第二部
第四章
#13 情報を得るために
無機質な電子音が聞こえて、私は飛び起きた。
夢は見なかった。闇を、ペルプ達の幻影を手放したあの日以来、見ていない。
名も無き勢力の「第二拠点」は、第一拠点に近い場所にあった。内装が殆ど同じようなビルだが、第一拠点に比べると狭い。今度は四階建てで、人々はオフィス部分に置かれた机の下で眠っている。
電子音は繰り返される。今日の音は「エム」だ。つまり、ミーティングがある。しかし、外が騒がしい。鬱陶しい。いや、煩いと言った方が正しいだろうか。外で、しかも近い距離でざわめきが起こっている。仕方なく起き上がる。
身体を机から出す。机の上にある籠から黒色の上着を引っ張り出す。私のバッジは内側にピンで留めてある。辺りを見廻すと、同じように机の下から出てきた人達が立っている。彼らはイヤホンを耳に入れ、スマホを手に動画を視聴していた。既に配信は始まっているらしい。
「おい、これ『創立者』じゃないか!?」
「だよね!? 私写真でしかみたことない」
今まで、他の構成員達が話していても気にも留めていなかった。しかし、あの初老のせいで、情報を得るという目的が生まれてしまった。仕方がない。しばらく構成員達の声に耳を傾ける。
「でもどうしてミイたんと一緒に配信してるんだろう?」
「いやそこは別にどうでもよくない?」
「裏を見ろって普段から言われてるじゃん」
私は大きく息を吐いた。
「…………敵に見せたいからじゃないの」
全員が一斉に振り向いた。目を大きく開いている者、逆に私を睨んでいる者。目を逸らす。やっぱり気持ち悪い。目線が。こちらに向けられた意識が。しかし、以前よりはマシだ。それに、話さなければならない目的がある。
「その女、司書と戦闘したときに堂々と動画撮ってたから。動画のことはバレてるわけだし、敵に向けた情報発信って意図はあるかもしれない」
暫くの間沈黙が走る。すると、一番前にいたひとりが口を開いた。
「その線はあるかもなぁ、だとしたらなんでってところはあるが」
「そりゃアレでしょ、改めて立場をハッキリさせときましょってやつ」
「でもなんの根拠もない話だよね。裏付けがなくちゃあ」
「……なんであんなガキの……」
ざわめきが大きくなって、構成員達はまた議論に戻っていく。確かに、根拠がない話は無意味だった。私はざわめきに身を隠すようにして部屋を出る。
「やあ、ケト。今日は早起きだね」
狭い廊下の壁にもたれかかって腕組みをしている男がいる。銀色の長髪を後ろで括り、髭を生やしている。腕には包帯を巻いていた。宇宙人と侵入者の騒ぎで怪我を負ったからだ。
「……スマホ、借りていい?」
要求の言葉を告げる。知り合いはポケットからスマホを取り出した。ロックは今はかかっていない。チャットアプリを開くと、既に配信のリンクが配られていた。私はスマホに集中し、画面を操作する。
「もう配信は終わったから、最初から見返すのがいいとおもうよ。それにしてもケト、君は本当に変わったね――」
知り合いの言葉を無視して、イヤホンを耳に装着する。音量を上げて再生ボタンをタップすると、あの忌々しい耳につく声が聞こえてきた。
《こんにちミー! 「名も無き勢力」のみんな~!! 今日も元気にしてるかな~!?》
陽気な音楽とともに画面に熊耳のフードを被った少女が現れる。両手をこちらに向けて振る。どうしてこうも私を不快にさせる動きができるのか。配信女はうざったく話を続ける。
《今日はスペシャルゲストを呼んできたよ☆ なんと、ここを創立した人なんだって! ミィの次にすごいね~! じゃあ、早速読んじゃうね! どーぞっ》
続いて聞こえてきたのは――氷のように冷たい声。
《私は「名も無き勢力」の創立者だ。名を名乗ることは控えさせてもらおう》
そこに、穏やかな初老の姿はなかった。代わりに、険しい顔つきをしたスーツ姿の男が現れる。太っていなければ同一人物だとは分からないだろう。それほどまでに、私の知る初老とは印象が異なっていた。
《要点はただ一つに尽きる。Xデーに間に合うよう、全力で準備を進めていただきたい》
一度動画を止めた。イヤホンを外し、知り合いの顔を見る。
「本物の顔は見せないって感じだったのに」
「敵に対して、明確に宣戦布告をしようって考えだろうね。配信の方法は既に相手方にも割れているからね。ミイナルの手にかかれば相手の視聴を止めるなり配信先を変えるなりすることも可能なんだけど、それをしないことから意図的に敵方に情報を送っていると察しがつくはずだ。まあ、本人からそう聞いたんだけど」
私は知り合いを睨みつける。端的に言えば済む事柄を長々と話されるとイライラしてしまう。未だに。もう一度イヤホンを耳に装着しようとする。と、知り合いが笑って腕を広げた。
「先に僕の用件を聞いてもらおうか」
「……何」
「ケト、君に、正式に『ヤミリーズ・カンパニー』の本拠地への潜入を依頼することが決定したよ。詳細を聞かせるから着いてきてもらえるかい」
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