第1話 俗物夫婦


 「はい利確〜。対戦ありがとうございました」


 はいはい。今日のお仕事終了。

 週末の競馬の為に調べないといけない事がいっぱいあるんだ。こんな事に時間を使ってる暇はない。

 俺は咥えていた煙草を灰皿に押し付け、競馬新聞とネット情報を広げる。


 「圭太ー。この前の動画の編集終わったよー」


 「おぉーせんきゅー梓」


 「仕事は終わったの? 私、買い物に行きたいんだけど」


 「あ、俺も行きたい。もうちょっと待って」


 むむむ。本命はやはり内の2頭のどっちかか。

 穴に10番も入れるとして着順は…。

 ボックスで買うか、フォーメーションで買うか。

 迷うなぁ。最近は的中率も良くないし、安牌でボックスにしておくか。それならもう1.2頭見繕っておいた方が良いかも。


 「ふむ。考察はこんなもんか。後はこれを動画でぺちゃくちゃ喋ればいいだけと」


 「圭太も飽きないわね。チャンネル登録者も10万そこらしか居ないのに」


 「まぁ、趣味でやってる程度だしな。競馬資金ぐらいになれば良いかなと」


 俺の名前は谷圭太。

 大学在籍中に競馬が大当たりして、それを元手に投資を始めた。そして、なにやらそれなりに才能があったみたいで、投資家として年収2000万ぐらいを稼ぎながら、ギャンブルを楽しんでる中年である。就職とかしたくなかったので万々歳だ。

 まもなく40歳を迎えるのに、まともに働いた事もないクズ野郎です。


 そして一緒にいるのが妻の梓。

 幼稚園の頃からずっと一緒で、中学の時に交際スタートして、大学卒業後に結婚。

 俺が趣味でやってるギャンブル配信に偶に出演したり、編集を手伝ったりしてくれている。


 「チャンネル登録者500万人とか達成してみたいよなぁ。夢のまた夢だけどさ」


 「ギャンブルだけじゃ無理でしょ。他にも何か一芸がないとね」


 「顔はイケメンだと思うんだけど」


 「それで言ったら私は美女だわ。でも私達はもう40歳よ? 若い人には敵わないわ」


 配信者をやるのが遅かったかぁ。

 もっと早い段階から始めてたら何か違ったのかもしれないな。

 それでもギャンブルだけじゃ厳しいか。


 「有名になってネット民にチヤホヤされる生活を送りたかったもんだな」


 「現状働かずに生活出来てるだけでも満足しないといけないんだけどね。世の社畜さんには申し訳ないけれど、人間慣れてくると欲が出てしまうわ。有名配信者にでもなってれば、今頃もっと華やかに生活出来ていたでしょうね」


 「まっ、こんなタラレバを語っても仕方ないか。買い物行こうぜ」


 俺達は外行きの服に着替えて家を出る。

 大学を卒業してから、田舎の安い土地に一軒家を建てたんだが、静かで住み心地がいい。

 田舎と言っても、車で30分も走れば大体なんでも揃うショッピングセンターがあるので、生活に苦労はしていない。

 夫婦揃って引きこもり体質な事もあって、かなり良い場所に家を建てたと自負している。


 「〜〜〜♪」 「〜〜〜♪」


 車の中で流れている音楽を二人揃って熱唱する。

 まもなく40歳だと言うのに、いつまでも俺達は子供っぽい。まぁ、居心地は良いんだが。


 「そういえば大学を卒業してから、カラオケとか全然行かなくなったな」


 「昔はみんなに上手いってチヤホヤされて調子に乗ってたわねぇ。懐かしいわ。みんなの羨望の視線が気持ち良かったのを良く覚えてるわ」


 趣味程度だけど、素人にしては歌が上手だと二人してチヤホヤされていたもんだ。

 あの頃は楽しかったな。田舎に家を建てたら、俺たちが引きこもっちゃって疎遠になったけど。


 「若いうちに歌ってみた配信とかしてたら、もっとバズってたかもな。真剣に練習してたらいいとこまでいけたんじゃね?」


 「今更よ今更。この歳じゃ流石に手遅れだわ」


 あの頃は配信者になろうなんて思ってなかったしなぁ。若い頃にダラダラしてたツケってやつかね。

 勿体無い事をしちゃったぜ。


 「ふんふんふ〜ん…っておいおい!!!」


 「危ない!!!」


 鼻歌を歌いながら上機嫌で車を走らせていると、対向車が大きく車線をはみ出して、猛スピードでこちらに突っ込んできた。

 ハンドルを切って避けようとするも、とてもじゃないが間に合わない。

 チラッと見た対向車の運転手は居眠りをしていた。何故か周りの風景がゆっくりに見える。

 これが死の間際に体験する、時間が止まった様な現象か。貴重な体験ありがとうございます。


 「あ、死んだなこれ」


 「きゃーっ!!!」


 俺は諦めて咄嗟に梓の手を握った。

 その瞬間、俺の車と対向車が正面衝突。

 グシャと潰れた音と共に俺は意識を失った。





 「ん…んぅ…。はっ!?」


 ベッドの上で目が覚めた。

 あれ? 死んでないのか? 即死かと思ったけど、運良く生き残れたのかも。


 「悪運が強い…ぜ?」


 儲け儲けとホッとして、周りを見渡す。

 俺は助かったけど、梓はどうなったんだろうか。

 そう思って、キョロキョロと周りを見てみると、何かがおかしい。

 病室だと思っていた場所、何故か懐かしい実家の自分の部屋で…。


 「え? なに? どういう事これ?」


 全く理解が追い付かない。

 何故交通事故に遭って実家で寝ているのか。


 「わけが分からん…。は?」


 とりあえずどういう事かと、ベッドから立ち上がった時に違和感に気付いた。

 どうも身長が小さい。俺は188cmの足長おじさんだった筈なのだが。

 視線がいつもより10cm以上低い。


 「な、なんじゃこりゃー!」


 俺は慌てて鏡を見て驚いた。

 どう見ても若返っている。大体中学から高校の時の顔だ。


 「ど、どういう事だってばよ…」


 俺は呆然として立ち尽くす。

 そろそろ俺の脳のキャパシティがいっぱいで処理出来なくなりそうだ。

 そんな事を思ってると、ブォンと目の前に半透明のホログラムの様なものが出てきた。


 そこには『人生をやり直しの手助けをします』と書かれていて、何故か俺のステータスみたいなのが映し出されていた。


 「もうだめ」


 俺はベッドに倒れ込み気を失った。

 キャパオーバーである。

 

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