#2 幸せな時間は過ぎ去った
幸せに永遠なんて存在しない。
私には、大切な仲間がいた。でも、仲間は輝かしい未来に向かって進む。振り返ることもなく、先へ先へと進んでいく。
時間は進むばかりで戻らない。止める魔法はどこかにあるかもしれない。だが、戻すことは叶わないのだ。やがて幸せな時は過ぎ去って、懐かしい記憶が私を捕まえにやってくる。
幸せに永遠なんて存在しない。そのことを、私は幸せなうちに気づいてしまった。ああ、どうせ終わるというのなら――
―――
無機質な電子音が聞こえて、私は飛び起きた。ここは私の部屋。今のは、夢。飛び起きた反応で脳の縁が陽炎のように揺らめく。
こんな夢を、最近は毎日のように見る。私が「ペキカセット」を去った一カ月前のあの日からだ。あの日、ペルプ達四人は、私に関する記憶を全て失った。それだけではない、世界中の誰もが私のことを忘れている――私の「知り合い」ただ一人を除いて。驚きはない。そうなるように私が仕向けたのだから。永遠には続かない幸せに、自分で終止符を打ったのだ。
電子音は繰り返される。今日の音は「エム」だ。つまり、ミーティングがある。
私の部屋は狭い。ダンボール四箱を二段積み上げたくらいの大きさだ。ベッドから身体だけを起こし、まず真上の収納を開ける。普段着が私の腹上に落ちてくる。その中から黒色の上着を引っ張り出す。私の変身バッジは内側にピンで止まっている。無くしたら面倒だ。
時間をかけて着替え終えた頃に、また音が鳴り始めた。夢のせいで憂鬱になってしまった。もう一度寝てしまおうか。ダメだ。行動をしなけらば、何も起こらない。気を奮い立たせ、壁のボタンを押し、床下に収納されていた梯子を下ろす。
梯子を降りると、同じように部屋……いや、カプセルから出てきた人達が立っている。彼らはイヤホンを耳に入れ、スマホを手に待機している。私は彼らに声をかけることはなく、大部屋を出ていった。
この建物の名前は「第一拠点」というらしい。かつて住んでいた片田舎の街の隣、ビル街の中央部に存在する、八階建てのよくあるビルだ。
片田舎で過ごしていた頃は、常に周りの誰かが喋っていた。でも、「第一拠点」では相当なことがない限り誰かが喋りかけてくることはない。無駄な時間が少ないという点では、便利な場所だ。ただ、ひとつだけ不便であるところは……ミーティング、と冠した配信動画を定期的に観なければならないことだ。そして、未成年が配信を見る為には「保護者の許可」が必要であるところだろう。
「やあ、ケト。今日は早起きだね」
その「保護者」に当てはまるのは、私の知り合いただ一人。廊下の壁にもたれかかって腕組みをしている男だ。銀色の長髪を後ろで括り、髭を生やしている。別に血縁関係はない。他人に対して私の保護者と説明するのに相応しい人がこの人しかいなかったのだ。
「スマホ」
短く要求の言葉を告げる。知り合いはポケットからスマホを取り出し、ロックを解除して私に差し出す。チャットアプリを開くと、既に配信のリンクが配られていた。私はスマホに集中し、画面を操作する。
「観ないの?」
「僕は内容を知っているからね。そういえばケト、やっぱり君は――」
イヤホンを耳に装着する。音量を上げて再生ボタンをタップすると、あの忌々しい耳につく声が聞こえてきた。
《こんにちミー! 「名も無き勢力」のみんな~!! 今日も元気にしてるかな~!?》
陽気な音楽とともに画面に熊耳のフードを被った少女が現れる。内容以外に興味はない。私はスマホをポケットに仕舞った。また歩き出す。知り合いは黙って横を着いてきた。
《元気じゃなかったら無理をせずお友達に頼るんだよ~! まあ、ここの勢力じゃ無理だろうけどね!》
鬱陶しい。簡潔に内容を伝えることはできないのか。まあいい。次回からは内容を知り合いに教えてもらおう。
《よーし、それじゃあお知らせしちゃうよ! なんとね~、遂にXデーが決まったんだってー! ガチョーン!!》
立ち止まる。今更? 遅すぎる。全てが間延びしすぎたせいで、私が加入した頃には「敵」は強大化しすぎてしまっていた。既に侵略は始まっているというのに。「ペキカセット」が戦力を減らしているとはいえ――首を振る。今は話に集中するべきだ。忌々しい声はまだ続いている。
《ってことだから、とりあえずまずは武器の調達ね! うちの意向的には~、爆発物はなるべく辞めといた方がいいんだって! だって爆発ってさあ、うるさくてバレやすくて~》
「爆発物を持ち込め、だって」
「分かってるよ」
この勢力のめんどくさいところは、裏を読まなければならないことだ。配信を盗聴することくらい、「敵」にとってはわけもないせいで。ただ、「うちの意向」という語句は嘘だと分かっている。なぜならこの組織では、基本的には個人の意向で動くことになっているからだ。だから、今の言葉の解釈は「持ち込みたい奴は爆発物を持ち込め」で事足りるだろう。
「言っておくけど、Xデーの日付は本当だからね」
私は胸の位置の紐を引っ張り、両耳につけていたイヤホンを外した。首だけ振り向いて知り合いを見上げる。
「要点だけ教えて。直接教わる方が速いから」
「そう急ぐな、ケト。僕が嘘を言う可能性があるとは考えないかい」
知り合いは先を歩き、私の方に振り返って目を合わせる。両腕を広げる。羽織っているローブの裾が揺れている。
「僕がいつから君を裏切るか分からないだろう。自分で確かめられないものは疑った方が良い。殊に、この組織ではね」
目を逸らさないようにじっと見つめ返す。そうは言っても知り合いは真実を言うと知っている。案の定、知り合いは口角を上げた。
「まあ……要点はただ一つに尽きるけどね。Xデーは、ちょうど今日を入れて一ヶ月後だよ」
「一ヶ月後」
それまでに、武器の調達をしなければならない。勿論『バッジ』と『魔法アイテム』はあるが、それだけでは確実に足りない。この世界で人が持ちうる魔法は、ひとりにつきひとつずつしかないからだ。ペルプやキロロが持つみたいな、それだけで強い魔法ならばまだしも――また首を振り、ズボン越しにふとももをつねった。
「武器の方は今日、僕と君で見繕いに行こうか。信用できる伝手があるから」
「その伝手には裏切られるね」
すぱりと言い捨てると、知り合いは大声を上げて笑う。先程から、付近を歩いている人達から横目で見られている。
「っへへ……ああ、すまんすまん。ケトも言うじゃないか。でもそうだね、もし君が信用できないと言うのなら」
「いや、利用するだけ利用する」
なんだい、と知り合いは笑う。人の伝手のことを信用することはできない。ただ、知り合いは「今日」見繕いに行けると言った。早い方がいいに決まっている。「二十二時に」と知り合いに一方的に告げ、私はまた歩き出した。
心の中で、朝の夢を反芻する。
時間は進むばかりで戻らない。幸せな時は過ぎ去って、懐かしい記憶が私を捕まえにやってくる。でも、追慕に捕われてはいけない。後にも戻れず、先にも行けなくなってしまう。
私が気にするべきなのは、進むばかりで戻らない「今」を、無駄にせず使うことだけなのだ。
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