29:蓮夜と灯子

「ふう、なんぞ落ち着くのう」


 荷物らしい荷物など無いので、本当に最低限しか家具の無い家だが……こうしてゆっくりと見回すと何か心安らぐ気がする。

 

「いろいろあった……」

「そうじゃな、まあ……茶でも飲むか」

「あ、私煎れるね……蓮夜は座ってて」

「む? そうか、では頼むとするか」


 草履を脱いで、居間に上がるとちゃぶ台には何か乗っている。

 風呂敷に包まれたそれには、一枚の紙が挟んであった。


「なんじゃ?」


 その紙を摘まみ上げると、そこには流麗な筆跡で長々と何かが書かれている……が。蓮夜にはまるで読めそうもなく、仕方なく灯子の居る台所まで持っていく……そんな時だった。


 ――カラリ


 玄関の戸が開き、良く見知った人物が入ってくる。

 キセルを片手に背中に荷物を背負った女将だった。


 その女将はと言うと……キョトンとした顔で蓮夜と顔を見合わせて……。


「誰だいあんた?」


 けげんな表情で蓮夜を見つめる女将に蓮夜は首をかしげる……。


「誰、と言うか……儂だが?」

「蓮夜、お客さん? あ、女将さん」

「へ? お嬢ちゃんまで……あんたたちが私がいない間にこの家買ったって人達かい?」


 灯子も蓮夜も顔を見合わせて女将の様子に困惑する。

 そんな女将は懐から一枚の紙を出して二人に言い放つ。


「まったく、栃木に旅行へ行ってる間に幻陽社さんが仲介で売ったって手紙が来てね……顔くらい拝まなきゃと思ったら……お侍さんに可愛いねぇアンタ、その髪の毛綺麗だし」


 その言葉に蓮夜はまじまじと女将を見る……。

 そうして気づいたのは。


「ああ、世話になる。翁殿には直接払えばいいのかの?」

「……蓮夜?」

「後で話す。幻陽社にはいい家を紹介してもらった……水無月蓮夜という、こっちの子は如月灯子じゃ」

「蓮夜さんに灯子ちゃんね……うん、それでいいよ、で? 今日から住むのかい?」

「ああ、そのつもりじゃ」

「じゃあこっちも名乗らなくちゃね。あたしがここらへんで女将って呼ばれている小暮美奈子、困った事があったら何でもいいな」


 そう言って、女将は背中にしょった荷物を降ろし……その中から竹の皮で包んだおやきを二人に手渡す。


「皆のお土産に買って来たんだ、美味しいからたべとくれ! じゃあ、あたしはあいさつ回りに戻るから……またね!」


 そう言って、颯爽と去る女将。

 

「やはり、か」


 姿が見えなくなった後、蓮夜はつぶやく。


「何がどうなってるの?」

「あの女将が本物じゃ……以前、始めて会った時儂が言った事……覚えておるか?」

「お尻を見てたんだっけ?」

「違う、どこかで関わったかもしれぬと言ったんじゃ」


 そう、あの時蓮夜は女将の姿に見覚えは無くとも……なぜか既視感を覚えたのだ。

 しかし……今会った女将にはその感覚が微塵も感じられず……気の良い女性と言う印象しかない。


「そう言えば……そんな事言ってたっけ。え? じゃあ、私たちが今まで会ってた女将さんって」

「……偽物……と言うには語弊があるが。まあ、別人じゃった訳じゃな」

「な、なんでそんなに落ち着いているのよ!? えええ? 見た目全く一緒じゃない!!」

「まあ、そうでなければ月夜連合とは言えぬからのう。そうかそうか、まったく……声位かければ良いのに」


 ふう、仕方の無い奴じゃと笑う蓮夜の持つ紙に灯子が気づく。

 

「蓮夜、何それ」

「ん? これか? 居間に置いてあったのじゃ……お主読めるか?」


 その紙を受け取り、灯子が斜め読みをすると……意外な事が解った。


「随分達筆、蓮夜宛みたい……読んでいい?」

「頼む」

「じゃあ……」


 ――先輩へ


 頭領が『あいつ絶対野垂れ死にそう』と言うので、生活が整うまで手を尽くすつもりでしたが……とんでもない目に巻き込まれてしまいました。

 何はともあれ無事で何より、僕は疲れたので旅に出ます。

 理由は特にないですが女将にはただ単に旅行に行ってもらってただけなのでなーんにも知りません。

 二階に先輩の忘れ物押し込んどきました。

 少しは体に気を付けてください。

 三日すれば忘れる記憶力が心配でなりません。

 まあ、その女の子がいれば大丈夫そうですね。

 スイセンの球根を置いていきます、育ててください。


 ――これで僕の月夜連最後の仕事は終わりです。ではでは、多分気が向いたら揶揄いに行くかもしれませんのでお元気で。

 

                                    月夜連合 神無月



「だって」

「やはりあ奴か……灯子、ちょっとこっちへ」

「うん?」


 手招きする蓮夜の傍に行くと、蓮夜はおもむろに灯子のほっぺをむにむにと両手でこね回し、引っ張る。そんなとんでもない暴挙にもちろん灯子は悲鳴を上げた。


「ひゃひふるほよ!!(何するのよ!!)」

「……ふう、本物じゃな。すまぬ灯子、確かめねばならなかったのじゃ」

「何をよ」

「月夜連合の潜入役、神無月と言う者がおってな……素顔を誰も知らん。頭領だけしかな……何度いたずらされた事か……」

「蓮夜でも見破れないの?」

「十回に一回見破れるかどうかじゃ。そうか……あの銃撃は、あ奴か」


 恐らく女将として蓮夜と灯子が家を手に入れて、生活ができると判断したら姿を消すつもりだったのだろうが……巻き込まれて止む無くといった所だろう。


「借りができてしまったの」


 苦笑しながら灯子からその紙を受け取る蓮夜、まったく……本当に信用が無いのう。と愚痴をこぼしながら居間へ戻る。

 そのままちゃぶ台の上の包みを開けると、手紙の通りに球根が数個入っていて……ついでとばかりにナイフやら包丁やらが数本、丁寧に拵えられた鞘に入って置かれていた。


「餞別かの? ありがたく使わせてもらおう」


 正直、包丁などは翁に打ってもらおうかと思っていたのだが……鞘から抜いたその刃は綺麗に研がれていて……見覚えがあった。


「もしかして、これ……儂が折ってしまった刀か?」


 律儀なもんじゃ、とちゃぶ台の上に並べお茶を待つ蓮夜。

 ほどなくして灯子がお茶を盆にのせ、居間に並ぶ刃物を見て苦笑しながら蓮夜の前と対面に座る自分の分を置く。


「この包丁良く切れそうね」

「切れ味は折り紙付きじゃ、元々はなんじゃったっけ……なが、そね……何とか鉄と言う刀じゃ」

「ふぅん……まあ、お料理が楽になりそう」


 実はその包丁、彼の新選組の組長が使っていた刀だったりする。


「さて……これからどうしようかの?」

「まずは……布団とか生活用品買わなきゃ。お米も無いし」

「金を降ろさねばならぬか……ついてきてもらえるかの?」

「もちろん、蓮夜一人じゃお使いも頼めないもの」

「こ、これから覚えるから良いのじゃ」


 熱いお茶をすすりながら、のどかな時間を楽しむ二人。

 この数日間の騒がしさが嘘のように、何を食べたいだとかこれが欲しいとか……ゆったりと談笑していた。


「蓮夜」

「なんじゃ?」

「ありがとう」

「急になんじゃ……」

「いや、改めてお礼……言わなきゃと思って。あんなことしたのに」


 灯子の視線の先には、いまだサラシでぎゅうぎゅうに締められる蓮夜の脇腹。

 ほんの数日前に灯子が撃ってしまった傷だ。


「気にするな、と言っても無理じゃろうな……お主は優しいからのう」

「や、優しい?」

「うむ、それこそ儂が野垂れ死ぬかもしれない所を助けてもらったし……この数日助かった。さすがに動くのが億劫でな……食事や着替えもままならなかったからな」

「あ、あれは……その。私のせいだし」

「まあそうじゃな。いたかったのう~」

「ちょ、ううう……」

「冗談じゃ、ほれこの通り……月夜連の主治医は腕がいいからのう」


 ぺしぺしと手で叩いて見せる蓮夜だが、実はちょっと痛い。

 それをおくびにも出さない事で灯子は頬を膨らませて蓮夜を睨む。


「……今晩メザシとお茶で良いわね」

「な!? こ、ここは一段落したのだから……こう、酒と鍋をだな!?」

「知らない、私飲むから蓮夜はメザシの頭でも齧ってて」

「くおっ!? す、すまぬのじゃ!! 頼むから儂も一杯だけ! 一杯だけで良いから!!」

「しーらーなーい! そうよ! 病み上がりなんだからおかゆとメザシ! ハイ決まり!」


 舌を出して蓮夜にあっかんべーを返す灯子とぺこぺこと謝りながら機嫌を取る蓮夜。

 結局、日が傾くまで……その家は笑いが絶えなかった。

 ずっと。




 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆



「よ、よし……あの船を盗もう。太平洋まで出れば交易船に合流して本国へ戻れる」


 暗くなった千葉県のとある漁港でこそこそとうごめく子悪党、人質を取ろうとして逆に返り討ちに会い……挙句の果てに身ぐるみを剥がれたまま、護衛に助けられたDT・ホウである。

 

「ほ、本当にあの船で逃げるんですか?」

「あれしかないだろうが!!」

「交易船の航路もわからないのに……」

「では調べたらどうかね。それ位の事も出来ないのか?」

「はあ……わかりました」


 何とか車を盗み、隣の県まで逃げてきたものの……ツテもなく通信手段も失われていた彼らはとうとう二人だけとなった。

 残りの二人は……逃げたのだろう。

 明らかに逃走ルートを追う様に警察の手が迫っていた。恐らく日本に投降して情報も全て筒抜けだと思われた。


 きっと夜明けにはまた警官がこの辺を捜索して……今度こそ逃げきれなくなる。


「では、行こう……まったく。こんな国早く離れてスコッチを浴びるほどのみたいものだ」


 うんざりした様子でDT・ホウは愚痴をこぼす……護衛も同じ思いだったが口を開けばまた長々とDT・ホウの話が始まるので……喉元までこみ上げる言葉を飲み込む。

 代わりに小銃の残弾をチェックすると、残りは十数発。

 心もとない弾数だが、まあ後は海に出るだけだし……とため息をつきながら周りを警戒する。


「……クリア」


 そもそも何の変哲もない寂れた漁村、脅威になるような相手は少ない。

 近くに人影が居ない事を確認して舟屋を通り抜け……DT・ホウを手招きで引き寄せる。


「あれは……誰だ?」


 合図に呼ばれて出てきたDT・ホウが港の端に一つの人影を見つけた。

 

「? 釣り人か何かでは? 行きますよ……」


 そんな人影有っただろうかと首をかしげる護衛は漁船のモーターセルをかけるが……なかなか上手くかからない。

 その内に、どんどんその人影は近づいてきていた。


「お、おい……こっちに来るぞ?」

「黙っててください。くそっ、ポンコツが……かかれ」


 数分ほどかかり、ようやくエンジンがかかった時。その人影は、目を凝らせば月明かりで服装が解る程度には近づいていた。


「……不味い」


 その姿を見て、護衛の表情がみるみると青ざめる。


「やあ、良い月夜だねェ? こんな月夜に漁に出るつもりカイ?」


 声を掛けてきたのは女性だった。

 真っ黒なウエスタンハット、足元まである革のロングコート、純白のブラウスに真っ赤なネクタイ。ゆったりとした黒のロングスカートに黒のロングブーツ。

 その足元には子供サイズの棺桶が二つ……鎖でつないでそれを肩で担いでいる。


「あ、アメリカ大使館の大使、DT・ホウだ! こ、これは有事の為、接収した! 本国に至急戻らねばならない!!」

「知ってるよぉ、頼まれたのさ。その本国とやらにねぇ」

「な、なに? じゃあ!」


 もしかして、自分を保護するための応援かと顔をほころばせるDT・ホウに……護衛が告げる。


「た、大使……こいつは」

「お? 一人多いねぇ……あんたは護衛さんかい? お前さんは料金外だから……離れていた方が良いんじゃないかねぇ? アタシは料金外の事はしない主義なんだ」

「な、何の話をしている?」

「ん? こういう話さね……よっと」


 ――ぶんっ!! ゴキッ!!


 無造作に、女は右手を振り抜き……その手に持った鎖付きの棺桶でDT・ホウの首をへし折った。

 巻き添えで護衛も頭部にそれを受けて、首が千切れてぽーんと……しばらく空を舞い。


 ――ぼちゃん


「ありゃ? 手元が狂っちまったかい? まあいいか……ひっひっひ……せめて遺体は国へ帰そうじゃないか……それが葬儀屋の仕事だからねぇ」


 むんずと両手で男二人分の遺体を掴み、ずるずると引きずる葬儀屋と名乗る女性。

 その姿は月が雲に隠れて闇を深めていくと共に……ひっそりと姿を消していく。


 翌日、海に浮かぶ生首を見つけ……漁師から通報を受けた警官が押し寄せたが……その痕跡は一つも見つけられず……半月後。DT・ホウの捜索は打ち切られ……本当の意味での闇狩り事件が終わったのだった。

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