35:待ち人は待ちくたびれた。

「……遅ぇ。ったく、葬儀屋もどこで道草食ってんだよ……」

「長官、先日の『しらさぎ』襲撃ですがご報告しても?」

「……暇だから聞く。当事者の報告より先に解析が終わっちまったじゃねぇか」


 カリフォルニアの片田舎に設置されたFBIの西拠点でキッドは暇を持て余していた。

 ギィギィと軋む安楽椅子に身を預けて、保安官時代から変わらないカウボーイハットと薄汚れた皮のコートに身を包み。長年履き古した皮のブーツをデスクチェアにドン、と載せていた。


 なぜかと言えば数か月前に解体された日本の暗部組織、月夜連合の元構成員である日本最強の寒天頭……もとい水無月蓮夜から興味深い手紙をもらって久々に心躍った彼だったが……到着予定から約一か月もの間、待ちぼうけを喰らっているからである。


 どうせ本格的に居を構えるならば新設するのだからと適当に使い勝手の良さそうなビルを接収してまで迎える準備をしたのに……。


 間に合わせの拠点なのに、もはや本来の業務が始められるようにまでなってしまった。


「こちらです長官」


 しっかりとリフォームして床も壁もコンクリートを打ち直して防音や強度を高めた4階のフロアでは、数人の職員が最新型のタイプライターとにらめっこをしながら各地の犯罪に関する調査や解決に向けての資料を作成していた。


 カシャカシャと文字を打つ音に混じり、ガラス窓の向こうに広がる町では何かと酔っ払って歌う住人や小競り合いの怒号が聞こえる。

 ぼんやりと今日も平和だなとどうでもいい事を考えながら、綺麗なスーツに身を包む秘書の女性からバインダーファイルを受け取ったキッド。


「ありがとよ」 

「仕事ですから」

「そのセリフ、帰ってきたらアンダーテイカーに言ってやれ」

「彼女はしっかりと仕事をしているかと」

「はあ? 客のエスコート一つまともにできてやしねぇよ」

「いえ……資料に目をお通しください」

「うん?」


 不服そうにカウボーイハットを指で押し上げて受け取ったばかりの書類に目を落とすキッド。

 その内容は一気に彼の頭を回転させる。


「おい、これ……本当か?」

「はい、しらさぎの襲撃に使われた軍艦は昨年東海岸で消息不明になった海軍の駆逐艦で間違いありません」

「しかも襲撃者は……その乗組員だった海兵……」

「アンダーテイカーが全員生きたまま捕らえましたので海軍本部への確認作業もスムーズでした。船自体は沈んでましたが回収した船体の一部から間違いないと調査結果も出ています」


 昨年、ちょうどFBIが抱えた巨大案件……駆逐艦行方不明事件。とある海域へと偵察任務に出ていた駆逐艦が帰還中に忽然と消息を絶ったのだ。


 当初海難事故でもおきたのかと近隣の戦艦や隣国の船まで協力要請をしたのにも関わらず痕跡一つ見つけられなかったため事件性を加味した政府からFBIに任務として調査命令が下る。

 しかし、まったくと言っていいほど目撃情報もなく航行記録も定期報告以外に残されておらず……捜査は暗礁に乗り上げた。


「確かにさっきの発言は撤回するぜ……マジで良い仕事してやがる。あのジジイが居たからこそだろうが」

「良いんですかそんな言い方をして。日本の迎賓ですよ」

「迎賓ねぇ……ま、会ってから礼は言うさ。お前も会ってみたかったんだろう?」

「ええ、日本のサムライには興味があります」

「……アレをサムライって言っちまうと本物の侍は泣くと思うがな」


 連夜は確かに侍の風貌と言えばその通りなのだが……中身は別次元のなにかである。

 まあ、部下の夢を敢えて壊す必要もなく、秘書を下がらせてキッドは報告書の内容を頭に入れていく。これでまだ何もわからんのかとカンカンになっている本部の連中も少しは大人しくなるだろうから。


「ドッグタグをポケットに入れてやがったのか……名前を確認できなくてアンダーテイカーは殺さなかった。そんなところだろうな……あ?」


 そこでキッドは自分自身の言葉に疑問を持つ。

 しかし、それを確認する前に先程下がらせた秘書が舞い戻ってきてしまった。


「長官、アンダーテイカーが帰還しました。護衛対象二名も」

「お、随分待たせやがって……行くか」

「では職員にも出迎えを……」

「いや、お前ら全員机に潜って隠れとけ」


 キッドがなんでもない口調で安楽椅子から身を起こしながら秘書に告げる。


「はい?」


 首を傾げて綺麗に整えられた金髪が揺れる秘書は意味が理解できずキッドに疑問の声を上げた。


「ちょっと遊ぶからよ。大人しく縮こまってコーラでも飲んでろよ」


 そう言ってキッドは買って数ヶ月の鉄のロッカーを無造作に開ける。そこには無作法な格好とは打って変わって整頓された銃器が所狭しと並んでいる。


「日本では確か刀を差して歩いちゃいけないんだったよな。じゃあしょうがねえよなぁ? 保安官として治安を守らなきゃなぁ。いやあ、困った困った」

「長官!? 何言ってるんですか!?」

「いやあ、法を守るものの責任ってやつは悲しいよなぁ」


 そう言いながら、キッドはロッカーの扉裏に掛けてある一つのバッジを手に取った。

 古臭い青銅製で傷だらけだが……五芒星の先端に丸い玉をつけて、真ん中には『SEERIFF』(保安官)と刻印されている。


「国際問題ですよ!?」

「いやぁ、まだ本物かわかんないしなぁ。大丈夫大丈夫、本物の斬鬼なら死なない死なない」

「顔が完全に笑ってるじゃないですか!! 止めてください長官!!」

「悲しいなぁ、暴力でしか解決できないって」

「みんな!! 今すぐ机の下に避難を!! 保安官がウッキウキです!!」


 あ、だめだこれと判断した秘書がフロアに響き渡る大声量で職員に避難を促す。

 それを聞いた職員も、なんとなく聞こえていた近くを通りかかった人も我先にと書類仕事を投げ出して机の中に隠れ始めた。


「やっぱこれだよなぁ? 簡単にくたばんじゃねぇぞ? くっくっく」


 そんな阿鼻叫喚の職場を背景に二丁の拳銃とライフルやショットガンを次々とガンベルトにくくりつけていき、戦争でも始めるのか弾丸のパックを次々とコートのポケットにねじ込んでいく。


「~♪」


 鼻歌交じりに準備を進めるキッドを見て、秘書は思う。


 ――こいつマジで殺る気だ。


 FBIと一括りにされてはいるが実は長官が二人いる。一人は表向きの政府から選出された事務方の人物。そしてもう一人がこの米国を裏で支え、光を増す国家の影を歩く治安維持の象徴として選ばれし者。


 それがキッド。


 代々西部開拓時代から保安官の家系に生まれ……今では警察という機構になって変わったこの時代に残る最後の『保安官』である。

 ならず者や犯罪者に対抗するべく様々な環境下から選出された戦闘員を束ねるボスでもあった。


「怒られても知りませんからねっ!?」


 そう言って掃除用のブリキのバケツを被って自分のデスクに潜り込む秘書を鼻で笑いながら、キッドはがっしゃがっしゃと銃を鳴らしてフロアを横切る。


 このビルを仮とは言え拠点にした最大の理由。

 それはこのビルの屋上がこの辺で一番高くて見晴らしが良いからだった。


 その条件さえあれば……。


「お前らが黙っててくれればそれで丸く収まるじゃねぇかよ。悲しいなぁ」

「住人から苦情が来るに決まってるんですから!! 無理に決まってるじゃないですかぁ!!」

「デケェ声だな。大きいのは胸と尻だけにしてくれ」

「……後で殴りますね。長官」

「おっかねぇなぁ」


 まったく悪いと思ってない仕草で手のひらをヒラヒラさせて、キッドはドアを開け廊下に歩み出るとちょうど休憩中の職員が紙タバコをふかして窓から町並みを見下ろしていた。

 中の様子はあまり聞こえてなかったのかキッドの格好にぎょっとした顔をしてタバコを取り落とす。


「おいおい、もったいねぇな。俺にもくれよ」

「ちょ、長官!? は、はい。良ければ一箱どうぞ……」

「良いのか? ちょうど切らしてたんだわ。こいつで新しいのを買いな」


 二、三本しか吸ってないのだろう、ほとんど新本と言って良いタバコを丸ごともらうのはちょっと気が引けたキッドはポケットから硬貨をとってその職員に握らせる。


「ドンパチが終わってからな」


 そう言って屋上へと続く階段へ消えたキッドを呆然と見送って職員は握らされた硬貨を見ると……


「これじゃ……コーラ一本も買えねえじゃねぇかよ」


 子どものお小遣い以下の額であった。


 そんな職員のボヤキなど知る由もなくキッドは屋上のど真ん中に置かれた安楽椅子に身を預け、丸いサイドテーブルに弾丸と拳銃を無造作に放りだす。


「さーてと、弾だってタダじゃねぇんだ。しっかり楽しませてくれよっと」


 なんでこんな場所にキッドは陣取ったかというと、カーブミラーや街の建物の鏡に映り周辺が手に取るように把握できるからだ。


 ちょうどレストランの窓に映るのは、赤いフォードから降りてくる金髪の少女とよく見知った黒い葬儀屋の女性アンダーテイカー……それに続いて、白髪痩躯の老人が運転席から降りて腰に刀を差している。


「んじゃまずは、その鬱陶しい足から狙おうか」


 テーブルの拳銃を手に取り、キッドは屋上の各所に張り巡らされた通信用の鉄骨アンテナに標準を合わせた。


「避け損なって死ぬなよ? 斬鬼」


 発砲音と合わせて耳をつんざくような金属音が鳴り響き、騒然とする町並みを正確に……緻密に視界へ捕らえながら次々と発泡するキッドは実にリラックスした様子で縦横無尽に街を跳ね回る蓮夜を狙い続ける。


 跳弾を活かし、すべての弾丸を蓮夜を狙う様に銃を操るキッドの笑みはどんどん深まっていく。

 

 ――全然衰えてねぇや


「じゃあこれはどうだ?」


 重しとなった千里を捨てて、蓮夜が屋上へと跳躍するのに合わせて……キッドは散弾を装填したショットガンを二丁両手持ちで正面に構える。


 飛び上がってきた旧友に向かい、キッドは遠慮なくその引き金を引くのだった。


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