幕間2 道徳
私は一人でいることが好きだ。一人でいると、余計なことを考える手間が省ける。一人でいると、誰にも迷惑がかからない。一人でいると、自由に時間を使うことができる。
「……ケト……」
でも、私は進んで一人になろうとは思えなかった。なぜなら私には四人の仲間がいたからだ。ペルプ、キロロ、カルモ、セトラ。何より大切で、大好きな四人の仲間が――
「ケト……!」
「何度も呼ばないでよ」
「だ、だってぇ……!!」
お化け屋敷。辛うじてものが見えるほどの暗がりの中、浮遊する提灯や棺桶、墓石などが見える。意図も世界観も分からないお化け屋敷だ。
今回の敵は雑魚の集団だ。五人で遊びに来た遊園地を狙ったらしい。いつまでたっても幹部クラスは出てこないが、私達に割くほどでもないということか。
「僕、お化け怖いんだもん……!」
セトラが私の腕にしがみついている。鬱陶しい。あまり触られるのは好きでは無いが、仕方がない。他三人とはぐれてしまったのだ。まずペルプが突っ走っていき、キロロが、続いてカルモが後を追いかけていった。
「いざとなったら魔法で倒せるでしょ」
「ゆ、遊園地のものに当たったら壊れちゃうから……」
段々声が小さくなっている。
遊園地のものは壊せない、か。ペキカセットでは、ペルプの魔法に付随する浄化作用で破壊したものが治っていた。私一人のときはそうでは無かった。それどころか、そんな細かいところまで気にしていなかった。
「け、ケト……」
青ざめているこのセトラには、そこまで気にするような繊細さがあった。それから、道徳が。私は、今まで壊してしまったものについて考える機会が増えた。後悔の種の一つになっている。でも……
「だったら飛んで逃げるしかない」
「そんなあ、こんな暗いところ飛べないよ~!」
蛾でしょ。一々返答するのも面倒になってきて、私は無言で歩き続ける。
突然セトラが腕から離れて立ち止まる。私は首だけで振り向いた。
「何?」
「ああ、あのねっ、今、思ったんだけど……もしかして、無限ループ?」
辺りを見回した。確かに同じようなところを歩いているとは思ったけど。とりあえず順路に沿って歩いているだけだったからよく分からない。
「そうかも」
「うう、ずっと歩いてても出られないってこと……?」
引き返してみないと分からない。身体ごとセトラの方に向き直り、一歩二歩……
「――――――!!」
私は跳び上がった。
「ケト!?」
そのまま尻もちをつく。天井から吊り下げられ、ぶらぶら揺れる深緑色のそれを見て、私は声が出なくなる。
「……! ……!!」
「だ、大丈夫!?ケガはない!?」
セトラが慌てている。しかし、それからぽつりと呟いた。
「え、きゅうり?」
そんなはずは、ここまで戦ってきて、たかが「きゅうり」に驚くなんてことがあるはずは。セトラが急にしゃがみこんで私の手を握った。いや、あるはずは無い。予告もなく意外なものが目に飛び込んできて驚いただけだ。予想外にパニックに陥ってしまった。これではいけない。もし今のが敵だったら――
「あのね、ケト、僕ね」
存外普通の声だった。穏やかなセトラの声。
「ぜんぜん頼りにならないけど、ケトと一緒にいるからね」
セトラが笑顔になると、周りの空気が少しだけ緩む。私は目を逸らした。
「……ありがとう」
「おーいっ!」
「ダメ、何度回っても見つからないわ……」
「マジでどこにいるんだよアイツら!」
きゅうりの向こうから声が聞こえた。セトラが声を上げる。
「ペルプ達だ! やったあ、助けが来たよ!」
「あ、今セトラくんの声が!」
私は立ち上がる。それから、相変わらず垂れ下がったままのきゅうり……の横に手を伸ばす。やっぱり。透明な膜のようなものが貼ってあった。触れたところから波紋が広がっていく。先には進めそうにない。
「私達は、狭い無限空間の中に閉じ込められているのかもしれない」
「え、ええっ!? どうするの!?」
「答えは簡単」
胸元のバッジに手を当てる。身体中に魔力が迸る。「猫耳」を頭に着ける。後ろに下がりながら、爪を立てた。
「はあッ……!」
本当に癪だが、先程跳び上がったときのようなイメージで。大きく跳び上がり、膜に爪を立てた。
――バチバチバチ!!
――ガシャーン!!
「っ!」
そのまま受身をとって転がり、膝をついた。辺りを見渡すと、私達はコンビニほどもなさそうな部屋の中にいた。そういえば、外見はプレハブ小屋だった気がする。
「ケト! セトラ!」
駆け寄ってくる音がする。立ち上がると、ぱっと花の咲いたように笑うペルプと、肩を撫で下ろすキロロとカルモの姿があった。セトラは?
「うわあああっ、お化けだ!!」
セトラの叫び声。見上げると、天井際には闇を纏った、大量のお化けが浮かんでいる。やれやれ、戦闘開始か。説明は後に回すことにして、私はまた爪を立てる。
「俺が戦うのは狭すぎて無理だな、指示を出すから頑張ってくれ」
「りょーかい! カルモ、一緒に行こう!」
「ケトちゃんとセトラくんは大丈夫?」
カルモの問いかけに、私は頷いた。意図せず高跳びを会得してしまった私なら倒せる。すると、前に座り込んでいたセトラが立ち上がった。
「ぼ、僕もがんばる……!」
「おっけい! いっくよー!」
ペルプの号令で、私達は走り出す。
私は一人でいる方が好きだ。でも、進んで一人になろうとは思えなかった。今は一緒に戦ってくれる仲間がいるのだから。
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