小さな花
天使長がわたしの膝の上で、また喉を鳴らし始める。
蜂蜜色のホットティーの向こうのカタバミに小さな花が咲いていた。最初にカタバミに気が付いたときは葉ばかりで、花なんて咲いていなかったのに。この不思議な部屋の中で小さなレモンイエローの花は闇夜に瞬く星のようだった。
そういえば、カタバミの花と同じ色の紋黄蝶がいなくなっている。部屋を見回してから、カタバミを見た。天使長が見ていた紋黄蝶が、カタバミの花になった? まさか、そんな。
「どうかした?」
青年がネクタイを緩めながら、尋ねた。わたしはカタバミを指差した。
「ああ、カタバミか。
「真鍮を?」
花のことは、もうどうでもよくなった。青年の好きな花がカタバミだろうと大輪の薔薇だろうとミモザアカシアだろうと、どうだっていい。肝心なのは、カタバミの葉のほうだ。
機械時計のこぐまは真鍮製だ。だとしたら、こぐまの変色した体もカタバミの葉で磨いたら、再び輝きを取り戻すのだろうか。それなら、こぐまを動かすことができなくても、このカタバミをもらってきれいにしてあげることができる。管理人さんもカタバミの別名を色々並べて、これからの仕事に必要だから覚えておきなさいと言ったんだ。
それに、そうだ。彼なら機械時計のこぐまを動かすことが出来るかもしれない。技師だと言っていたのだし、こんなに色々な部品や道具があるのだもの、きっとだいじょうぶだ。でも彼に頼んだら、アルバイト代はもらえないだろう。それでもいい。機械時計のこぐまを動かすなんて、
こぐまが動くようになったら、カタバミの葉で磨き方を教えてもらおう。我ながら名案だ。それに、わたしがここにいる正当な理由にもなる。天使長を膝に乗せ、青年の前にもうしばらく座っていてもいい理由になる。その理由がどうして必要なのか、わからないけれど。
まずは落ち着いて、青年に何から質問して何から頼んだらいいのか考えよう。そうしないと、仏蘭西菊洋装店の面接のときみたいになってしまう。
「きみは、まるっきり予想外だったな」青年はしなやかな指で額の髪を掻き上げた。
「予想外?」
「いや、なんでもない。お茶、飲んだら」
それも、そうだ。せっかく親切に出してくれたお茶を
わたしはグラスの持ち手を持った。
天使長が、わたしの膝から作業机の上に飛び移った。
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