6:解釈(介錯)一致
「……だから月夜連の職員さん達がべそかいて隣の料亭貸しきったんですね」
「儂のせい!?」
「なんでも頭領が出てきた後も蓮夜様だけ出てこないので寒空の下、正に月夜の下ずーっと並んで待ってたらしいですよ?」
「儂のせいだった!!」
ちなみに、頭領も気を利かせて……もしかしたら蓮夜はここを通らないかも。
そう一人の職員へ言伝をしたのだが……職員もさすがにまさかねぇと冷や汗をかきつつ待っていたのだ。
「…………あ、後でお話通しますか?」
直接的に謝りに行けよ、とは言わない仲居さんの気遣いに……蓮夜はただただ頼む、と懇願する。
「ついでに、白装束……貸してもらえるか?」
「あんな縁起の悪い物、月夜連解体の後さっさと燃やしましたよ……蓮夜様」
「そうか……今晩の牛鍋が人生最後の食事か」
「まあまあ、皆もわかってくださいますよ」
悲壮な表情の蓮夜がさすがに可哀そうになり、仲居さんは苦笑しながら背中をさすって慰めた。
「本当に儂と言うやつは……」
「仕方ありませんよ、長年と言うかほぼ月夜連で過ごしてらしたんですから……そうだ! 家政婦を雇われてはいかがです? 家の掃除から買い物まで、大概の事はやってくれますよ」
ぱん、とわざとらしい位に手を叩いて蓮夜に提案してくれる仲居さん。
光を失いかける蓮夜の眼に光沢が戻る。
「雇う?」
「ええ、今は女性の社会参加が盛んになってて結構簡単に見つかりますよ? 職業紹介所も役所に行けばありますし、お賃金も少し高めにすれば働き者を紹介していただけます」
「ふむ……考えておこう。そうか、その手もあるのか」
確かに一理どころか蓮夜にとっては最も現実味のある提案で、なおかつ雇用の契約を結ぶのであれば変に気を使う必要もないと言えば無い。
問題があるとすれば、頼りきりになってしまってその家政婦が休んだ時の事が心配だが……そこまではなってみないと解らなかった。
「もしお住まいが決まったらまた遊びに来てくださいね? 蓮夜様の事をみんな心配しておりますから」
「儂、そんなに生活力に信頼無いのか!?」
「え……その、ご存じなかったんですか?」
微妙に傷ついた風の蓮夜に仲居が袖を口元に当てて、気の毒そうに見つめるが……そうしたいのは蓮夜の方である。
「ぐうの音も出んわい!!」
実際、行き倒れたし。
「くすくす……では、まだお掃除の途中なので失礼いたしますね? ごゆっくり」
「うむ」
ふう、と一息ついて仲居を見送る蓮夜。
「あ、そうでした。蓮夜様」
ふと、仲居は振り返る。
「うむ? どうした」
その顔には先ほどの柔らかな笑みとは打って変わり、能面のように無機的な表情で仲居は紡ぐ。
「先日発足の闇狩り、元赤報隊や薩摩志士等の流れ者が多数流入しております。御身にお気を付けくださいませ、かなりの無法が我ら『幻陽社』の耳にも届いておりますゆえ」
「…………留めておこう。情報感謝する」
「ここは手出し厳禁の政府直下施設ゆえ、今晩の守りはお任せください」
「重ねて感謝する」
「まあ、ついでに夜勤が寝ぼけて隣の料亭の屋根でこっそり居眠りするかもしれませんが。ご容赦ください……ふふ」
「明日の噂話のネタにするつもりじゃよな!? さっさといけい! 仕事中じゃろ!?」
「あらあらうふふ♪ 失礼いたします~」
くるりと身をひるがえす彼女の背を見送り、再び中庭散策に戻る。
その思考の中には今後の事が片隅に居座って来た……生活、できる事と言えば買い物……洗濯、おそらく無理、食事、外食ばかりは身体に悪かろう、家の掃除、どこから手を付ければいいのか見当もつかない。
「儂、本当に斬るしか能がないのう……」
字が書けない訳でもなく、計算もそれなりにできるが……事、生活力に関してはこの宿の仲居見習い以下だろう。
「まあ、それ以前に……儂は明日まで生きられるのだろうか?」
悲壮な顔をして中庭のツツジに目をやると、そよりと吹き込むそよ風に紅い花びらが一枚舞う。
同時に甘い香りも洞爺の脇をすり抜けて、ふわりひらりとその足元に降りた。
「……」
沈黙を受け入れた洞爺はひょい、とその花びらを拾う。
「まさかの介錯は元同僚か」
実際にはだれも怒ってないのだが、生真面目な蓮夜は自分が袋叩き似合う未来しか見えてない。
せめて最後にこの美しい庭を堪能しておこうと縁側に腰を下ろし、ぼんやりとしていたら……中庭を挟んで反対側の二階から灯子が手を振って、声を上げた。
「蓮夜ー! あと三十分で晩御飯よ!」
腰の高さの塀から身を乗り出して、蓮夜の表情とは正反対の笑顔。
よほど機嫌がいいのかぱたぱたと忙しない。
「わかった! 今戻ろう」
ゆったりと意識を現実に戻し、蓮夜は灯子に手を振る。
そのまませり出した軒下に蓮夜は目を向けると……
「わ……」
灯子の目に飛び込んで来たのはひらりと木の葉のように軽い仕草で、軒下に手をかけた洞爺がくるりと反転し、まるで音を立てないで窓の枠、雨どいに軽く足をついて二階まで上がって来たのだ。
最後には灯子の前でふわりと着地する。
「さて、行くか」
風を揺らして灯子の脇をすり抜ける蓮夜に、灯子は一瞬呆けてしまった。
その眼鏡にツツジの花びら一枚が蓮夜に遅れて着地する。
「綺麗……」
「ん?」
浴衣の袖に交差して腕を通し、蓮夜が灯子の言葉に反応した……振り向けば丸メガネに紅い花びらが一枚。
「おお、すまぬ。落としたようじゃ」
す、と手を伸ばし眼鏡のレンズに触れぬように蓮夜は花弁を一枚摘まみ上げる。
「ここの中庭のツツジは良く手入れがされておってな……昼間に見るのは、もしかしたら初めてかもしれぬのう」
「……そう、なんだ」
我に返った灯子は蓮夜の挙動の事を言ったのだが、鈍い蓮夜に気づく気配は無し。
聡い灯子はそんな蓮夜にどちらともとれる同意を返して……
「ご、ごはん食べよ。目の前で作ってくれるって」
ほんのりと赤らめる頬を隠すように眼鏡に手を当てて歩き出す。
「そうかそうか、どんな味なのか楽しみだ」
「じじむさい……いや、本当に爺だった」
「合っておるではないか」
ぺたん、ぺたんと小さな足音が灯子の後から木霊していた。
その音に気付いた灯子はくすり、と笑う。
本当に、蓮夜は優しい性格なのだ。たった半日足らずでもわかった。
「そういえば、さっきのは何? くるっと上がってきて……月夜連は軽業師の集団なの?」
「いや、あの程度できない者の方が少ないが」
「本に出てたニンジャの末裔とか?」
「ありゃあ創作じゃ。本物はなんというか……うむ、いろいろな意味で汚い」
「何よそれ……あとで教えて」
しばし、蓮夜は悩むが……まあ良いだろう。
灯子が小脇に抱えている本の並びはジャンルもバラバラ、中には蓮夜では単語が読めるかどうかわからない難解な医学書まで抱えていた。
きっとなんにでも興味のある年なのだろうと納得し、了承する。
「うむ、良いじゃろう。酒のつまみ位にはなろう」
それに……
「あたし、お酒飲めない」
「確かこぉらとかいうアメリカの飲み物が人気だと同僚が言っておったな……あるかのう?」
「仲居さんに聞けばいいんじゃない? 蓮夜が探すよりよっぽど信頼感がある」
「言いおるの……反論できんが」
気兼ねの無い、益体も無いこのやり取りが……愉しいから。
「ゆっくりと話そうではないか。灯子殿」
「……いらない」
「うん?」
「殿、はいらない……灯子でいい」
「…………わかった。灯子」
二人の前からお膳を二つ抱えた仲居が声をかける。
「蓮夜様、灯子様。ご準備できましたよ」
二コリとほほ笑む仲居に二人は嬉しそうに今行く、と答えたのだった。
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