ロック抒情詩

ロック抒情詩

      森川 めだか


 アウシュヴィッツで遊ぶ子供たち。

ケンケンパ。


「アリババの兄貴怒ってるかな」

「単独行動は禁物だからね」

「黄金郷だぞ? 黙ってられるかい」

ロックとドレミはジパングに来ていた。

馬が合うから組んでいる。

ちょっと気のあるロックがドレミに優しくしたせいだ。

「ねえ、さっきから同じ所グルグル回ってない?」

「入り口は無いみたいだな」

有刺鉄線を飛び越える。

二人とも盗賊だけあって身のこなしが軽い。

底深い森に出た。

「この先キケン」を無視してズンズンかき分けていく。

「この国には奇岩信仰があってな、」

「奇岩? 変わった石?」

「それをいただいちまおう」

竹林に出た。

竹藪から唄が。

「勝ってうれしい、花いちもんめ」

「負けてくやしい、花いちもんめ」

「隣のおばさんちょっと来ておくれ」

「鬼が怖くて行かれない」

「お釜かぶってちょっと来ておくれ」

「お釜底抜け行かれない」

「布団かぶってちょっと来ておくれ」

「布団破れて行かれない」

「あの子がほしい」

「あの子じゃわからん」

「この子がほしい」

「この子じゃわからん」

「相談しよう」

「そうしよう」

けたけたと嗤う声。

「誰だ?」

グルリと見回しても誰もいない。

「これ」ドレミが指さす。

木々に皆一様に黄色と黒の記号が。

「百合の花?」

「私、これ知ってるよ」

「何だ?」

「原子力のマーク」

「核か」

仄暗い森に仄明かりが。

「あっちに何か光ってるぞ」

「何かあるのかしら」

「頂上の方だな」

進んで行くと、赤い千本鳥居が延々と続いている。

「敷居を踏んじゃいけないよ」

「誰だ?」

声からして子供だ。

「バチが当たるよ」

またいだ。

「祠があるぞ」

鎮座する二匹の子狐。

キャンドルが二つ。

「何を祀ってるんだろう」

不気味な風。

「そんなものより、あそこ。ピカピカ光ってる」

蛍袋を踏んだ。

燦々と輝くそれはあった。

光る岩。

「これが奇岩?」

「純金でできてるんだろうか」

ロックは恐々、触ってみた。

「サングラス越しからでも目が眩む」

狭い町が見渡せる。

「ヤッホー」

「二人じゃ運べないな」

「ねえ、どうするの?」

「リヤカーでも何でもあるだろ」

「町に降りるの?」

「しかたあるまい」

また千本鳥居を下る。

少女が一人立っている。

キャンディを口に含んでいる。

「女の子」

「さっきからのはお前か?」

ブロンドのセミロングの髪がもんぺと半纏の姿と不似合いだった。

「ここは心の森、まほろばよ。何しに来たの」

「つれないねえ。お嬢ちゃん」

キャンディをプッと吹き出した。

「いちご味」

「甘党かな? 俺はロックとドレミだ。名前は?」

求美くみ

「求美か・・」ロックはキャンディを拾う。

「帰んな、身のためだぜ。泣く子も黙る・・」

求美はスッと姿を消した。

手の中にキャンディが残されただけ。

「何だ? カスミのように消えちまったぞ」

「私にも見えなかった」

「チッ」竹藪にキャンディを投げた。

「子供は嫌いだって噂、本当だったんだ」

「スカしてる」

森の斜面をさばいてゆく。

鉄条網を軽々と乗り越え町に出た。

夜だった。

ケーンケーンと森の奥から鳴き声がした。

子供たちが相撲を取っている。

後ろを振り返ってみると、灯台のように光る岩が見える。

「ここはどこだ?」

「黄金なんてどこにもないじゃない」

「ちょっと聞いてこいよ」

「私が?」

ロックは笑った。

「もう」ドレミが駆けて行った。

身ぶり手ぶりでおじいさんに聞いている。

駆けて来た。

「昭和だって」

「昭和って何だ?」

大衆食堂の目の前に来た。

「いっちょ、めしと洒落込むか」

のれんをくぐる。

「らっしゃいませー」

ロックは店内をジロ見し、カウンターに座った。

隣の客の皿を指差し、「同じ物を二つ」と指を立てた。

「はーい、けつね二丁」

「私、あんな物食べたくないよ」

「メニューが読めねえんじゃしょうがねえ」

「舶来の人かい?」かまちにあぐらをかいていた老人が声をかけた。

「ああ、まあね」ロックは曖昧に肯いた。

「あの光ってる岩、ありゃなんだい?」

「常盤さ」

「あの森を越えて来たんかね」また別の客が声を上げた。

「化かされたんじゃないかい、奴さんに」店内の客が一斉に笑い声を上げた。

「何のことだ」

「狐どもだよ」

「お狐さんのことを悪く言っちゃいけないよ」

「会わなかったんかい?」

「おぼこい童の姿してただろう?」

「夜な夜な人里に、なあ?」

「俺らは一人としか会わなかったぜ」

「狐?」

「迷信さ。土着信仰だろ」

「はい、お待ちどお」二人の前に丼が置かれた。

「あぶらげが浮いてる」

湯気でサングラスが曇る。

「そういや、女子供ばかりじゃないか、他の奴らはどうしたんだい?」

「召し取られたんだよ」皆一様に声を落とす。

「うちの倅も・・」女将まで俯く。

「若造はみんなさ」

「どうしてあんたは戦争に取られないんだ?」

「戦争? おたくら戦争やってんのか?」

「戦争って、なあに」

「殺し合い」

「まあ、怖い」ドレミは大口を開けて欠伸をした。

「ゾッとしないね。あの森、不発弾でも眠ってんのか」

「地雷?」

その時、ウーウーとけたたましい音が鳴り響いた。

「何だ?」

「空襲警報だよ」

「B29さ」

「隠れなくていいのか?」

「もう慣れっこさ」力なく笑った。

「カップスープをくれ」

「あいよ」味噌汁が出された。

ロックはそれをドレミに押しやった。

「食べてごらん、おいしいよ」

「そんなゲテ物、口に入らねえ」

輪ゴムでまとめられた勘定を手に取った。

広げて読んでみる。てんで分からない。

「これでいいか」ロックはサングラスを渡した。宝飾品がふんだんに付けられている。

「トレードマークじゃない。いいの?」

「また新しいのを買うさ」

「ハイカラだね。まけとくよ」

「チッ」

「キップがいいね、あんちゃん」

「切符?」

「気前がいいってことだろ」

「願い坂にはもう行ったのか?」

「何だそりゃ」

「見たいものが見えるんだよ。この町来たらあすこ行かなきゃ」

「観光名所ってわけかい」


「願い坂ね・・」

ロックとドレミは大衆食堂を後にした。

「とりあえず今夜の寝床だな・・」

ロックは常盤を見上げた。

「あれは、正真正銘のお宝だぜ」

ロックはフッと立ち止まった。

「何で言葉が通じるんだ?」

「翻訳されてるから」

ロックはドレミをまじまじと見つめた。

狐の目。

口が裂けた。

フサフサのしっぽを抱いている。

けたけたと嗤いながら闇の中に溶けていった。

「ドレミはっ」


ドレミはロックと歩いていた。

「黒いメガネないから落ち着かないな」

「酔ってるの?」

「お前は俺が守る」

「あんた誰?」ドレミは目を丸くした。


ドレミの悲鳴が聞こえた。

「おーい」

「ロック!」

ドレミは震えていた。

体を抱いた。

「少なくとも二人いるらしいぞ」

「いつの間にすり替わったの」

電柱にもたれて息を整えた。

上ではバチバチと虫が電球にぶつかっている。

「歯の浮くようなセリフ喋っちゃってさ」

「何て言ったんだ?」

「俺がお前を、何チャラよ・・」

「何照れてんだ」

「照れるわよ」顔を赤くしてドレミは怒った。

「明日、願い坂に行ってみよう。きっと金銀財宝が見られるわ」

「口直しするか」

「虫歯になるよ」

「そうしたら金歯にできるな」

新聞紙で寝袋を作って寝た。

「お休み」


おかっぱでオーバーオール姿のドレミはもう目を覚ましていた。

「あう、もう朝か」

オーバーオールに手を突っ込んで、ドレミはチューイングガムを噛んでいた。

「願い坂、行こうよ」

「その前に調達だな」

「何を?」

「必需品」

煙草屋。

「下さい」

指差した。

「カートンで」

ドレミが横から手を出す。

「煙草泥棒!」

「僕が追いますから」

二人は全然違う方向へ走って行った。

「やられたー」


「ただの坂じゃねえか」

「けど、けっこう高いよ」

「先が見えねえな」

気が付けば、俯いている人ばかり。

「陰気な国だぜ」

扁平な顔。

「しけた面してんな」

「戦時下なんだからしょうがないじゃない」

「それにしてもよ、」と言いかけてロックは唾を吐いた。

「登ろうよ」

「そうだな」

「見えるだけかな? 手に入るんだったら山分けよ」

「捕らぬ狸の皮算用だな」ロックは笑った。

誰も登っている人がいない。

下りている人も。

「登り切ったら、下り坂っていうことじゃないかな」

頂点に着いた。

「何、これ」

桜が咲き乱れている。

柔らかな風が花吹雪を散らして。

靄がかかった様に甘い匂いに包まれている。

「子供の頃・・」ドレミが呟いた。

桃源郷。

価値がない世界。

「狂い咲きだな」ロックは毒づいた。

よく見ると、遠目に二人の子供が遊んでいる。

「願い下げだよ、こんなの」ロックはドレミの手を引いた。

「あっ、もうちょっといようよー」

「胸クソ悪い」

「ロックはどうして盗賊になったの?」

「浪漫さ!」ロックは手を広げた。

「この世の物は全て手に入る。それが盗賊だ!」

「王族になればいいのに・・」

ロックは常盤を見つめた。

「必ず手に入れてやる」

「喉から手が出そう」

「もう一回、見に行かないか?」

「何のために?」

「目の保養だ」

「リヤカーは?」

「転がせないかな」

心の森は霧が深くかかっている。

「何か出てきそう」

「こんな顔してたかい? ってな」

「キャー」

「冗談だよ」

目の前に求美がいた。

絣の着物を着ている。

「通せんぼ」

「また出やがったな」

「私はかごめ。お姉ちゃんの妹よ」

横からピョコンと求美が出て来る。

同じ顔。

「生き写しだ」

「見分けがつかない」

「一卵性かい?」

「狸!」求美とかごめが口を揃えて嗤った。

ロックとドレミは顔を見合わせた。

「驚いたな。お前ら、本当に狐なのか?」

二人は肯いた。

「化学は信じないタチでな。女狐」

「大人げないよ」

けらけらと嗤う。

「毛並がいいね」

「どうしてお姉ちゃん達を困らせたりしたの?」

歌わない。

「ただのいたずらだろ?」

「何か隠してるの?」

上手いぞ、ドレミ。

求美とかごめは鼻を突き合わせて匂いを嗅ぎ合っている。

ソロリと道を空けた。

「ついてくるよ、あの子たち」

「構うな」

ロックとドレミは手をつないだ。

また千本鳥居だ。

ひたひたと後ろから二人の草履の音が聞こえる。

いつもしっぽを隠すように歩いている。

二匹の白い狐は二人とどこか面影が似ている。

「何が祀られてるんだ?」ロックはしゃがんで聞いた。

「柱」

「岩だの柱だの奉って妙な連中だな」ロックは膝を払った。

天岩戸あまのいわとへ行くの?」

「ねえ、天岩戸へ行くの?」

「天岩戸? 何のこっちゃ」

「あれ?」

姿が消えた。

「声だけになっちゃったね」

「どこかで見てるんだろう」

登って行くとロックが急に息切れがしてきた。

「頭痛がする。高山病だ」

「ただの高所恐怖症でしょ」

「俺はこれ以上行けねえ」ロックは光る岩に寄りかかった。

「プッ」ドレミは口を押さえた。

「私なんて、こーんな事も出来るよ」

ドレミは突端に片足立ちをしてよろめいてみせた。

見ていられない。

ロックは常盤を撫でまわして見た。

ドレミも戻って来てグラグラと揺らしてみた。

「地中深く埋まってるみたい」

「これで氷山の一角? 金塊だ!」

二人は常盤の底をほじくり回してみた。

「をかし」

「もののあはれ」

「言わせとけ」

掘っても掘っても先が見えない。

「特大のリヤカーが必要だな」

ロックもドレミも笑っていた。

「ジパングは本当にあったんだ」

竹藪から草履が飛んで来た。

裏向きになって止まった。

嗤い声が薄れていった。


町に下りたロックとドレミは闊歩していた。

軒先に風鈴が出ている。

「蒸し暑いねえ」

打ち水の跡。

ロックは無精ヒゲを触った。

「一仕事だ。髭をあたるか」

共同浴場を指差した。

「私も一緒に?」

「別行動は危険だぞ」

「もう馬鹿にされんの嫌だよ」ドレミは手首に巻いていたミサンガを口で裂いて解いた。

「小指に結んどいて」

赤い糸をそれぞれの指に固結びした。

垢すりしているとジッと見られている。

「彫りが深いのがそんなに珍しいか?」

「いや・・、」

市井の人は皆、物静かで穏やかだ。

「フン」

風呂から出るとドレミはマニキュアの手入れをしていた。

「上手い話、転がってたね」

二人ともうんこ座りをして一服した。

「格別だな」

「お腹空いた。何か食べようよ」

二人は食堂に入った。

「何か、リキつくもん」

「カツ丼でいいね?」

窓から常盤が見えた。

拝まずにはいられない。

「はい、お待ち」

割り箸を折る。

「旨いな、これ」

「はー、旨かった」

食べ終わったドレミは爪楊枝でロックの手をつついていた。

ドレミがウルウルした目で見ていた。

「チッ」ロックはポケットから金貨をジャラジャラと出した。

「釣りはいらねえよ」


草木も眠る丑三つ時、夜陰に乗じて二人は金物店に忍び込んだ。

ガレージに大きなリヤカーが停めてある。

「これでいいな」

「いろいろ乗せられてるよ」

「おっぽれ、おっぽれ」

ガシャンガシャンと音がする。

スコップとシャベルを拝借して、風呂敷をかけて、心の森へ向かった。

ペンチで鉄条網を切った。

引っかけてロックは膝頭を破った。

ドレミは後ろから押している。

しーんと静まり返っている。

「好機」

「クリクリお目めがチャームポイントよ」

「何言ってんだ」

「もう間違えないでね」

ロックは赤い糸を振ってみせた。

ドレミは花びらのように笑った。

脅えているのか、顔が固い。

手を握った。

「お前、ドレミだよな?」

「心外」ドレミは赤い糸を隠した。

「俺はへちゃむくれが好きだ」

一寸先も見えない。

「おかしいな。常盤の光が見えてもいいのに」

ドレミが後ろから押す。

「分かったよ」

手探りで頂上まで登り着くと常盤がない。

「ない。ないぞ。どこにもない」

跡形もなく。

「どこ行った?」

「もうちょっとちゃんと探そうよ」

「ないものはない」

どこからか手拍子が聞こえる。

「鬼さんこちら」

「手の鳴る方へ」

誘われるようにそちらへ行くと常盤があった。

「こんなにデカかったのか」

こんもりとした台地に蓋のようにされている。

「鬼さんこちら」

「手の鳴る方へ」

耳を当てると、シャンシャンと鈴の音が聞こえる。

「中に隠れてるみたいだ」

「外れない」ドレミは常盤に体当たりしている。

「アリババの兄貴、何て言ってたっけ?」

ロックは鼻をかいた。

「開け、ゴマ」

常盤がゴゴゴと横に滑り倒れた。

「開いたっ!」

求美とかごめが飛び出してきた。

みこと

求美とかごめが跳んで行った。

地鳴りがした。

心の森が起き上がった。

地面に叩きつけられたドレミは脈拍を聞いた。

「何が起きた?」ロックはドレミを助け起こした。

「開けてはいけない扉を開いちまったようだぜ」

二人、よじ登る。

「こいつ生きてるぞ!」

「怪獣だ!」

怪獣は町を踏みにじる。

蹂躙。

踏み潰す。

辺り一面火の海だ。

炎に赤い糸が揺れる。

ベニヤが燃えて舞っている。

「なぜ生まれたか」

「なぜ破壊するか」

怪獣は金切り声で啼く。

回る鳥。

「Xデー」ロックは一人で騒ぎ立てている。

鳥居が赤く光って怪獣の頂上で燃えている。

防空頭巾で逃げ惑う人たち。

蟻の巣のように人々が逃げ込んでいる。

「苔むしって」

針金が姿を現す。

「カラスの巣みたい」

「がんじがらめだ」

「鎧みたい」

「さしずめサイボーグという所か」ロックは立ち上がって両手を上げた。

「魔神だ!」

「ランプも無いのに・・」

ドレミは割れ目からダガーナイフを差し込んで切りつけた。

立ち昇る蒸気。

「アツアツ」

「マグマか?」

「血が沸騰してるんだわ!」

「鎮まれ!」

「苦しんでるの?」ドレミは怪獣に頬を当てた。

「もがいてるだけなんだわ」

「早くしないと夜が明ける。巻き添えくうぞ。トンズラかますぜ」

「何か、かわいそう」

「世界が違うよ」

「逃げるが勝ちよ」

「今ならまだ間に合う」

ロックとドレミは常盤に走った。

「今からでも遅くない」

リヤカーが置いてある。

「こいつが目の上のたんこぶだ」

「うんしょ、うんしょ」ドレミが常盤を背中で押す。

「積んだか?」

「バッチグー」

「後ろに乗れ」

「ヒャッホー」

白々と夜が。

「ホラ、ホラ、ホラ、ホラ、」駆け下りる。

アゴが出る。

「こんなに広かったか?」

「危ない。戻って」

足を踏ん張って木の陰に隠れる。

行列が出来ている。

盆踊りの中に白無垢が二人。

求美とかごめだ。

浴衣の盆踊りは音頭に合わせて百万両と書かれた打ち出の小槌の赤い団扇を振っている。

後ろには御輿も山車も担がれている。

角隠しならぬ耳隠しに原子力のマークが。

「ありゃ、奴らの家紋だったんだ」

「縄張り?」

鼻緒が切れた。うずくまる。

雨が。

「ピーカンなのに」

「この雨、黒いわ」

白無垢が見る見る曇る。

行列が通り過ぎるのを待って、坂を下りた。

「足が棒だ」

怪獣はキノコ雲になって消えた。

「すげえな」ロックは見上げた。

「なにはともあれ・・」ロックはリヤカーを下ろした。

「ドレミ?」後ろに回ってみる。

土に埋もれたドレミが足をバタバタさせている。

引っ張り出す。

「粘土じゃねえか」

「ベトベトになっちゃったよ」ドレミは舌を出してペッペッとさせている。

「なんてこった」

「マニキュアが剥げちゃったよ」

朝が終わった。

息を呑む。

焼け野原。

消し飛んだ町。

「地獄絵図だな」

「悲惨ねー」

正当な理由なんかどこにもない。

「川に人が浮かんでる」

「水はけが悪そうだな」

「葉っぱもみんな枯れちゃって」

「全滅だな」

「こんなに人少なかったっけ」

「風化したんじゃないか」

二人は焼け跡を歩いた。

「略奪はしない主義だ」

憤懣やるかたないロックは鼻息荒くそう言った。

「水・・」皮膚がズル剥けになった女が寄ってきた。

「ほれ」ロックは水筒から水をやった。

女は口を付けるとその場に倒れた。

「おっ死んじまった。水がもったいない」

「不謹慎よ」

「義理や人情なんて焼け石に水だろ」

ロックは手をブラブラさせて、「手がつまんない」と言った。

「何語よ、それ」

「血を見るとそうなるんだ」

「ガム、プリーズ」青っ洟垂らした小汚い子供が手を出している。

「餓鬼が」

「不潔ね」

二人は無視して歩き出した。

「畜生」

「汚い言葉使わないの」

所々にござが敷いてある。

「ゴロゴロ転がってる」

「死体が」

ガーガー何か空き家から聞こえてくる。

「ラジオだ」

中では人が最敬礼して立って聞いている。

ロックとドレミは耳をそばだててみた。

「・・耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、・・」ぼそぼそと聞こえる。

首をひねってまた歩き出した。

防空壕の中でも人が死んでいる。

「助からなかったか」

軍服を着た男に何かを手渡されて、「お国のために戦ってこれだけですか」とさめざめと泣いている。

「恥ずかしながら帰って参りました」復員兵が抱き合っている。

「ねえ、あの人たちどうしたのかしら?」ドレミが指差す先には垂れ流しの人々が身を寄せ合っている。

「木乃伊みたい」

「コレラだ。あんまり近付かないほうがいい」

「あんたもヒロポンやるかい?」真っ黄色な歯を見せて男がニヤついている。

筋向かいの小屋では誰もが口からアブクを出して恍然としている。

「みんな、ラリってやがる」

ロックはそれを舐めてみた。

「ヤクだ」

青空。

「ねえ、あの子たち」

「孤児みたいだな」

「の中のあの子」

ロックは目を丸くした。

求美かかごめがいた。

ざんばらで頬がこけ力なく座っている。

瓜二つだ。

「あの姿にもモデルがいたんだな」

俯いて口を開けている。

「もう駄目だな。死相が出てる」

「お母さん、頑張って!」

ロックとドレミは振り向いた。

角でお産が始まったようだ。

「いきんで!」

血みどろのタンポンがポンポン捨てられている。

ロックは思わず目をつぶった。

口を押さえて走った。

「ゲーッ」ロックは肥え溜めに吐瀉物を嘔吐した。

親指を突っ込んで何度もえずいた。

「大丈夫?」

「生と死が交錯してる。気持ち悪いな」ロックは口を拭って冷や汗も拭った。

「どっかで休もう」

二人は辺りの家に忍び込んだ。

「誰もいないみたいだ」

「火事場泥棒だよ、これじゃ」

二人は物色を始めた。

暗い部屋には届かない手紙が束になって積み重ねられている。

「それ多分骨ツボだよ」

逆様にすると小石がコツンと落ちてきた。

「遺骨が石コロ? つくづく妙な国だな」

外に出ると噂が広まっていた。

「統治下に置かれるらしい・・」

「ピカドンが・・」

「ピカドン?」

「あの怪獣の名前だろ?」

少し離れた向こうに焼け出された人々が列を作っている。

畑を見ながら歩いた。稲作農家らしい。

やっとロックとドレミの順番が来た。

「食べ物を分けてもらえるんだって?」

「そんなんじゃだめだよ。物々交換だ。着物でも持って来な」

「だとよ」

ロックとドレミは踵を返した。

「こっちも弾切れだ」

ロックはポケットを裏返した。

「マネーはマネーさ」

そこらの畔に腰を下ろした。

「大根でもかじるか」

「殺伐としてるね」

「さしずめ仲間割れだな」

西の空。

赤い日。

煙草を咥えて、心の森を見る。

キノコ雲になって消えたはずなのに、ある。

「元の場所にありやがる」

常盤も。

「今日もお預けか・・」ロックは煙を吐き出した。

「戦利品がないとお頭に怒られる」

ドレミは黙っていた。

「文字通り、俺達にとっては試金石みたいなもんだったな」

「気が早いけど」

「誰も信じないだろうけど、狐に化かされたなんて」

「私、暗くて狭いとこは苦手なのよ」

「そんなんでよく盗賊やってられるよな」

「人のこと言えるの?」

ドレミは頭を抱えた。

「もう駄目よ。この町はあの森と共生してるんだわ」

「アイデンティティーみたいなもんなんだな」

ロックは名残り惜しそうに常盤を見た。

「吹っ切れた。逃げよう」

「マジ?」

「命あっての物種だ。あいつが今度動き出したら俺達もどうなるか」

「それよかさ、」ドレミはロックの耳に口を近付けた。

「狐に謝りに行こうよ」

「何の真似だ?」

「奪うだけが盗賊じゃないよ」

「何のつもりだ」

「分けてもらうのよ。4分の1の二人分だから半分だけ。ね?」

「そう上手くいくかな」

「私もうこんな辛気臭い国に居たくない」

「一か八かやってみるか」

「伸るか反るかの大博打ね」

「墓穴に入らずんば、・・だっけ」

「虎穴よ」

ロックはドレミの説得に応じた。


切ったはずの鉄条網が直っている。

奇妙な植物たちが生えている。

「これラフレシア?」

「チェルノブイリはもっと酷かったぞ」

「見てきたように言うのね」

ドレミはロックの小指を見た。

「ああ・・! 赤い、・・ない・・!」

ロックがドレミを跳び越えて夜の闇の中に溶けていった。

エーンエーンと泣きべそをかいて引き返した。

「ちびっちゃったよ」

町へ戻ると、電柱の陰でロックがドレミに向かい合って唇を近づけている。

「汚い!」ドレミは靴を投げた。

二人は離れた。

「髭が当たったよ!」キャハハと嗤い舞うように消えていった。

「大人をからかうな」

「誤魔化さないで」

「行き違いになったみたいだな」

「話のつづき」ドレミはロックの耳をひっぱって連れて行った。

「ノーパンか?」

「いい加減にして!」

ドレミは商店のドアを叩いて起こした。

「肌着だけでも・・」

明かりが点いた。

「トホホ」ドレミは店内でシミーズに着替えた。

「もう許さない!」ドレミは息巻いていた。


出直すと、求美とかごめは木の葉で福笑いをして遊んでいた。

「狐のお面でも作ってるのか?」

「もっと優しく」

「穏便に事は済ませようぜ」

求美とかごめは扇子で口を隠した。

「ま、そういうことだから、分け前よこせ」

「半分分けて」腕の間からドレミがゴマを摺る。

「お前らのことだからどこかで聞いてたんだろ」

クスクスと囁き合っている。

「変な顔」

「下手に出れば・・」ドレミが悔しがる。

頭に血が上る。

「カーッとなったら何するか分かんないよ」ドレミがたきつけた。

「やっぱり狸だった」

「交渉決裂だな」ロックは腰に差していた短銃を取り出して二人に向けた。

「カッコ笑いか?」ロックはロックを外した。

「大人しく・・」

クルッと手首が曲がって銃口がドレミに向いた。

「指が勝手に・・!」

「こっくりさん」

「やめろ! 操るな!」

ロックは慄いた。

ドレミはすくんで蒼ざめていた。

交通事故に遭う猫のように。

トリガーにゆっくりと力が入る。

「逃げろ! ドレミ!」

ドレミは首を振った。

刹那、ロックは赤い糸を歯で強く引いた。

パーン。

空が回る。

倒れたようだ。

「お姉ちゃん!」

求美が肩を押さえている。

小さな幼い手に血が伝う。

かごめが傷を舐めている。

「裏目に出たようだな」ロックは身を起こす。

求美は犬歯を剝き出しにして笑ったような顔になった。

グルルと唸った。

かごめが背を向けて木にもたれた。

「泣いてるのか?」ロックはさすがに悪いと思ったのかひるんだ。

「だるまさんがころんだ」

ロックとドレミは動けなくなった。

後ろからも。

「だるまさんがころんだ」

金縛りにあった。

求美とかごめは狐の姿になって、ヨタヨタと支え合って去っていった。

やっと動けるようになったロックとドレミはその場に尻餅を突いた。

「手負いの獣ほど遠くに行く。心配ない。もう来ないだろうよ」髪を撫でつけてロックは立ち上がった。

二人は常盤の所まで来た。

「これ全部、俺達のもんだ」

二人は夢中で掘り進めた。

途中からドレミだけ違う所を掘ってみた。

「ロック!」ドレミが駆け寄って来た。

「ここ見てよ」ドレミが掘った所にも光る岩が。

「心の森全体が常盤で出来てるのか」

「露呈していただけなんだわ」

「アリババに教えよう。ゴールドラッシュが起きるぜ」

ロックは放心状態に陥った。

「金山だ」

「鉱脈がどこまで続いてるかね」ドレミは町を見下ろした。

「まほろばって言った意味が分かったぜ」

「一部だけでも」ドレミはダガーナイフで常盤をカンカンと叩いた。

「取れない」

「善は急げだ」二人とも木の葉を蹴散らして森を駆け抜けた。

身が軽い。

走って有刺鉄線を飛び越える。

「おっとと」砂で足が滑った。

見渡す限り水。

「俺達どうかしちまったのか?」

ドレミは地団駄を踏んだ。

「どーなってんのよ!」

「湖か海かも分からねえ」

潮の香り。

「海だわ」

遠くに波濤が立っている。

「俺の青写真が・・」ロックはガックリと首を垂れた。

「筏でも作る?」

ザザザと寄せては返す波の音が悲しい。

「石頭!」ドレミが海に向かって叫んだ。

「行こう」ドレミがロックの手を引いた。

有刺鉄線を乗り越えると、息が白くなった。

「さぶい」ドレミが身を抱いた。

小雪のチラつく心の森。

しんしんと。

雪の影。

「雪やこんこ」一人で木の枝で遊んでいた。

「一人かい? シャッポを脱ぐぜ」

「ケガしてないからかごめちゃんかな」

「戦うのに飽きた。お手上げだ。もうその気もさらさらない。お暇させてもらいましょうかね」

かごめは手を止めた。

「籠目籠目」

「籠の中の鳥は」

「いついつ出やる」

「夜明けの晩に」

「鶴と亀と滑った」

「後ろの正面だあれ?」

対角線に求美が立っていた。

「いや、かごめか?」

「後ろの正面」ドレミはグッとロックの袖を掴んだ。

「ひっかかった」

「人柱になって」

二人とも着物の袖からさらしを抜いた。血が滲む。

「血のり?」

「同じ所に傷を作ったのか」

ロックは苦笑いした。

「お前らの方がよっぽど人間らしいぜ」

二人は二人を見比べた。

「どっちだ」

「赤か青か」

「求美!」

「かごめよ!」

「どちらにしようかな」

「かみさまのいうとおり」

「なのなのな」


「ロック、ロック」ドレミが揺り起こす。

体を起こす。

乳のように温かい。

赤絨毯、革張りの椅子。

ストーブ。

「ご覧」曇った窓ガラスをキュッキュッとドレミが手で拭いた。

空の上。

「気が触れたのか?」

窓を開ける。

風がいっぱいに吹き込んだ。

身を乗り出す。

「SLみたいだな」

「ねえ、あの子もいるよ」

後ろの席に求美とかごめのモデルになったあの孤児も乗り合わせていた。

綿入れをしっかり着込んで、膝掛けをして本を読んでいる。

「あ、あ、あ、」ドレミがグイと引っ張った。

窓の外は蛋白石オパールだらけだった。

「取りほうだいだ!」ロックは小躍りした。

「これなんてもってこいじゃない?」ドレミは石炭袋の中身を空けた。

「盗賊の血がたぎるぜ」

「ご乗車ありがとうございます。死出の旅にようこそ」

孤児は顔を上げた。

鼠色の切符を渡した。

「車掌さん、あの人達には・・」黙って、首を振る。

赤帽は造作なく肯いた。

「もう死んでもいい!」ドレミの嬌声が聞こえた。

孤児は切符を丁寧に折り畳んでガマ口にしまっていた。

「切符拝見」

ロックとドレミは慌てて窓を閉めて石炭袋を背に隠した。

「空気を入れ替えようとしただけで・・」

「新鮮な空気」わざとらしくドレミは深呼吸をした。

赤帽は手を出している。

「これでいいの?」ロックは町で拾った赤紙を渡した。

「泉下のお客様ですね」

「戦火?」

「タダ?」

赤帽は肯いて赤紙を返した。

ロックとドレミは手を取り合って喜んだ。

「あんたはやらないの?」ドレミは孤児の横に来た。

孤児はパタンと本を閉じた。

「ドッグイヤー。可愛いね」ドレミは孤児の横に座った。

「持ちきれなくてね」ロックはパンパンに膨らんだ石炭袋を2,3個通路に置いて、孤児の斜向かいに座った。

「これ何て読むの? ト、イ、ナ・・」

「アラビアンナイト」

「右から読むの?」

ふーん、とドレミは窓の外に目をやった。

亜鉛色の空。

無軌道で走っている。

重さのない夜。

「あっ、スコーピオン」

「星に名まえがあるの?」

「母さんの所に行くの」

「おっかさんどこに居るんだ?」

「天竺にいます」

「シッ」

ドレミが口を塞ぐ。

「聞いて」

耳を澄ますと音楽が。

行進曲まーちみたいだな」

バラードは聞こえなかった。

ドレミは孤児の「家内安全」のお守りを見た。

「平穏無事に過ごせますようにって。ぜいたくかしら」

月の孔。

ボーンと柱時計が鳴った。

ロックは時計を見上げた。

「大丈夫だ。まだ45分しか経ってない」

千の夜を越えて銀河鐡道は遠ざかっていった。

やがて透明に。

緞帳。

赤い糸が伸びている。

海底につながれているロックとドレミ。


割愛。

ロックとドレミがアリババのねぐらへ帰って来た。

二人ともしっぽが出ている。

「夕焼け小焼けの赤とんぼ負われて見たのはいつの日か」

「山の畑の桑の実を小籠に摘んだはまぼろしか」

「十五で姐やは嫁にゆきお里の便りもたえはてた」

「夕焼け小焼けの赤とんぼとまっているよ竿のさき」

盗賊たちの笑い合う声。

コンコン。ノックする。

「開けろよ」アリババの声。

ニタッと笑った。

「開け、ゴマ」

アリババと38人の盗賊が隠れているいわやが開いた。

「アイムホーム」

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