま空の言葉を待った。


それから空は、ポツポツと語りだした。






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このあとの展開にすごく悩んでいるので少し更新止まるかもしれません。

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