36:カリフォルニア式ご挨拶?

「やぁぁぁっと、ついたぁぁ!!」


 背中をゴキゴキと鳴らしながら灯子は車から降りて背伸びをする。

 長時間のドライブで座ったままの姿勢が続いたので、ものすごくいい音を立てた。


「ひっひっひ、ルート66を強行軍でまるまる横断したのは初めてだからね……アタシもさすがに全身凝っちまったよ」


 大衆車であるフォードもさすがにこの長旅で新車だったはずなのにそこらかしこに傷や、タイヤを何回か取り換えて……廃車一歩手前である。

 

「全く……ほとんど儂に運転させおってからに」


 運転席からは腰を押さえながら連夜が降りてきて、二人をじろりと睨む。

 心なしか白いヒゲがしんなりと垂れていて……疲労感がにじみ出ていた。


「だって足が届かないんだもん」

「お前は運転するなって言ったのはアンタさね、爺さん」

「あのままじゃ車がそのまま棺桶になるからじゃ!! 道を走れ道を!!」


 珍しく蓮夜がキレ散らかしている理由は簡単でこの道すがらアンダーテイカーの運転は酷いもので、横転三回、パンク七回を記録したのである。たった二時間の間に。


 流石に命の危険を感じた蓮夜が渋々運転を変わり、シカゴからここ、FBIの西拠点となっているカリフォルニアまでひたすら運転していたのである。

 最初こそアメリカの広大な大地を走る爽快感と日本ではお目にかかれない景色に蓮夜も灯子もはしゃいでいたのだが……2日もすると飽きてきて惰性のままただただ地平線まで続く高速道路にうんざりしていた。


「まあ結果オーライさね。ほら、あのビルがアタシたちのねぐらだよ」


 苦笑いを浮かべるアンダーテイカーが指を指したのはカリフォルニアの片田舎、小さな町に唯一そびえるビル。

 と言っても元は雑居ビルだったのか派手なネオンの看板やどこに芸術性を見い出せば良いのかわからない卑猥な落書きに彩られていて……お世辞にも行政機関がそこで機能しているとは思えない。


「おんぼろね」

「ひどいもんじゃな」


 蓮夜が目を細めてビルの入口を見ると、酒瓶片手に酔いつぶれているワンピースの女性やぎゃあぎゃあと喚き散らして車の上で叫ぶ若い男がいたり……。


「今日はおとなしいもんさね。日が暮れる前についてよかったよかった」

「予定から一ヶ月も遅れてよく言えたもんじゃ」

「アタシのせいじゃないさね。元はと言えば軍艦で突っ込んできたバカどものせいだからねぇ」

「それはそうね……とんだ回り道だったけど豪華な船にも乗れたし。損得とんとんじゃないかな? ね、蓮夜」


 とんとん、と灯子は優しく蓮夜の背中を叩く。

 慰められているのがわかり、蓮夜もふう……と一息ついてそうじゃな。と笑みを返した。


「じゃ……爺さん。後は任せた」


 そんな和やかになりそうだった二人を置き去りにするアンダーテイカーの言葉に灯子と蓮夜が首を傾げる。


「行かないの? アンダーテイカー」

「顔くらい出していけ、報告は大切じゃぞ」


 至極真っ当な二人の指摘に、アンダーテイカーはにべもなく切り捨てる回答を返した。


「まだ死にたくないのさね」


 そう言ってアンダーテイカーは右手の鎖を振って灯子を巻き取り、守るように引き寄せて……脱兎のごとくその場から飛び退く。


 ――たぁん!!


「!?」


 同時に響く発砲音が蓮夜の足元に小さな穴を穿った。


「銃声!?」

「口を閉じな嬢ちゃん、隠れるよ!!」


 そのままアンダーテイカーは空いている左手でここまでお世話になったフォードのトランクをぶち破り、子供サイズの棺桶2つがつながった鎖を引っ掴んで一目散に建物の影に逃げ込む。


「爺さん! 案内はしたよ!!」

「なんで撃たれとるのじゃ!?」

「知らないさね!!」


 その会話を皮切りに、ビルから……正確にはその屋上から次々と乾いた破裂音が蓮夜に向けて飛来する。


「お!? おおお!? まてまてまてまて!!」


 明らかに足元を狙った狙撃に蓮夜は慌ててアンダーテイカーと灯子とは反対側に走り始めた。

 

 ――カァン!!


 そんな蓮夜の右足が弾けるように横に跳ねる。

 千里を履いているおかげでその身は守られたが……当てたのだ。


「っ!! 本気か!?」


 明らかに機動力を削ぎに来ていることがわかり、蓮夜も意識を切り替える。


「蓮夜!!」


 幸い灯子の方へは興味がないのか銃弾はすべて連夜を狙っているのは明白、アンダーテイカーに抱えられて物陰に隠れていることを確認して連夜は千里の安全装置を……外せなかった。


「む?」


 それはさっき命中した一発の弾丸だった。

 安全装置のある箇所を正確に捉え、弾丸が詰まってしまい発火機構が稼働しない。


 ――タタァァン!!


 即座に連夜は千里での回避を捨て、横っ飛びに転がる。

 その視界の端では一瞬前までいた場所へ突き刺さる弾丸の跡。


「問答無用か」


 そのまま腰の刀を抜き、次発に備えてビルを視界の中心に収めた。これで銃弾が来ても対応は可能と気を引き締めたのだが……気づく。


「居ない?」


 そう、ビルの屋上から撃たれたのは察しがついた蓮夜だが……そこには誰も居なかった。


 なのに。


 ――たぁん!


 再び響く銃声、その頃には周りの通行人も車の上で叫ぶ若者も異常に気がついて我先にとビルから離れていく。

 威嚇かとビルに向かって走り始めた連夜の背に、銃弾が迫る。


 ――チュイン!!


「ぬ!?」


 間一髪、異音に気づき連夜はその身をひねり弾丸をかわした。よく見れば奥の建物……レンガ造りのレストランにあるフライパンが弾かれたように棚から落ちていくのが見え……。それに弾丸が跳ね返って連夜の背を狙ったものだと推測できた。


 できたのだが……。


 悪態をつく間もなく連夜の四方八方から散発的に、回避先を狭めるように、弾丸が次々とそこら中の構造物に弾かれてそのまま迫ってくるのだ。


 これには連夜も悪態をつく場合ではなく刀を振るい次々と弾丸を斬り、弾いてそらす。


「まったく……」


 蓮夜も易々と弾丸を斬っている訳ではなく、相手の狙いが高速で動く蓮夜に向けているはずなのに正確無比だからなのだ。

 言ってみればここに刃を置けば弾ける、それが理解できるような相手の狙撃。


「姿くらい見せんかい!! 小僧!」


 ちゃんと相手に聞こえるように蓮夜は声を張り上げた。

 その言葉にアンダーテイカーと灯子は顔を見合わせる。


「来ぬならこちらから行くぞ」


 相手の返事を待たず、蓮夜は千里を脱ぎ捨てた。非常時に備えて千里は一動作で外装を捨てる機構も備えており、今のままではただの頑丈な具足であるそれを蓮夜は破棄する。


 ぱんっ! と小気味いい音がして身軽になった蓮夜は一気に速度を上げた。ただでさえ蓮夜は脚力自慢、歩法も熟練どころか極めている部類の刀使いだ。即座に相手の弾丸の包囲網を抜け砂ぼこりを立ち上げながらビルへと肉薄する。


「あれで突っ込むのかい」


 散発的とはいえ銃弾の雨に晒されながらその発生源ともいえる場所へ何のためらいも無く突っ込む蓮夜にアンダーテイカーの口がぽかんと開く。


「多分、壁を駆けあがると思うわよ。あのまま」

「は?」


 灯子の呆れたような現実味の無い補足にアンダーテイカーの前髪に隠れた瞳が更にまん丸く見開かれた。

 ほんのちょっとだけ得意気な灯子の横顔にアンダーテイカーは内心ぞくりとする。


 蓮夜の事は報告書や合同訓練、それに任務の記録簿で確認はしていた……高速移動を可能にする装備と刃物一つで戦車や隔壁を切り裂く規格外の近接戦闘能力。それは知っているし実際に貨物船での一件で空すら自身の戦闘領域とする事は目の当たりにしたが。あくまでもそれは装備あっての……そう思っていた。


「さすがに懐は狙えまい!」


 ぐんぐんと速度を上げる……否、時折ぐらりとかしげるように身をかたむけると急に速度が落ちたり。かと思えば直角に速度を上げる蓮夜の挙動は見ている者たちに狂いを誘発する。

 視界から外れたり、かと思えば瞬時に横切ったはずなのに中心へ居座ったりと。


 だんっ!!

 

 そんな蓮夜は勢いよく足を踏み込むとビルの壁面に張り付くように空いている片手で勢いを殺しながら刀を足元に突き立てた。

 その刀の峰を足場に、真上へ飛ぶ。


「猿か何かかい、あの爺さんは」


 4階建ての雑居ビルを3階半ばまで到達すると、窓の縁に手をかけ今度は角度をつけてくるりと身を翻しながら屋上へ消えていった。


「猿より身軽かも……」

「あれで60歳過ぎているとか日本人はおかしいさね」

「同感……」


 呆れながら灯子とアンダーテイカーが見守る中。

 一際大きい発砲音が田舎町に響き渡った。

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