4:そりゃあ、ね。表向きそういう風にする意味って分かるけど!!

「儂らが解体されて一週間で新しい暗部の話じゃと? きな臭いのう」

「関係ない、関わるだけ損」

「確かにの……時に灯子殿。今晩泊まるところはあるのか?」

「ん? 無い。お金も無い」


 元々ご飯を奢るだけで二人の間での貸し借りは無しだ。

 しかし、灯子は蓮夜からすれば今後の生活に一筋の光が見えたきっかけを作ってくれた恩人。

 自然とその提案は口を突いて出た。 


「良ければ儂が泊まる宿におぬしも泊まるとよい。袖摺り合うのも他生の縁、どうじゃ?」

「……本音は?」

「明日の物件探し手伝ってくれなのじゃ!!」


 流れるように滑らかな膝折から、額は地面の上を数センチでぴたりと止まる。

 それはそれは見事な土下座だった。

 そんな蓮夜をくすくすと笑いながら灯子はちょんちょんと背中を指でつつく。 


「だろうと思った」


 その指を引っ込めて灯子が早く立って、目立つからと苦笑する。実際に周りの人から忍び笑いが聞こえるが……蓮夜にとってはどうでもいい。

 ここまで同行してわかった事だが灯子は頭が良かった。

 計算も早いしぶっきらぼうだが機転も効いて気遣いができる。


「儂一人ではおそらく無理、どうか儂に「良いよ」」


 灯子が蓮夜に最後まで言わせず、被せる様に答えた。


「こんな髪と眼じゃ仕事探すのも大変。生活のイロハ……教えるからその間だけ、助けて」

「良いのか!?」


 がばぁ! と顔を上げて蓮夜の目が輝く。

 フードの中に手を突っ込んで灯子が苦笑しながら頷いた。もしかしたらお金の使い方だけじゃなく家事全般が蓮夜はできないかもと灯子は予想していて、案の定である。


「うん、それに……」

「それに?」

「なんでもない……どこに泊まるの?」


 ほんの僅かに上がる口角を隠すように、灯子は洞爺に背を向けて……。

 見れば見るほど犬を連想させるから、放っておけなくなってきた。

 そんな本音を灯子は蓮夜がしょぼくれるかもしれないとひた隠す。


「以前、任務で泊まった宿がある。風呂もあるし広い、布団も毎日干しているから寝心地が良い」

「そんな所は知ってるんだ?」

「覚えておかねば宿舎に帰れぬ……」

「あ、集合や待機に使ってたのね」

「当たりじゃ」


 ならば設備も上等なのだろう、その宿も月夜連の解体に係る事情は把握しているはずだ。

 一般客としてきたのなら何かと融通もしてくれるかもしれない。


「それに、服を洗濯してくれる。別料金だがそう高くは無い」

「!?」


 埃臭くなった服とお別れできる……だと?


「頼めば隣の柳川鍋を運んでくれる」

「あの甘い卵とじ!!」


 見た目はともかく味は好みのお鍋。


「酒が美味い」

「さあ行こう! すぐさま行こう!!」


 すべての問題が今、解決されようとしている灯子に是非は無かった。

 むんずと灯子は蓮夜の手を掴み、目を輝かせて通りを進む。


「うむ、急がずとも宿は逃げぬ。落ち着かんか」


 そんな灯子に手を引かれる蓮夜も悪い気はしなかった。

 きっと師が話してくれた普通の家庭の普通の暮らし、それはまるで……。

 こんな時間が詰まった楽しい場所なのかもしれない。蓮夜はふと、そんな事を思い出す。 


「タイム・イズ・マネー!」

「わかった。わかったから勝手に進むな。反対側じゃ!」

「え、蓮夜が先に行ってくれないとわからないじゃない!!」

「じゃからついてこいと言っておるじゃろうが……忙しないのう」


 苦笑しながら蓮夜は灯子を先導して石畳の主要道路へと向かう、大通りにさえ出てしまえば道路の脇に建てられた看板にどこへ向かうにはこっち、あっちと書いてあることに洞爺は先ほど気づいた。

 とは言え大分ざっくりしたもので、ところどころ灯子に確認しながら往来を行きかう人に交じり。

 のんびり……と言うにはいささか早い足取りで歩みを進める。

 

 蓮夜にとっての道は今まで任務先に向かうまでのただの道路だった。

 暗闇に溶け込み、己を研ぎ澄ませ……一度目的地にたどり着けば鞘から抜き放たれるだけの毎日。

 そんな蓮夜は今……当たり前の日常に身を置くことに戸惑いながらも新鮮な気持ちでいる。

 

「わからんもんじゃのう」

「何が?」

「いや……日向がこんなにも賑やかだとは知らなんだ」

「……そうよ。蓮夜なんてあんまり煩くて嫌になっちゃったりして?」

「そうなったら耳栓でもして昼寝でもするわい」

 

 二人で笑いながらあれこれと店を冷やかし、時折気に入った食器を見かけて後で来てみようなどと話を弾ませながら。蓮夜は忙しない灯子を何とか宥めつつ目的の宿に向かい、無事にたどり着いた。

 そうしてたどり着いた宿は洞爺の言葉に嘘はなく、静かな小道にひっそりと佇む長屋門が二人を出迎える。


「ほえ……」

「良かった、開いておる」


 想像以上に厳かで、絶妙に人目を避ける造り。

 なるほど、蓮夜の様な組織が使うにはうってつけだろう。

 灯子は動いて食べて、すでに見た目の事なんか忘れて外套を脱いでいた。

 それだけお風呂が待ち遠しいのである。

 

「では、行こうかの」


 灯子を連れて悠々とその門をくぐる蓮夜。

 おっかなびっくりついていく灯子の二人を何人かの通行人は……。


「昼から?……お盛んねぇ」

「何だあの爺、外人の娘と堂々と……くそっ……」


 頬を赤らめ横目で追う婦人にあからさまに青筋を立てて悪態をつく青年。

 なぜならそこは近所でも有名で、要人や有名人の御用達として世間に認知されている…………『高級連れ込み宿』下手にじろじろ観察しようもんならこわーい使用人に釘を刺されかねない。


 そんなことは露知らず、二人は堂々と入っていく……蓮夜などは普段から殺気などには敏感だがこういう好機の視線などは縁が無かったため『なんか視られておるが、服などが汚れておるからかな?』なんて頓珍漢な思い違いをしていたりした。


「な、なんか寒気が」

「そうか? ならば先に風呂に入り温まるとしよう……」


 そんなのんびりとした二人が数分後、迎い入れてくれた仲居さんがやたら露出の高い浴衣姿である事に灯子が疑問を持ち……仲居にこの宿のコンセプトを聞いて真実を知った彼女の叫びは全館内に響き渡り、館内の掃除や部屋の準備をしている仲居や従業員が思わず手を止めるほどに悲壮で恥辱に染まっていた。


「なんで蓮夜が知らないのよ!?」

「儂も初めて普通に客として来たからじゃああぁぁ!!」


 さて、悪いのは誰でしょうか? ねぇ?

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