雪が

@yeri

プロローグ

あれは冬のとても寒かった日。

僕は窓際で椅子に座って本読んでいた。


窓の外は濃い灰色の空が農閑期の田畑の上に重くのしかかっていた。

僕は椅子から立ち上がり、換気のために少し窓を開けたが、鋭い冷気にすぐに閉めてしまった。


部屋の中にはあたたかな橙色を発したストーブがあり、その上に載せた薬缶の注ぎ口からはシュンシュンと湯気が立っていた。


外では枯葉が横に流れ

飛ぶ鳥が風にあおられ

風が甲高い音を立ててまるで悲鳴のようだった。


その響きは教会を思わせた。

音の響く高い高い屋根の教会。

石造りのそれは冷たく無慈悲に声を立ちのぼらせる。

天へ届かせようとするあまりそこは極寒の凍てつく場所になってしまった。


声は届いたのだろうか。

たぶん届いたのだろう。

なぜならすぐに祝福が降ってきたから。

真っ白な花びらが舞い降りてきたから。


「雪だ」

その声は明るかった。

後ろを振り向くと、ストーブの前で本を読んでいた壮也が顔を上げてこちらを見ていた。

「雪が降っている」

彼はそう言って吸い寄せられるように僕の隣に来て窓の外を見た。

「雪が降っている」

僕は彼の言葉をくりかえした。


「なに笑ってるの?」

彼が僕の顔を見て怪訝そうにした。

「いや、ふと思い出して」

「なにを?」

僕は少し答えるのを躊躇したが思いなおしてうなずいた。

「詩だよ」

「どんな詩?」

答えるのに躊躇したのはこの返しが来ることがわかっていたからだ。

僕は早々にこの話題を切り上げるために簡潔に、また答えた。

「異国の詩人の詩だよ。『雪が降っている』って言ってる詩があるんだよ」

「ふうん」

彼はそれ以上何もきいてこなかった。

その代わり少し考え込むように窓の外に目を向けて、じっとしていた。


この部屋は暖かい。

ストーブの上ではたっぷりのお湯が沸いている。

コポコポと蒸気と灯油の流動音。

外では雪が勢いを増す。

一面を真っ白に覆うように、静かに、音もなく。



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