独居老人虐待事件

 ======== この物語はあくまでもフィクションです =========

 ============== 主な登場人物 ================

 中津警部・・・警視庁テロ対策室所属。副総監直轄。

 西園寺公子・・・中津健二の恋人。愛川静音の国枝大学剣道部後輩。

 中津健二・・・中津興信所所長。中津警部の弟。

 高崎八郎所員・・・中津興信所所員。元世田谷区警邏課巡査。

 泊哲夫所員・・・中津興信所所員。元警視庁巡査。元夏目リサーチ社員。

 根津あき所員・・・中津興信所所員。元大田区少年課巡査。

 本庄尚子・・・弁護士。

 本庄まなみ・・・尚子の従姉。本庄病院医師。

 本庄時雄・・・本庄病院副院長。

 御池花子・・・東京都知事。


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 午前8時。中津興信所。所長室兼会議室。

「はい。了解しました。」

 電話を切ると、中津は、都知事から依頼を皆に話した。

「都知事のお孫さんの護衛の依頼だ。本庄先生が、泣きつかれたらしい。お孫さんは小学校の卒業式に出席するが、着物と袴らしい。今時だな。以前は女子大生か女子短大生位だったがな。京都で観光客が舞妓さんの振り袖に火を入れた事件があっただろう。いたずらにしては、度が過ぎると言われたものだ。知事は、振り袖が、無防備な女の子にとって、危険と感じたらしい。学校付近の張り込みと、送迎の護衛を言って来た。『振り』の客はお断りなんだがな。」

 皆、中津の駄洒落に気がつかない。

「じゃ、高崎。手分けして行ってくれ。お孫さんの家も、詰まり、娘さんの家も、小学校も1キロ先だ。」

「了解しました。」

 午前9時。

 赤松病院から電話がかかってきた。

「中津さんのお宅ですか?」「ええ、まあ。どちらさんです?」「こちら、赤松病院の小山内と申します。村崎平太という方をご存じですか?」「ええ、知人ですが。」「村崎さんは3日前、当院に入院されまして、幸い発見された脳梗塞が小さなものだったので、退院して頂くことになったのですが、ご家族の方をお迎えに呼んで下さい、とお願いしても、言うことを聞いて下さらないんですよ。お知り合いなら、説得して頂けませんか?」

 担当医師らしい男の声に憤りを覚えながら、「では、病院の場所を教えて下さい。」と中津は病院に急いだ。

 午前9時半。赤松病院。

 ロビーに、村崎はいた。看護師が付き添っている。「中津さん。助けて下さい。」

「手術したんですか?」「いや、検査と点滴だけ。以前、心筋梗塞しているから、そういう梗塞が出来て、小さなものが脳に跳んだらしい。退院していいと言うから、タクシー呼んで帰ろうとしたら、病院の規則で、家族に迎えに来て貰え、って聞かないんですよ。」

「看護師さん。先生は、村崎さんが独居だって知らないんですか?」「いいえ。」

「身内は?って言うから、姉妹がいるが嫁いでいて、簡単には来られない、って言ったんですけどね。」

 そこへ、担当の小山内がやって来た。「ご家族さんに来て貰って下さい。お知り合いなら。説得して下さい。」

「それには、及びません。健二君。それと、担当医さん。家族ってね、『同じ家に住み生活を共にする、配偶者および血縁の人々。』のこと。詰まり、『同居する血縁者』なの。嫁いでいる村崎さんのお姉さんや妹さんは、血縁関係のある『親族』なの。権利も義務も、同居人とは違うわ。医師なら、患者の願いを聞くものよ。ここの規則って言うけど、救急車が来る前に説明した?入院した時、話した?村崎さん、いつ聞きましたか?」

「さっきです。」「誰です?いきなり。偉そうに。」と小山内は割って入って言った。

「顧問弁護士の本庄尚子です。それと、『主治医』の意見を聞きましょう。」と言って、本庄弁護士はスマホを出して、画面を小山内に向けた。

「病院内では・・・。」と言いかける小山内に、「緊急事態ですから。」と本所弁護士は言い、画面の中から、「本庄病院の本庄です。村崎さんの『主治医』です。何なら転院の手続きをしましょう。」と、副院長の本庄時雄が言い、妹の本庄医師が、「こちらで再検査して退院出来そうなら、本人の希望通り、タクシーを呼びます。異存があるなら、そこにいる私の従妹が裁判に持ち込みます。勿論、退院した後でね。覚悟はいい?1年生のお医者さん。」

 小山内は、逃げるように去った。

 翌日。午前11時。中津興信所。所長室兼会議室。

 マルチディスプレイのスクリーンに中津警部が映っている。

「都知事の案件は、取り越し苦労で良かった。しかし、健二の知人の村崎さんは、残念な姿になって、発見された。病院の小山内医師が、わざわざ入院退院の事実を、村崎さんの妹に知らせた。妹が激昂しやすい性質で、姉の話では、犬猿の仲だった、いや、妹が何かにつけて村崎さんに『言葉の暴力』をふるっていたらしい。昨日も、口論になり、激昂した妹が殺害してしまった。救急車の中で息を引き取ったそうだ。村崎さんは、『身内の恥』だから、迎えに来させると虐待を受けることを言えなかったんだろう。午後から、赤松病院院長の記者会見がある。痛ましいことだ。村崎さんは、持病が多いそうだ。懸命に生きて、お母さんの介護を1人でしていたのに。今後は、村崎さんのお姉さんが介護するそうだ。お姉さんの話では、妹は宗教や政党にのめり込み、借金があったそうだ。村崎さんが住んでいた家は、お母さんと村崎さんの名義だそうだ。相続人は、お姉さん1人になった。ところで、健二。村崎さんとは?」

 中津警部の話を聞きながら、考え事をしていた中津は、ふと我に返って、「ああ。ひったくりに遭った時、偶然助けたんだ。その時、処置をしたのが、本庄院長だった。酷い結末だよ。あの意地の悪い医師は、昔なら『インターン』、見習いの1年生医師だ。規則を曲解し、『家族』の定義すら知らなかった。」と応えた。

「受験勉強ばかりしていると、常識を知らない、って言いますからね。」と、高崎が言い、ディスプレイから中津警部が消えた。

 根津がふいに、「何か焦げ臭い。」と言い、「いけない!」と公子が奥に消えた。

「受験勉強しなくても、常識ない人間もいる。俺は欺された。」と、中津が呟くと、高崎、泊、根津は顔を見合わせ、声を殺して笑った。

 ―完―



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