PEKICA SET【第二部完結】

甘衣君彩@小説家志望

第一部

第一章

#1 最後の幸せ

「ねえ、私達って、初めから三人だった?」

 ペルプは前を歩く二人の背中に投げかけた。その声が妙に沈んでいたからか、前の二人は同時に振り向いた。

 時刻は黄昏時。川端の土手の上。陽光が三人の身体を照らしている。その表情は逆光になっていて見えない。

「いきなりどうした?」

 キロロは笑い混じりで尋ねる。

「私、何かが……誰かが、欠けてる気がして!」

 ペルプは叫ぶ。何故こんなにも悲痛に聴こえるのか。それは普段の明るい彼女との差異のせいかもしれないし、夕暮れのせいなのかもしれなかった。もしくは、散々楽しく過ごしてきた時間が壊れつつあるからかもしれない。キロロは再び口を開く。

「なーに言ってんだよ。俺達ずっと三人で戦ってきたじゃねえか。三人揃って『ペキカセット』だろ」

「そうよペルプちゃん。もう一人居たなんて、そんなこと……」

 カルモは言葉を詰まらせる。そのまま、ゆっくりと足下に目線を向けた。

 太陽が雲に飲まれ、地面に段々と影が出来ていく。逆光が薄くなり、一瞬だけ三人の表情が見える。暗い顔を、している。しかしすぐにまた、影に隠れた。奇妙な間が空いた。次に話すはずだった誰かの言葉を求めているように。

「……でも、確かにもの寂しい気がするわ。そう、あと少し、何かが足りていないような……」

 唐突に、ペルプは走り出した。キロロはペルプの背に手を伸ばす。届かない。

「ちょっ、お前! どこに行くんだよ!」

「分かんない! 分かんない、けど……!!」

 少し遅れて、二人はペルプを追いかけ始めた。


 物陰から見ていた「私」も、気づかれないようにその三人を追いかける。


 土手を下りたところにある枯れ木の下まで来て、ペルプはくず折れた。いつの間にか二人も追いついてきていて、同じようにはあはあと息をつく。

「ひぐっ、ぐすっ」

「くそっ、どこにいるんだよ『アイツ』は……!」

 キロロは軽く舌打ちをする。それから、息を呑む音が聞こえた。多分、少しずつ思い出しかけているのだ。私としては想定外なんだけど。

「……私達、『あの子』と一緒にここに来ていたはずよ。ピクニックも、バーベキューも、線香花火もした。『ペキカセット』の四人で……」

 カルモはペルプに近づく。ペルプは顔を抑え、涙を拭っていた。拭っても拭っても収まらない。それでもペルプは、震える声で話し始める。

「私、思い出したの。ここで何か巨大なものと戦闘して負けた。カルモとキロロはどこかに飛ばされて、そして、『あの子』は……」


「君たちと引き替えに姿を消した、と。笑わせるね」


 空気を裂くような冷たい声。私はペルプ達に気づかれないよう、戦闘の構えをとった。

「……! あなたは……!!」

 白衣を着た医師だった。図体がでかい。六メートルはある。私も見たことの無い大きさだ。胸ポケットの位置に、黒い紋章が印字してある。紛れもなく「敵」だった。ペルプ達は呆然とした。三人は既に、数多の「看護師」に囲まれている。赤色の目を光らせて、大きな注射器を抱えた看護師達に。

「あのガキは『奇跡の石』を使ったのさ」

「奇跡の……石を……!?」

「そして、奇跡を願った。『自分を犠牲にして皆を助けて欲しい』と」

 うわあああ、とペルプは泣き叫ぶ。すると、キロロが一歩前に進み出た。二人を庇うように左腕を広げる。

「最初に『奇跡の石』を手に入れたとき……俺達は絶対に使わないって約束したんだ。お前ら、『アイツ』に何をした?」

「屍になる予定の君達に教えるのは無意味だ。『魔法アイテム』を失った君達に勝ち目は無い。そうだろう?」

 なに、と眉を顰めるキロロ。カルモは静かに胸元を抑える。抑えなくても見れば分かるのに。魔法アイテムを呼び出すための『バッジ』が消えていることは――

「……そうですね、確かに『魔法アイテム』を失えば、私達に勝ち目は無いかもしれません」

 カルモは力なく手を下ろした。そうだろう、と笑う医者に、カルモは優雅に微笑み返した。

「でも、ペルプちゃんが教えてくれました。行動さえ起こせば奇跡も起こるのだと」


 ちょっと、奇跡を願うのが早過ぎない? とっとと気持ちを切り替えて、逃げる方法を考えなよ。私は心の声を抑えた。心の大部分では理性的な思考を重ねながら、その片隅では一緒に願わずにはいられない。


「はっ、起こる望みのないものに頼るとは。全く、この世界の住民も愚かなものだ」

 医者は首を振った。もう手遅れだ、と言わんばかりに。右手を前に翳す。闇の力がその手に集まる。

「さあ、とっとと闇に」

「……ない」

「ん?」

 ペルプがゆっくりと立ち上がる。医者の前で、ゾンビのように。それから、顔を上げた。やっぱり。その表情は、決意に満ちている。

「私は、奇跡が起こる望みがないなんて思わない! それに私は、『あの子』を諦めたりなんてしない! 絶対に『あの子』を取り戻す!!」

 ペルプは拳を握った。医者は尚も闇の力を貯めながら一歩後ろに足を引く。

「ま、魔法なしに、どうやって取り戻すというのかね?」

「行動さえ起こせば、奇跡も起きる!!」

 ペルプはキロロの制止の声も聞かず、医者に向かって飛びかかる――


『思い出すのが早すぎるよ、ペルプ……』


 辺りに白い光が満ちる。

 話しかけたのは、私ではない。あの子だ。あの子の影が、白い光の中にある。

『ねえ、もし思い出しちゃったら、みんなはまた大怪我を負って倒れちゃうかもしれないんだよ……?』

 泣いている。一番派手に泣くあの子が、いつもより静かに泣いている。エコーがかかった震え声で、あの子は続けた。

『僕のこと、忘れてもいいよ……だから、お願い、逃げて……』

「やだ!!」

 ペルプは叫ぶ。涙混じりで、でも力強い声で。

「戦って大怪我するのは嫌だけど、逃げてあなたを失うのはもっと嫌なの! 私達四人で『ペキカセット』でしょ? 四人でおいしいものを食べて、色んな人を救って、もっと笑いあっていたい!」

 あの子が息を吸う音が聞こえる。でも、と言いかけたあの子の手をペルプが掴んだのが見える。

「ね、一緒に大奇跡を起こそうよ! 戻ってきて、『セトラ』!!」

 光が強くなる。私は目を覆う。目を覆いながら、心が歓喜に満ち溢れるのを感じた。


――ああ、良かった。これで、これで……!!


 やがて光が弱まると、そこには四人の姿があった。全員がそれぞれの魔法アイテムを持っている。今度は医者が呆然とする番だ。

「な、何だ!?」

「え、ええっ!? 僕……!」

 ペルプに片手を握られたセトラが明らかに狼狽していた。目に溜まった涙がまだ零れ続けている。

「こんなに大切な人を忘れているなんて、私達は確かに愚かだったわ」

 カルモは手に持っている「ティーカップ」の中身を飲んだ。すると、ティーカップから青色の光が溢れる。医者は、自分でも予期せずカルモに目を移す。

「ああ、そうだな。だが、たとえ忘れたって、俺達は何度でも思い出す」

 キロロは手の中の「鍵」を回す。キロロの身体が黄色く光り、そのまま黄色い車に変形する。医者は声を上げた。自分の手当てのことでも考えたのだろうか。

「だって私達は、四人で一つのチームなんだから!!」

 ペルプの「ステッキ」から、キラキラと赤色のきらめきが出ていく。ペルプの「夢」の輝きだ。カルモから目を離せない医者は、今度はだらだらと汗を流す。既に魔法にかかってしまったことに気づいたのだ。セトラを除く三人は、一斉に走り出した。



 もういいかな。

 私は、その場から立ち上がる。と、肩に手を置いた者がいた。振り向くと、ああ、私の知り合いが立っている。

「本当にいいのかい、ケト」

 私はそれを無視して、戦闘に目を戻した。ペルプ達は、こちらに気づく様子はない。セトラ以外は戦闘に夢中なのだ。

「君は、諦めてしまったのか」

 セトラは胸についたバッジに手を当てた。頬に伝う涙をそのままに、ゆっくりと「瓶」を取り出す。瓶の蓋を開け、中の粉を自分に振り掛ける。背中から蛾の羽がはえる。一歩踏み出し、軽やかにその場から飛び立った。蛾には似合わない弾丸のような速さで、戦闘の方に向かっていく。

 誰にも怪我はない。四人とも魔法を取り戻している。良かった。本当に、良かった。奇跡は起こったのだ。

「……そろそろ帰る」

 私は戦闘に背を向けた。知り合いの横を歩いて通り過ぎる。口角が自然と上がった。今の私は、この世界にいる誰よりも幸せだった。四人に貰う最後の幸せを、全力で享受していた。


 五人目は、もういらない。

 あの子達は、四人で一つのチームなのだから。

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