24:温厚な奴ほどおっかねぇんだわ

 意味が不明だった。

 銃弾を蹴る、言葉としてはそのままで……銃から発射された弾丸を足で蹴る。しかし、実際にそんな事をすれば大怪我どころではない。

 

 骨が砕け、肉が裂け、当たり所が悪ければ筋を傷つけて回復しても歩くのが困難になる可能性もある。つまりそんな事をするのはよほどの目立ちたがり屋の馬鹿か、足を鋼鉄の具足に覆われた白髪の爺だけだった。


「おい! ダイナマイト持ってこい!! 銃は駄目だ!」


 闇狩り、アメリカ大使館のDT・ホウが日本政府に提案した母国の特殊部隊を模した暗部組織として結成したものである。全員がアメリカ製の拳銃を所持し、中には取り回しがしやすい小太刀と呼ばれる日本刀も所持していた。元をたどれば江戸から明治に行き場を失った侍達、しかも世が流れるにつれ取り残されたはみ出し者。それを取り纏めるのは5年前に政府相手に一揆を企てた張本人、海藤達治であった。


 志士としての誇りである刀を捨て、アメリカに渡り銃を知り、力を知り、DT・ホウを利用して当時ですらかなりの年齢だった蓮夜に、国に復讐をするために舞い戻ったのに……。


「ロの三番! 発破ぁ!!」


 ――カキン!! バウッ!!


 虚空で蓮夜が足を踏み抜く度にどんどん速度が上がっている気がする。

 しかし実際には速度は変わっていない、蓮夜はどうやって方向と距離を決めているのか全然読めないため、闇狩り達の視界から外れてしまい……消えたり現れたりしているように錯覚しているだけだ。


「海藤隊長が戻るまでの足止めだ! なんとしてぶげっ!?」


 そしてまた、黒ずくめの一人が蓮夜の蹴りで放物線を描きながら大使館の敷地外へ吹っ飛んでいく。

 恐ろしい事に戦いが始まってから闇狩りの使者はゼロ……蓮夜の高速移動はそれだけで十分すぎる凶器で、取っ組み合いならばと近づいた闇狩りは触れたと同時に弾き飛ばされる始末であった。


「根性だけは認めようかの……服の下に何か着こんでおるようだが」


 具足からちろちろと火を揺らし、蓮夜は中庭の噴水に着地する。

 もちろん加減はしているのだが……思ったよりも起き上がってくる連中が多いのに感心した。今の蓮夜はまさに月夜連合に所属していた時に愛用していた刀こそ持ってきていないが、その脚力に物を言わせた高速戦闘を可能にする理不尽な武装を装備している。


 月夜連合製高速移動用武装『千里』、そもそもは発条仕掛けで脚力を補助しその装甲で身を護る物なのだが……あまりにも重く、それだったら軽い板材を加工して足を守った方がよほど使い勝手が良いと不満しか上がらず一脚しか作られなかった。

 むしろ新人への歓迎と言う名の罰ゲームで履かせるくらいの代物。それを、蓮夜はものの見事に初期のコンセプト通りに扱った……扱えてしまう。


 天性の体感と脚力に支えられ、翁の目に留まり、どこまで行けるかと改造、改良を繰り返し今に至る千里は進んだ火薬技術を搭載し推進力まで獲得してしまい……いよいよ人外の領域へと蓮夜を押し上げた。最終的に両足の内股側と外側に三本づつ搭載された火薬式推進機構は刀を使うまでもない相手を『蹴り壊す』ために蓮夜が使い始めてしまう始末である。

 

「さて……一回りしたかの。見える所に閉じ込めているのでなければ……地下だろうなぁ」


 散発的に銃撃は蓮夜へ向けられているが、のんきに噴水の上で身体を揺らしそれを避けていた蓮夜。やろうと思えば片っ端から戦車のごとく建築物を粉々にしていけるのだが、それで間違って人質に怪我をさせる気は無いので……これでも大人しく戦っているのであった。


「この爺!!」


 上手く蓮夜の視界から外れていて、こっそりと肉薄した一人の闇狩りの青年が刀で背後から片手平突きを放つ。

 斜め上に向けて、蓮夜のちょうど背骨の真ん中に吸い込まれるような切っ先は本来であれば致命傷をもたらす……はず。


「お? とと……」


 ちょうど燃え尽きてしまった炸薬に気を取られた蓮夜が慌てたように声を漏らした。

 好機、と闇狩りの青年が得意とする突きが蓮夜の身体に吸い込まれる瞬間。


 ――カシャン!! 


「ハの一番、発破」


 蓮夜の右足の裏が噴水を踏み抜く、それに呼応して先ほどまでの火薬とは全く別の反応が千里から放たれた。凄まじい破裂音と真昼の太陽かと思わんばかりの閃光。

 もちろん蓮夜は耳を手で塞ぎ、目を閉じているのでそのままその場を後にしたが……間近でそれを受けた闇狩りの青年は刀を取り落して絶叫を上げる。


 不運だったのは日が落ちてサングラスを外していた事だ、しっかりと蓮夜を見据えていたからこそその閃光を直視してしまい視界が真っ白な残光に包まれてしまう。


「やろう! 閃光弾まで!! くそっ!!」


 少し離れていた者もとっさに耳と目を護るが、時すでに遅し。

 一時的な難聴と視界不良でその場に蹲るしかなくなってしまった。


「無様じゃのう。勢いだけでは儂は捕えられんぞ……と」


 ゆっくりと一人一人、こめかみや首筋に当て身を当てて昏倒させていく蓮夜は油断なく周りを警戒しながら進む。

 時間をかければかけるほど、一般の職員が逃げる時間が作れるからだ。

 その目論見は半分以上達成でき、何も知らないアメリカ大使館の警備が勇敢にも蓮夜に迫った場合のみ蹴って退けられたが……壊れた正門からほとんどの人が逃げたのだろう。蹲る闇狩り達が蓮夜の視界の大半に収められる。


「そろそろ解体していくか……地下の出入り口だけ気をつけねばな」


 とりあえず、山田権兵衛こと海藤達治が見つからない事だけが気がかりではある。もちろん時間さえかければ見つけ出して倒すのは可能だ。でも、蓮夜はそうはいかなかった。


「つつ……本当に歳を取った物じゃ。簡単に開いてしもうた」


 着物のわき腹辺りがじわり、と赤黒く染まり……広がる。いくら蓮夜が規格外の体力と脚力を持っているとはいえ自動車もかくやの速度で駆け抜け、戦っていれば傷の一つも開くという物。

 痛みには慣れている蓮夜だが……失われた血液が多く、上手く頭が回らない。

 なおかつ、手加減までしているのだから負担も大きかった。


「早く見つけねばな……ん?」


 そんな蓮夜の耳に、闇狩り達のうめき声と混じり……唸るような音が届く。

 それはだんだん、連続し、重なり、咆哮へと変わっていった。


「なんじゃ? この音は」


 びりびりと伝わる振動に蓮夜の産毛が総毛立ち始める……良くない、この感覚は良くないと蓮夜は使い切った移動用炸薬を詰め直そうとしゃがみ込むが……遅かった。


 ――バガァァン!! 


 大使館の敷地にひっそりとたたずむ車庫の壁をぶち抜いて、鋼鉄の装甲を持つ戦車が数台飛び出してくる。唸るような音の正体はその戦車のエンジン音で……キャタピラを回し、事もあろうか倒れている人も、瓦礫も踏み砕きながら蓮夜に向かい突っ込んできたのだ。


「不味いのう!!」


 慌てて蓮夜は炸薬の入れ替えを放棄し、その場から跳ねるように飛びのく……それを追い、人を踏みつぶして向かって来る戦車はアメリカで運用されているM2A1軽戦車と呼ばれる。

 最大の特徴は……


「よう、月夜の斬鬼……これでも勝てそうか?」


 主砲の大口径機関砲と二門の機関銃が備えられているのだ。

 もちろん、人間が生身で運用する機関銃や小銃とは比べ物にならない連射性能と運動性を併せ持っている。散々に蓮夜を追い回し、塀の前まで追いつめた先頭の戦車……その砲塔から身を乗り出して嗤う男こそ……。


「山田権兵衛……海藤達治は何処じゃ!!」


 先日騙された怒りがこみあげてきた蓮夜がエンジン音に負けないほどの怒声を放つが……帰ってきた反応は、そっけない物だった。


「……まだ気づいてねぇのか。海藤達治は俺だよ」


 まさか、まだ自分が山田権兵衛だと思われていたことに肩を落とす海藤。


「む? そうか……そうか、そうか」


 しかし、もう少し……あと少しだけ。

 海藤達治は慎重になり、月夜連合と言う組織を警戒すべきだった。

 江戸末期、明治、大正と……存在を続け自ら日陰に居続けた者たちの事を……。


 蓮夜は温厚だ。

 それは彼に関わった者が例外なく抱く第一印象になる、灯子が犬と言ったが間違いなくその犬はとろんとした眼差しの飼い犬の姿を脳裏に浮かべている。


「貴様が、海藤達治で……相違ないのだな?」


 その反面、長い付き合いを重ねる毎に蓮夜の印象にはある一文が添えられていた。


 ――おっかねぇ。


 例外はない、彼と同じ道を進む修羅とも言える月夜連合ですら蓮夜を怒らせることだけは……避ける。その理由が、今から海藤達治は身をもって理解する。いや、わからされる。


「まあいい、月夜連合! いくらお前たちが人外の極みであっても戦車に生身で勝てると思うなよ!! 今度こそ! 我ら薩摩がこの国最強と知らしめる!」


 海藤達治を責めるのは酷だった。

 銃は刀より強い、それを装備した軍人が部隊を率いれば更に……そして人類は効率良く人を殺せる武器を求め……兵器を生み出した。


 一両で生半可な部隊など蹂躙する鋼の乗り物を。

 そんな戦車が三両も揃えば……古めかしい身体一つで戦場に立つ、いわゆる時代遅れな戦士の一人など圧倒的な火力で一ひねりだと……海藤にその身に余る全能感をもたらしてしまったのだから。


「下らん。楽に死ねると思うなよ?」


 ……イの一番から三番まで。

 軽くつま先が立てられる蓮夜の足に、夜の帳を斬り割く炎光が今か今かと出番を待つ。


「戯言を言うな時代遅れ! 刀を持たねぇ侍がこの力に抗えると思うなよ!!」

 

 海藤達治の足の先一つ、合図を送れば秒間数十発どころか百にも及ぶ弾丸が蓮夜に殺到する。

 ボロボロに銃弾で引き裂かれる蓮夜の姿を想像して嗤う海藤達治を……ただただ、細められた眼差しで射貫き蓮夜はつぶやいた。


「儂が侍だなんて、何時言った?」

「あ?」


 ――連続発破。


 轟!


 一陣の風が吹く、炎も、黒煙も、音すら割いて。

 白髪の鬼がその身すら投げ捨てなければならない領域に、躊躇いなく……踏み込んだ。

 蓮夜の両足から吹き上げる真紅の炎と激しくほとばしる火花の軌跡が戦車の装甲を撫でていく。反射的に海藤は腰を落として戦車の中に隠れたがすさまじい金切り音が車内に響きわたる!


「がああぁ!? なん、だぁ!?」


 ほんの一瞬、見間違いかもしれないが蓮夜の手に光る物が見えた。

 あれは何だと海藤が思い返す内に外では他の戦車の発砲音がけたたましく連打されていく、指示を出さねばならないと海藤が再び顔を砲塔から覗かせると……線が引かれていた。


「何だこいつは」


 装甲は生半可な銃弾を弾く、もちろん刃物なんて傷一つ付ける事すら難しいのに……車体の装甲が無残にも傷だらけなのである。

 その理由は、線を眼でたどればすぐに判明した。


「なん、だ」


 のらりくらりと緩慢に動く白髪の鬼が居たからである。

 銃弾の雨をふらりと頭を振ってかいくぐり、倒れた兵士から奪い取った武骨なナイフで戦車の装甲を……まるで粘土でも切り分ける様に刃を通していくのだ。


 かと思えばその鬼の足元が不意に煌めき、でたらめな線を描きながら戦車の周りを激しい打撃音と共に装甲を真っ赤に焼く。


「う、うてぇぇぇぇ!!」


 どうせ味方の戦車同士で流れ弾など毛ほども痛くない、そんな事よりも目の前の異常事態を……月夜の斬鬼を始末するのが優先だ。

 

 できるだけ奴から離れて分厚い弾幕で一方的に殺すしかない。

 背筋が凍るような怖気に押されて戦車の搭乗員も海藤の指示を待たず、がむしゃらに銃弾を吐き出しながら蓮夜を中心に散開していくが……速さが違う。


 三両の戦車の位置が離れても、蓮夜は宙を滑るかのようにふらり、ふわりと身を翻し、時に視界の端から端まで一足飛びに飛び跳ね……まるで。


「重さが……無い?」


 海藤が呆然と放つ言葉の通り、蓮夜は宙を自在に駆け巡り縦横斜めにナイフを振るう。

 そのナイフがパキンと折れても気が付けば反対の手にまたナイフが握られていた。


「伊達に斬鬼と呼ばれておらぬ、抗わんと……死期が早まるぞ小僧ども」


 気が付けば、戦車を囲むように炎の線は一本、二本と増え……どんどん増えていく。

 ここまでくれば海藤達治は蓮夜が何をしているのか分かった。


「まさか……斬るつもりか!?」


 その叫びに、蓮夜は月夜に浮かぶ三日月のごとく口の端を上げて肯定したのだった。

 月夜の斬鬼に刃物、それは何も日本刀に限った事では無い事をその身に叩き込むつもりの鬼がさらに、さらにさらに速度を上げて虚空を舞う。


「斬るしか能が無いのじゃ、当たり前じゃろ」


 近く、遠くに揺らぐ蓮夜の声に絶句しつつも震える足を殴りつけ、海藤が吠えるが……戦車の装甲を蹂躙する蓮夜の斬撃はさらに激しさを増していった。

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