クリスマス・オブ・ザ・デッド
渡貫 真琴
第1話
降り積もる雪に興味を示すのは子供ぐらいだが、この日だけは違う。
なんてったってクリスマス。
今日は楽しいクリスマス。
活気に満ち溢れる街を、よれたスーツを着た男は冷めた瞳で見つめていた。
男はデパートの立体駐車場の塀から、足元のクリスマスツリーに身を投げ出す。
自分の死が、誰かの記憶に残り続けることを祈って。
シャッター街の片隅で、ホームレスの男が倒れていた。
雪が体の上に振り積もっているにもかかわらず、男はピクリとも動かない。
道行く人々は彼を遠巻きに見つめるが、スマホを確認して去って行く。
なぜなら今日はクリスマス、幸せな時間を警察からの事情聴取で失いたくはない。
男は、遠のく意識の中で絶望の声を漏らした。
住宅街のベランダで、小さな少女が震えていた。
彼女の親は些細な事で激怒し、彼女にここに立つように命じた。
周囲の家からは楽しそうな声が聞こえてくる。
少女は遂に倒れた。
舞い落ちる雪が頬をなでる気配を感じながら、少女は自分にプレゼントが来なかったことを嘆く。
聖夜は死を覆い隠す。
果たして偶然か、必然か。
同時に起こった3人の死は、地獄の門を開いた。
クリスマスツリーの周囲に積まれたプレゼントボックスの装飾を台無しにして男は死んでいた。男に向けられるのは四角い板と人々の承認欲求である。
より良い動画を取ろうと、一人の女が近づいた時だった。
まるでばね仕掛けの様に、死んだはずの男が跳ね起きる。男はそのまま女の首筋を食いちぎった。
噴水の様に噴き出す血が、白い地面を赤く染める。
唖然としている周囲の人間を、男は次々と噛み殺す。
勇敢な男が、噛みつかれた女を助けようと走り寄った。しかし、女は何を思ったか、男に噛みつく。
飛び降りた男に殺された死体たちがだんだんと起き上がる様子に、ショッピングモールは悲鳴で包まれた。
今日は楽しいクリスマス。
相も変わらずスピーカーから流れるクリスマスソングは、悲劇に構わず幸せを歌う。
クリスマスは家に引きこもるに限る。
ノイズキャンセリングで姦しい騒音はシャットダウン、特に目的もなく、SNSを眺めては幸せそうな投稿に対する僻みをぶちまける。
土御門清辰は、ネットサーフィンをひとまず終えてパソコンの電源を切った。
暗転したPC画面に映り込んだ自分の冴えない顔にため息をつくと、土御門はイヤホンを外す。
晩飯のカップ麺に手を伸ばした土御門は、不意に響いた音に顔をしかめた。
何やら外部が騒がしい。
騒がしいこと自体はおかしな話ではない。今日は何と言ってもクリスマスであり、知能を失ったカップルたちが慎みを失って人目を憚らず乳繰り合っているはずだ。
この騒がしさは、悲鳴や、怒号とでもいうべきものであった。
窓から外を見てみると、多数の人影が取っ組み合っているのが見える。
雪で見晴らしが悪くとも、尋常な状況ではないことはすぐに分かった。
困惑する土御門の玄関を、何者かが激しく叩く。
ゆっくりと玄関に近づく最中にも、玄関を叩く音は響き続けている。
「あの~、何か?」
ドアチェーンを掛け、土御門は恐る恐る扉を開く。
土御門の視界一杯に、人間の顔が広がった。
噛みつかんばかりに口を大きく開け、唾をまき散らしている。
その顔には見覚えがあった。
隣の部屋に住んでいる苦学生の女性。貧しく、学費を払うためにバイトを何個も掛け持ちしている物静かな彼女が、狂った様に呻き扉の隙間に顔をねじり込もうとしていた。
鉄製のドアチェーンが、あっさりと弾け飛ぶ。
女が獣の様に土御門に掴みかかった。
土御門はその顎に拳を叩き込み、顎をたたき割る。
顔ごと体をよろめかせた女に向け、土御門は手刀を切った。
「禁」
風船が破裂するような音と共に、女の頭がはじけ飛んだ。
玄関に倒れ込む女の姿に首を振ると、土御門は外套を羽織ると外に飛び出した。
アパートの階段を駆け下りながら、土御門は携帯を取り出す。
「那由多、どうなってる!」
『恐らく、街の中心部を囲むようにして発生した複数の死亡事故が原因で原始的な魔法陣の条件が揃ったみたい。
魔法陣の影響で悪霊が発生、殺害された一般人の魂は穢れ、屍鬼となって周囲に穢れを伝染させ続けているわ。まるでゾンビパニックね』
「お前な」
ブラックジョークにも程がある、土御門は眉間を抑えたくなった。
『ちなみに、私が今日デートする予定だった男も死んだと思うわ。
出会い系アプリの練習、苦労したのに』
「聞いてねーよ!
400歳のくせに男引っ掛けるな!」
ツッコミを入れながらアパートから飛び出した土御門は、思わず息を飲んだ。
そこにあったのは死の運河である。
体のどこかを欠損しながら歩く死体たちが、車道を闊歩していた。
比較的若い男女が多いこの集団は、今日を幸せな一日にするために出歩いていたはずなのだ。
この皮肉を消し去るには、速やかな除霊を行うよりほかないのである。
「発砲許可は」
土御門の背後に、上空から飛来した何かが着地した。
那由多と呼ばれたそれは、白髪の女性であった。
一見普通の人間にしか見えないその姿を、彼女の黄金色の瞳が雄弁に否定している。
「当然出ているわ」
那由多は抱えていた大きなアタッシュケースを開く。
「魔術式自動排莢・装填、真言を刻んだ鉄板で作成された50口径弾、銃身は妖刀玉返で作成。専用のショットシェルも完備した『十三式対怪異回転式拳銃』」
すらすらと銃器の属性を解説しながら、那由多はうっとりと息を吐いた。
「この前の依頼金で新調した銃、いい趣味してるわね」
「……そりゃどうも」
その熱量に一歩引きながら、二丁の拳銃をケースから受け取った。
弾倉をスイングアウトし、全弾が装填されていることを確認してから、手首を返して弾倉を銃に収める。
屍鬼の大群は、二人の存在に気が付くと走り出した。
死の濁流に向けて、仁王立ちで踏ん張りながら2つの銃口を向ける。
巨大なマズルフラッシュが火を噴いた。
50口径の強烈な反動を魔術で強化された剛腕で抑え込み、土御門はひたすらに引き金を引く。魔術により自動で排莢された空薬莢が、トリガーを引くたびに土御門の足元に跳ねる。
遠く離れた弾薬庫から自動的に弾倉に転移してくる弾薬の雷管を、何度も何度もファイアリングピンが叩いた。
轟音の大合唱。
前列の死体を踏み越えて屍鬼たちは突進してくるが、次の一歩を踏み出した時にはその頭を吹き飛ばされ、動かなくなる。魔術的刻印を施したフルメタルジャケット弾は、その怪異の根源に関わらず致命的損傷を与える。
土御門の周囲が薬莢で埋め尽くされる頃には、彼の眼下に動くものは存在しなくなっていた。
音に引き寄せられたのか、背後からも屍鬼たちは殺到する。
那由多は手をふるい、宙に突如現れた野太刀を握った。
無造作に彼女が刀を振るうのと、屍鬼たちの胴体が両断されるのは同時だった。彼女からの距離は関係ないと言わんばかりに、彼女の視界に入っていた全ての屍鬼はそこでこと切れる。
空間の超越こそが、彼女の魔術「常世渡り」なのである。
「この子の切れ味を試すには脆すぎるわ」
土御門は銃を腰に差すと、那由多に拳骨を下ろす。
「あいて」
「お前はもっと口を慎め」
たった三分間で、周囲一帯を進軍していた屍鬼の大群はせき止められてしまった。
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