幕間3 楽しさ
最初から皆に出会わなければ良かった、と思ったことは一度もない。一人で戦っていた私に、皆で戦うことの楽しさを教えてくれたのはあの四人だ。もしずっと一人で戦い続けていたら、今頃私は潰れていたとさえ思える。
「ケト!」
ただ、これからそう思う機会が出てくるかもしれないとは漠然と感じている。何故なら私は、誰かと行動するのは向いていないことに自覚的だからだ。
「おい、ケト!」
左腕を掴まれ、歩道に引き戻された。車が排気の音を立てながら走っていく。
「危ねえって! 大丈夫か!?」
キロロは既に左腕を離していた。私が誰かに触られることが嫌いなのを重々承知しているからだ。キロロは鬱陶しいお節介焼きだ。しかしそれは、私だけに向けられたものではない。ペルプやセトラ、町の人々、ひいては敵に対するそれに対しても、キロロは平等にお節介を焼く。
「轢かれたらどうすんだよお前! はあ……ったく、俺は保護者じゃねーんだぞ。気をつけろっての」
「鬱陶しい」
「はあ!?」
私が隣を歩いていて平気なのも、丁度いい距離感を保ってくれるためだった。
キロロが一方的に投げかけてくる雑談に応えながら車が多いこの道をまっすぐ歩けば、キロロの家の整備工場が見えてくる。その前に、赤髪と青髪と白髪――ペルプとカルモとセトラが点になって見える。
「は? もうカルモ達着いてるじゃねーか。確か集合時間までまだ三十分あるだろ?」
ペルプが遅刻していないのは珍しい。いつもなら「いっけなーい、遅刻遅刻!」と叫びながら走ってくるのに。私は胸元のバッジに触れた。黒色のオーラを纏う。『猫耳』を装着して頭に着ける。
「いやお前何してんの!?」
「遅刻してないペルプは偽物でしょ」
私はそれだけを告げて走り出そうとする。すると、大声でキロロが私の名を呼んだ。
「待てよ! 流石に短慮すぎんだろ! 他に根拠はねえのか!?」
足を止める。根拠。そうだ、それだけの根拠で動くのは短慮にもほどがある。それなのに、何を焦ることがあるのか。カルモはともかく、セトラも三十分前に整備工場前に居たことはない。それ以外。少し考えてから、答える。
「ない」
「ないのかよ!」
「でも、万が一偽物だった場合、あれが敵だとしたら……」
私は言いながら爪を立てる。キロロの顔がワンテンポ遅れて青ざめた。
「俺の家がバレてるってことか!?」
私は今度こそ走り出した。
もし間違っていたら、三人に謝ってもいいと思いながら。
まだそれなりに距離がある、偽物なのはペルプだけか、もう少し近づかないと分からない。キロロが変身し終えて後を追いかけるには時間がかかる。
誰かと戦う楽しさは覚えたが、それでも一人で行動した方が得であることは知っている。私は、誰かと行動するのは向いていない。爪での近接攻撃だからサポートをする側には回れない。誰かと行動すると、迷惑がかかってしまう。だから、結局私は一人で行動することを選ぶ。
爆発するような音が耳元を霞めた。横を黄色い車が走っている。助手席のドアが開いた。
「乗れ!」
車から聞こえる声。キロロが変身していることは明白である。
「あれが偽物だったら周りにやばいの居るんだろ!」
余計なおせっかいだ。口の中で呟く。その声もエンジン音にかき消された。ああもう、というようにクラクションが鳴る。 キロロは、私と同じように焦っていた。工場の場所がバレていることに? いや、それだけではないのだろう。
「俺が近くまで送る! そっから飛び降りてあいつらを倒してくれ!」
キロロは声を荒げた。
「……俺にはできないんだ! 頼む!!」
私は助手席に飛び乗った。開いたドアはそのままに、車は――キロロは走り出す。
程なくして、ペルプ達の姿が迫ってきた。やっぱりどこからどう見ても三人だ。但 し、見かけ上は。
私はキロロから飛び降りる。すると、カルモがくるりとこちらに振り向いた。それから、こちらににっこりと笑いかける。
「もー、遅すぎますよ、『ケト』」
根拠をそちらから提示するとは。
カルモは、私を呼び捨てでは呼ばない。
私は大きく爪を振りかぶる。躊躇なく、その顔に向かって振り下ろした。
数刻が経過した。
その間に、私は偽物のペルプ達と戦闘を繰り広げ、キロロは後ろから私に指示を飛ばし、あとから駆けつけてきたカルモとセトラが加勢し、最後に駆けつけてきたペルプが雑魚三匹を浄化した。
「でも、キロロの家、まだ報告されてないみたいでよかったあ……」
「自分で言ってたもんね、『早く帰ってあの方に報告するんだぜ!』って」
あの方って誰だろう、とペルプが首を傾げる。
「流石に顔はねーだろ顔は!」
「別にいいでしょ、偽物なんだし」
最初に私が攻撃したところが偽物のカルモの顔だったことに怒っているのだ。キロロは見当違いなところで私を非難する。
「ふふ、いいんですよケトちゃん、偽物だって見破ってくれたんですから」
「それはそうだが……ってかお前、マジで無茶しすぎだって!」
キロロはなおも口うるさく喋り続ける。しかし、眉を下げて笑っているのを私は見逃さなかった。
一人で戦っていた私に、皆で戦うことの楽しさを教えてくれたのはあの四人だ。もしずっと一人で戦い続けていたら、今頃私は潰れていたとさえ思える。
最初から皆に出会わなければ良かった、と思ったことはまだ一度もない。
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