第6話 東京競馬場


 緊張しながら学校に通う。

 そして放課後はどちらかの家で猛勉強。

 で、家に帰ってきたら競馬の本を読む。


 「圭太。これ持って行って。多い方が良いでしょ?」


 「助かる。交通費もあるからそんなに勝負出来ないと思ってたんだ」


 「その代わりしっかり稼いでくるのよ?」


 「負けはないから大丈夫」


 そんな日々を過ごしているとあっさり週末。

 競馬へ行く前日の土曜日も俺の家で勉強してたんだけど、梓がなけなしのお小遣いを俺に持たせてくれた。これで交通費を除いても諭吉一人分はある。

 しっかり稼いできますぜ。




 「行ってきまーす」


 静かに挨拶をしてから家を出る。

 母さんは日曜日しか仕事の休みがなく、まだ寝ているのだ。1Rのパドックから見たいから俺が出る時間が早いのもあるけど。


 自転車に乗って最寄駅へ。

 電車で1時間もしないうちに東京競馬場だ。


 「バレませんように。バレませんように」


 一応持ってる服で大人っぽいのを選んだつもりだ。それでも少し芋っぽさは抜けない。

 今日勝ったらそれなりの服を買うべきだな。どこに保管しておくか迷うけど。

 いきなり高い服を買ってきたら母さんに疑われるし。



 「第一関門突破だぜ」


 東京競馬場の最寄り駅に着くとまず向かったのはコンビニ。

 そこで念願の煙草を買う事に成功した。

 これまでも母さんが寝静まってから何本かパクっていたのだが、銘柄が違う事もあって爽快感は得られなかった。

 俺氏。立派なヤニカスである。


 「でも俺が未来で吸ってた銘柄はまだ発売されてないんだよなぁ。これでも母さんのよりはマシなんだけど」


 確か俺が高校一年の頃にマルボ○のアイスブラス○が発売された筈。

 後一年はこのマル○ロメンソールで我慢しなければ。それよりも煙草の値段が安すぎて驚いた。この頃は300円台だったんだよなぁ。

 未来ではまもなくお札が必要な値段になりそうだったのにさ。


 俺はコンビニ前の喫煙所ですぱすぱと煙草を吸う。他にもおっさん連中が新聞を凄い目で睨みながらも御一緒に。

 この人達も競馬場に行くんだろうなぁ。

 因みに俺もしっかり新聞を購入済みである。



 煙草で英気を養ってからいざ入場。

 内心ドキドキしてるのを悟られないように堂々と歩く。幸い、俺の事を気にしてる人間なんておらず、バレる心配はなさそうだ。

 平均以上身長があって良かったぜ。


 「さてさて競馬スキルは仕事してくれるかな」


 記入票をいくつか抱えてパドックへ。

 まだ未勝利戦だってのに人がごった返している。

 今日はG1が開催されてる事も大きいんだろうな。


 新聞とパドックを見比べながら、離れた場所で一人唸る。

 そこかしこに俺と同じ様に悩んでる人がいて、俺の独り言を気にする人もいない。


 「メインレース前に軍資金を増やしたい所だけど、それでお金が無くなるような事になれば目も当てられない。メインレースは絶対勝てるんだ。ここはスキルの検証とか余程確信がある時以外は賭けるのを控えるべきか」


 競馬配信者の血が疼くのだが。

 ここは我慢だ。我慢ったら我慢。

 今日さえ耐えれば、次の競馬から軍資金の心配はない。俺の忍耐が試される。


 「でもなぁ。さっきからあの馬がくるとしか思えないんだよなぁ。勘というか、なんていうか。ビビッとくるんだよね」


 おや? 良く見たら一番人気じゃん。

 うーん…。でもここは見送りだな。

 この勘が本当に当たってるのか確信が持てない。

 スキルレベル5は相当凄いと思うんだけどね。それでも俺の軍資金は諭吉さん一人しか居ないから。


 そして第1R。

 案の定俺がビビッと来ていてた一番人気の馬が一着で帰ってきた。

 ギャンブルあるある。買っておけば良かった症候群に犯されているが、仕方ない。


 「これはスキルが正しかったのかね? でも順当に一番人気が来ただけってのも考えられるんだよなぁ」


 その後第2第3Rもビビッときたのは一番人気。

 これ、倍率見なくても一番人気が分かるスキルなのかと勘違いしてしまいそうになる。

 で、確信が持てないから見送ってる訳なんだけど、悉く一着で帰ってきやがる。

 俺の買っておけば良かった症候群がどんどん悪化していく。


 そして第4R。

 とうとういつもと違う反応がやってきた。


 「むむっ? ビビッときたのは三番人気じゃん」


 ようやく一番人気じゃない馬が来そうだなって思えた。これでもしその通り三番人気が一着で帰ってきたら次はスキルを信用して買うべきだろう。


 「なんかもう1頭、本命程じゃないけど反応があるんだよなぁ」


 一番人気なんだけど。

 これはまさか二着もスキルが反応してるんだろうか。初めての感覚に少しだけ戸惑う。

 でもこの感覚は大事にしないと。次に賭ける時に重要になるかもしれない。


 そして運命の第4R。

 俺の反応通り三番人気が一着。一番人気が二着にやって来た。


 「これは本物だろ。今の所ビビッときた馬は全部当たってるぞ」


 これは次の第5Rで勝負を賭けるべきだろう。

 そう思って鼻息荒く勇み足でパドックに向かったんだけど…。


 「ビビッと反応がない」


 こういうパターンもあるのか。

 そりゃそうよな。毎回一着が分かるならヌルゲーもいい所だし。既にヌルゲーなのはさておき。

 スキルレベル5でこれなら10に上げたら毎回分かったりするのかな?

 それにはいっぱいお金を稼がないとだけど。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る