21:真正面突破

「すまぬが、ここがアメリカ大使館でよいのかの?」


 白髪長身の老人に話しかけられて、アメリカ大使館の警護をする門番が首をかしげる。


「……(あれ? いつの間に)あ、ああ。ここで良いですよ。許可が無いと立ち入れませんが」

「そうかそうか、ところでお主。黒い服の集団、闇狩りがここに居るのかどうかはわかるかの?」


 もちろんそれは分かる、しかし数日前から大使自らの厳命で内部については一切話さない事になっていた。彼は今の大使に代わってからここに赴任した新人で、真面目さと日本語をしゃべれる事から抜擢されたのである。

 実は大使館のおおよそ半数の職員はただただ真面目に働いていた。

 だからこそ、門番の回答は決まっている。


「申し訳ありませんが機密事項です。何の御用ですか?」

「ふうむ……」


 門番の明確で丁寧な拒否に蓮夜は肩を落とす。

 どうやらいるのは間違いないだろうが……目の前の金髪の兵士、門番の青年は門番らしいと蓮夜は確信した。


 なにせ敵意も無ければ殺気も無い、肩に銃を担いでいるが安全装置がしっかりと掛かっている。

 

「困ったのう、ここを更地に変えるつもりだったのだが……普通の職員もそりゃあ居て当たり前じゃな、どうしたものか」

「さら、ち? お爺さん、ここでは工事の予定はありませんしこの門の向こうはアメリカの領地です。日本政府からの通達もありませんでしたから何か場所をお間違えではありませんか?」


 親切心から門番は蓮夜にそう話すが、一層眉間にしわを寄せ蓮夜は門番に応える。

 とは言えこういう時にどう説明したら穏便に逃げてもらえるかなど……残念ながら寒天に例えられてしまう蓮夜の頭では思いつかず……仕方なくその門を見上げる。


 赤く塗装された扉、車両が通行できるようにそれなりに大きい。

 近づき、こんこんと拳でノックしてみるとかなり硬い……それに分厚そうだ。


「まあ、通達はあるまいて……ところで門番殿。この扉は鉄かの?」

「扉ですか? 鉄板で鉛を挟んだ特別性ですが……通達が無い以上お通しできませんし、周りもレンガで組んだ塀です。本当に何をしに来られたんです? 観光ですか?」

「いや、まあ暴れに来たのじゃ」

「はい?」


 門番の目が丸くなる。

 もうすぐ日没で、これから夜勤と交代するという時間帯。

 大使館の前は自動車や家路を急ぐ日本人、夕飯の買い出しを急ぐ女性などが行きかう中……目の前の老人は暴れに来たという。

 蓮夜としては大まじめで、潜入なんてせずにいつも通り真正面から突撃するつもり。

 そんな噛み合わない一般の兵隊さんと裏社会で生きてきた鬼が見つめ合う。


「……暴れるのは結構ですが。一応捕まえますよ? ここで捕まると日本の法律ではなくアメリカの法律で裁かれますのであまり良くない未来が待っているかと」

「そうか……お主真面目じゃな。良い門番じゃ」

「あ、ありがとう?」

「そろそろ暗くなってしまうしの、間違いで斬られたらたまらんじゃろう? 悪い事は言わぬ、今すぐここから離れて……そうじゃのう、明日の朝くらいに来てみると良い」

「それは……一体どういう」


 苦笑を浮かべる蓮夜の言葉に門番もさすがに警戒心を深める、しかし……目の前にいる老人が何をしでかそうとこの門は破れない。

 大砲の弾だって一撃では破壊できない造りなのだ……開け閉めだってクランクを使い機械仕掛けで開けるような代物。


「……十歩ほど下がると良い。今から門を壊すからのう」

「……本気かい? お爺さん、悪い事は言わないから今日は帰ってもらえませんかね」

「忠告はしたからの」


 はぁぁ……と諦め交じりのため息をついて、蓮夜は首と肩をほぐす様に揺らす。

 そしてその場で軽くジャンプすると……かしゃり、かしゃりと脚の辺りから音がした。その音に門番が目をやると……黒く、鈍く光るブーツらしき物がちらちらと袴から顔を覗かせている。


 ただ、その鋼のブーツは……門番の青年にあるものを連想させた。


「防具?」


 そう、それは戦いの場で見るような傷や塗装剥げが刻まれている。

 そして……蓮夜の跳躍は徐々に……しかし確実に高くなっていく……。


「え? あ?」


 かしゃん


「そのブーツ……重くないのか?」


 かしゃん!


「重くないと困る、どこまでもすっ飛んで行ってしまうからの」


 冗談みたいに繰り返され、高さを増していく蓮夜の跳躍。

 露わになる足を覆う鋼鉄の具足。


 それは、奇妙な形状だった……足の内側と外側に三本の筒が垂直に並び。可動域を確保するためか蓮夜の足の曲がりに合わせて蛇の鱗の様にしなり、追従する。

 先ほどから響く、かしゃん、かしゃんと言う音は蓮夜の足音だった。

 蓮夜の膝の上まで到達するかのような具足は、ほぼ真横から見る門番の目にはまるで……


「牙……?」


 一対の牙のように見えた。

 次の瞬間。


「さて、門番殿。そこにいると熱いし痛いぞ?」


 先ほどまでとろんとした様子の蓮夜の眼差しが……突如ギラリと吊り上がる。

 

「ひ!?」


 それまで不必要だからと蓮夜は隠していた戦意を露わにしただけだが、それは兵士とは言え日向に身を置くものには恐怖として叩きつけられたかのような圧を伴うものだった。

 

「ロの一番……発破」


 そんな蓮夜のつぶやきは、門番にとって一生忘れられないトラウマとなる。

 跳躍した足で虚空を踏み抜いた鋼鉄のブーツの部品が激しい火花を散らし、内側と外側にある三本の筒の内、真ん中の筒が計四本……爆音を奏でて蓮夜の身体をその場から掻き消した。


 そのまま音の絨毯爆撃は続く、瞬く間にアメリカ大使館の正門は冗談みたいに『波打った』。

 門番の肌を叩く衝撃波と鼓膜を破らんばかりの音がその光景を現実だと知らしめる。

 その音の中心に、右足を蹴りだした蓮夜が歯をむき出しにして笑っていた。


「まだまだぁ! ロの二番! 発破ぁ!!」


 ぐるりと腰を回して回し蹴りを放つ蓮夜の挙動に合わせて再度具足から火花と爆炎が上がる!


 まるで戦艦の主砲だ。

 門番の脳裏に浮かぶ出国の際の祝砲を上げた戦艦の主砲と蓮夜の姿が重なる。


「!?」


 もはや悲鳴を上げる事すらできずに、肌が焼ける熱と焦げ臭い硝煙の匂いに巻かれて門番の青年はみっともなくゴロゴロとその場から転がった。 

 ほんの僅か、視界に映った砕け散る赤い門を最後に彼の意識は途切れる。


「さあ、わかりやすく正面から来たのじゃ。抗って見せるがいい、小僧ども」


 両足から黒煙をたなびかせ、瓦礫と化した正門を悠々と進む蓮夜の髪は熱波とちろちろと残る残火に照らされ揺らりと揺れていた。

 

「なんだっ! 当番は何をして!!」


 そこへ運悪く、ちょうど交代の門番が蓮夜と鉢合わせる。


「真面目に職務を全うしておった。お主も下がれ、理不尽な怪我などしたくはあるまい?」

「な! なんだその足!!」

「これか?」


 蓮夜は分かりやすく見える様に一歩右足を踏み出して、嗤う。


「月夜連合製、高速移動用具足……『千里』闇狩りを蹴散らしに来た。違う者は逃げろ」


 かしゃん!

 

 そのまま、戸惑う門番の隣を通り過ぎる蓮夜を門番はただただ見逃すしかなかった。

 なぜなら火に照らされる蓮夜の顔は……人とは思えないほど、恐ろしくて。

 

「お、鬼……」


 そう、まるで日本の絵画……浮世絵に描かれた鬼よりも怖かった。

 その日、静かに業務を終わろうとしていたアメリカ大使館は悲鳴と怒号、銃声で覆われる。たった一人の、普段はとても温厚で間が抜けている一人の老人の狼藉で。


 たった一人の元暗部と、鳴り物入りの現暗部……闇狩りとの全面戦争の幕が上がる。

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