麒麟がくると、シンハーもくる
鳳梨たぴる
第1話「麒麟がくる」
きょうも東京湾上空には謎の巨大生物が浮かんでいる。
よくある光景だ。
思わず「よくある」と言ってしまったが、それはおれが普段パニックものの映画ばかりを観ているせいだ。
おれが平成に生まれてから、令和のいまにいたるまで、現実世界の洋上に巨大生物が浮かんでいることなんていちどもなかった。
おれが卒業式の日に告った女の子にふられたときも、就職試験の最終面接で落とされたあの日も。
どれだけ浮かんでいてほしいと思っても、現実なんてそんなもんだ。
おれは「中華料理ガンジス」でカレータンメンをピックアップし、「隼人」さんにデリバリーする途中だった。
隼人さんははじめてのユーザーで、この橋を渡った先にあるタワマンの42階に住んでいる。
だけどいま、目の前の橋の上には別の中層マンションの上階部分が飛び散らかっていて、かなり酷い状態だ。
あいつがくるときに後肢をひっかけたのだ。
錆びた鉄筋がむき出しになったコンクリート片が道路を埋め尽くし、切れた電線から火花が散っている。
そういった瓦礫やおじゃんになった住人たちの家具や電化製品が、埋立地のゴミ処理場みたいに積み重なっている。
いや、そもそもこの辺りがもともとゴミ処理場だったんだから、昭和のゴミのレイヤー上に、平成から令和にかけてのゴミのレイヤーが重なっただけだが。
住人たちのうめき声が聞こえる。
橋の上を走っていて、崩落に巻き込まれた車も多数あるようだ。
血のたまりもある。
でもおれは間一髪で難を逃れた。
逃れたが、背負った黒い配達バックのなかのカレータンメンに悪い影響が出ていないとは言い切れない。
おれは倒れていた愛車(中古のキャノンデール・オプティモ)を起こし、一本上流にかかっている橋に向かうことにする。
だいぶ遠回りになるがしかたない。
おれは洋上の巨大生物のことを睨みつけた。
鹿の体に竜の顔、額からはツノが一本、雲のようになびく金色の毛並みに覆われている。
よく見ると立て髪にはカタカナの「キ」と「リ」の文字、尾の房毛には「ン」の文字があって、まずまちがいなく麒麟だ。
今年に入ってからテレビなどでずっと「くる」って言われてたあいつだった。
おれは東京湾が背になるように方向転換して、運河沿いを北に向かって自転車をこぐ。
倒れたときに擦りむいたひじとひざが痛むが、川沿いを走るのは相変わらず気持ちがよかった。
歩道にいるひとたちはみな麒麟のいる上空を眺めては呆然としている。
コンビニエンスストアの前にたむろしていた高校生が、東京湾の方向にスマホを差し向けている。
麒麟がときおり耳をつんざくような音を立てて鳴くのだ。
そのたびに係留された屋形船が波に揺れ、屋根の上に停まっていたカモメたちが飛び立つ。
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