第21話

「おはようございます!」


 笑顔で元気よく朝一番の挨拶をするが、月夜さんの顔はこわばっていた。


「な、なにを考えているんですか」

「何って、朝なんですから挨拶をと」

「昨日さんざん私のこと否定しておいてよくそんなのんきな顔で挨拶ができましたね。気味が悪いです」


 どストレートな言葉に心を痛めるが、そりゃ昨日口論してた奴が笑顔で挨拶してきたらそんな感想になるわな。


「いつまでも月夜さんといがみ合っててもしょうがないじゃないですか。それに月夜さんと仲良くなりたいと思ってますから」

「本当かしら。まぁでも、そういう風に言うってことは、昨日の発言を取り消すということですよね」

「いや全然これっぽっちもそんなつもりありませんよ」

「貴方、私をおちょくってるようですね」

「……おちょくってません。本気だからこそ、本音をぶつけてます」


 真剣なまなざしを向ける。

 月夜さんは怒りをみせていたが、すぐに冷静さを取り戻す。


「その言葉、ただの上っ面な言葉じゃないといいのですが。はぁ、なんでこの人と一緒にいなきゃいけないのでしょうか」


 ぶつぶつと文句を言う月夜さんの後を追う。

 今日は美鈴さんに頼んで、月夜さんのサポートという名目で一日付き添いの業務をすることになっている。

 美鈴さんの配慮で俺が頼んだことは伏せてもらっているから、月夜さんはそのことを知らない。


「では、まずは洗濯から始めましょう」


 ランドリールームに置かれた山盛りの洗濯物を目の前に俺の顔は引きつる。

 たしかにここに住む人数を考えると多くなるのも分かるが、今日はいつも以上に多い気がする。


「あの、いつもより多い気がするんですが」

「旦那様と奥様が持ち帰った一週間分の服を預かりましたので。それと御影さんがタンスの中に入った自分の服にお菓子をばら撒いてしまったそうです」


 どういう状況でどんな方法をすればタンスの中にお菓子をぶちまけるなんて結果が生まれるんだよ。


「まずは衣類の仕分けをお願いいたします。素材の種類や色に注意して分けてください。くれぐれも、お嬢様の衣服の匂いを嗅ぐ……なんて行為をされた場合には」

「しませんから!」


 否定するが、一切信じていなさそうだ。


「そんなに心配するんでしたら、お嬢様の服は月夜さんが担当してください。俺はそれ以外の人の分を担当しますんで」

「それもそうですね。旦那様、奥様、お嬢様の分は私が担当します。春太君は他の方の分をお願いします。当然ですが、私達の服に何かしましたら」

「だからしませんってば!」


 すぐに作業に取り掛かるが、このままただ作業をするのでは、わざわざ一緒にしてもらった意味がない。

 今回の目的は月夜さんのことを知って、中を深めること。

 まずは作業をしながら、さりげなく会話を振って、仲を深めていこう。


「やっぱり、大人数で生活すると、洗濯物が多くなりますよね」

「口ではなく、手を動かしてください」


 いきなり会話拒否ですか。

 いや、諦めるな俺。


「旦那様も奥様もお忙しいですよね。屋敷に帰れる日が少ないですから、着替えをまとめて持っていく必要がありますから」

「……白波家を支えている身ですからね。それにお嬢様のために」


 お、白波関係のことなら少し食いつくな。


「すごいですよね。奥様と二人三脚で支えてますから。でもお嬢様もすごいですよ。白波家の名前に恥じないように陰で努力されてますから」

「そうです。そんなお嬢様を私は尊敬しています。前だって──」


 よし! 饒舌になってきたな。

 このままいけば意外と簡単に仲良くなれるのでは?

 そんな気のゆるみからか、俺は次に掴む布切れを確認せずに拾い上げてしまった。


「ん? なんだこれ? ハンカチか? 材質は……」


 材質を確認しようと紫色の布切れを広げると、俺の眼前にTバックがゆらゆら揺れる。


「ということが……春太君、聞いている──」


 笑みを浮かべて話していたのに、Tバックを手にした俺を目撃した瞬間、笑顔が消え、代わりに氷のような冷たい視線を俺に向けた。


「春太君? その下着をどこから盗んできたのでしょうか?」

「誤解です! これは服に紛れ込んでいたんです!」


 ダメだ、この目は俺の言葉を信じていない目だ。

 何とか弁明を……ん? ちょっと待てよ、この下着に見覚えがあるぞ。

 そうだ! これは御影さんの下着だ!

 御影さんなら衣服に紛れ込ませてる可能性は十分にある!


「月夜さん! これ、御影さんのです! きっと御影さんが間違って一緒に入れてしまったんですよ!」

「え? ……たしかに、御影さんならやりかねませんね。失礼しました」


 よかった、何とか誤解は解けたようだ。


「……なんでそれが御影さんの下着だと知っているんですか?」

「……あ」


 ふいに声を漏らしてしまったせいで、別件で疑いの目を向けられる。


「ち、違うんです! ちょっとした事故で見てしまって」

「本当に事故ですか? 故意ではなくて? 例えば、盗みや覗きとかで」

「本当に違うんですって!」

「近寄らないでください変態。もしかて、仲良くなろうっていうのは……」

「誤解です!」

「離れてください話しかけないでください出てってください犯罪者」


 俺を締め出し、しっかりと鍵をかけてしまった。

 追い出されてしまった。いったいどうすれば。


「春太さん、なぜランドリーの前で立ち尽くしているのですか? 月夜さんと一緒に業務をする予定だったはずでは」


 たまたま通りがかった美鈴さんが女神のように見えた。


「実は……」


 御影さんの衣服に下着が紛れ込んでいたことで月夜さんにあらぬ誤解をされてしまい、追い出されたことを伝えた。


「春太さんがいるから注意するようにと伝えていたのですが……御影さんに伝えて、弁明していただくようにお願いしておきます。ただ、今日はもう諦めた方がよろしいかと」


 美鈴さんの助言を素直に受け取り、明日へ持ち越すことになった。



 翌日。

 御影さんからは謝罪と弁明をしたことを告げられたが、今朝は月夜さんとは挨拶(ただし返事はない)しただけでそれ以外は話さず、学校に行くことになった。

 そして今は学校に帰ってきて業務に取り掛かっている最中。

 今度は旦那様の書斎を掃除する手伝いをすることになっている。


「今日もよろしくお願いします」


 ……返事がない。ただ無視されているだけのようだ。


「あの……」

「御影さんから聞いています。疑って申し訳ありません」


 月夜さんが素直に謝る姿に目を丸くする。


「い、いえ、誤解が解けたのなら俺は別に」

「ですが、まだ信用し切ったわけではありませんから。私が許可するまでは、近づかないでください。良いですね?」


 月夜さんはすぐに掃除を始める。

 やっぱりまだ警戒は解いてくれない。

 だが、会話をしてくれるだけでも御の字としておこう。

 それに今日は、女子と仲良くなるためのアドバイスを朔弥からもらっている。


「そういえば月夜さんって、どこの学校に行っているんですか? 俺と一緒じゃないですよね?」

「えぇ、お嬢様と違う学校に通ってます」

「どこの学校ですか?」

水蓮すいれん女子高校です」

「女子校に通ってるんですか!?」

「……今よからぬことを考えませんでしたか?」

「いや、そんなことはないです」


 ただ仲良くなったら、女子を紹介してもらおうと思っただけです。

 って、いかんいかん、しっかりしろ。

 朔弥の話だと、女子は容姿を褒めることが重要だって言ってたな。


「女子校でよかったんじゃないですか? クラスメイトに男子がいたら、月夜さんを放っておくはずないですから」

「はぁ、そんなわけないですよ」

「そんなことありませんって。月夜さん可愛いですし」

「そ、そうですか?」


 お、喜んでいるみたいだ。


「それにスタイルもいいですよ。足が細くて、腰もくびれて、それに──」

「それ以上何か言うようでしたら、セクハラで訴えますよ」


 あれー? 褒めたのにさらに距離を置かれたぞー?


「……あっ」


 月夜さんが踏み台に乗って、本棚に並んだ本の埃を落としていると、手元に引っかかった本が何冊か床に落ちる。

 月夜さんが取ろうとしたが、親切心で俺が取りに向かう。


「俺が取りますから」


 降りようとする月夜さんに、止まるようにジェスチャーをし、屈んで本を取った。

 そしてそれを渡そうと立ち上がると、頭にスカートが引っかかり、月夜さんのライトグリーンの下着とガーターベルトで締め付けられた太ももとご対面。

 月夜さんって……意外と肉付きがいいんだな。


「な、なな、何してるんですか!!」


 思いっきり頬を引っ叩かれる。


「す、すいません! でもこれは事故なんです!」

「信じられません! 近づかないでください、この変態! 覗き魔! この部屋から出てってください!」


 俺はこうして二日連続で月夜さんに追い出されてしまった。

 女心はわからないな。


「またこんなところで立ち尽くして、今度は何をどうしてこうなったんですか?」

 「それが……」


 全て隠さずに伝えると、美鈴さんが可哀想な目で俺を見ている。


「春太さん……控えめに言っても、セクハラですよ。おまけに事故とはいえ、うら若き女性の下着を覗いてしまうなんて」

「いや、本当に事故で」

「とにかく、また私がフォローしますが、次の機会があるかはわかりません。今日のところは別の業務をしてください」


 美鈴さんは、俺と入れ替わりで書斎に入っていった。

なんとか美鈴さんのフォローのおかげで後日一緒に働く機会を設けられたが、月夜さんとの距離は以前よりも遠くなっていた。

挫けずに何度も一緒に仕事をしたのだが、その度に不運に見舞われ、誤解と軽蔑の目を向けられた。

そんなことが数日経った頃だった。


「あ、いたいた〜。お〜い、春太く〜ん」


 次の業務に向かおうとしていた俺に舞華さんが小走りで寄ってくる。


「舞華さん、どうかしましたか」

「お嬢様が呼んでるわよ。あと、月夜ちゃんも見なかったかしら?」

「あら、そうなの。困ったわね。すぐに向かってほしかったんだけど」

「急ぎの要件ですか?」

「そうではないんだけど……お嬢様の機嫌が悪いようだったから」


 なるほどな。たしかにすぐに行った方がいいかもしれない。


「春太君、先にお嬢様のところに行っててくれるかしら」

「わかりました」


不機嫌になっている理由はわからないが、急いで白波の部屋へ向かう。

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