第11話
食後はすぐに業務に戻り、庭での仕事を全て終えてトボトボと廊下を歩いていた。
「ちょっと春太!」
まだ不機嫌な白波が俺の前に立つ。
「なんでしょうか?」
「紅茶が飲みたいから用意しなさい」
「かしこまりました。お茶請けは何にしましょうか」
「任せるわ。あと、今日はいつもより多めに用意してちょうだい」
「多めですか? はい、かしこまりました」
普段は太るからとお菓子類は少なめなのだが、どうしたのだろうか。
でも、白波が言ったのだから、言う通りにティーセットとクッキーを多めに持って、白波の部屋へ持っていく。
そして、いつものように紅茶を淹れ、白波の前に置く。
「お待たせしました」
「……ちょっと、早く紅茶淹れなさいよ」
カップに入った紅茶を目の前にして、訳のわからないこと言い出す。
「失礼ですが、目の前にございますが」
「察しが悪いわね。春太も一緒に飲むことを許可してあげるって言ってるのよ。あ、あと今から貴方は休憩時間だから」
「しかしですね」
「休憩時間時間だから、別に敬語である必要はないわよ」
勝手に休憩時間にされてしまったが、雇主がそう言ってるのだから、従うしかない。
俺の分の紅茶も注ぎ、椅子に座る。
「どういった風の吹き回しだ?」
「別になんでもないわ。貴方が私と一緒に飲みたそーにしてたから、慈悲深い私がわざわざ貴方の気持ちを汲んで招待しただけよ」
心なしか、表情は和らいており、いつもの調子だ。
「もしかして……みんなと一緒に食べてるのが羨ましかったのか?」
白波は鼻で笑った。
「何を言ってるのかしら。私は白波家の娘よ? メイド達と一緒になって和気藹々と話したり、ちょっとした失敗を笑い合ったり、好き嫌いがあるから交換なんてことをしたりしたいと思ってなんかないわよ。ましてや、使用人の貴方が羨ましいなんて、べべ、別に思ってないんだから」
おいおい図星かよ。
手が震えすぎて紅茶がこぼれてんぞ。
「羨ましいかはともかくとして、食事でメイド達と親睦を深めることはいいんじゃないのか?」
と、俺が提案するが、白波は浮かない表情をした。
「どうかしらね。私は白波家の娘だから、きっと彼女達も心から楽しめないわよ。いつでもクビを宣告できる私の気分を害したくはないだろうし。それに、彼女達が私のことをどう思っているのかも分からないわ」
俺はふと、今までの白波の食事風景を思い出す。
学校での昼食時は、俺に突っかかっていたが、生き生きとしていた。
しかし、屋敷の中ではどうだろうか。
俺と一緒に食事をしていた時以外は、まるで借りてきた猫のように、静かに食事をしていた。
たまに俺をおちょくるような言動をしてはいるが、学校と比べれば、息苦しそうに見えた。
「珍しいな。白波が弱音を吐くなんて」
指摘された途端に、顔を真っ赤にする。
「い、今のは忘れなさい! これは命令よ!」
「残念だったな! 今の俺は休憩中だから、お前の指示に従う必要がない!」
「貴方本当にムカつく!」
俺達が言い合っている中、扉がノックされる。
白波は咳をし、入室の許可を出す。
「入りなさい」
「失礼します」
入ってきたのは月夜さん。
俺がいることを確認すると、険しい表情をする。
「お嬢様。廊下まで声が聞こえましたが……春太君、またお嬢様に」
「何もしてませんよ。むしろ白波からお誘いを受けた方ですから」
「しっ!? お嬢様を呼び捨てなんて! 貴方、立場をわきまえなさい!」
「月夜、下がりなさい」
白波に止められるとは思っていなかったらしく、目を丸くしている。
「春太の言う通り、私が誘って、今は休憩中ということにしているわ。休憩中は業務じゃないから、好きにさせてるのよ」
「休憩時間とはいえ、そんなことを許しては」
「許すも何も、そういう契約を交わしてる。月夜を含めたメイド全員にも同じ契約をしているはずよ」
「私は……こんな人みたいには振る舞えません。ティータイムをお邪魔して申し訳ありません。失礼致します」
「ちょっと待ってください。せっかくなら、月夜さんも一緒に飲んでってください。俺が淹れますから」
提案しつつ、チラッと白波を見る。
期待した目で月夜さんの後ろ姿を見つめていた。
が、一方の月夜さんは白波の変化に気づかず、俺に憎しみに似た感情を込めた視線を向ける。
「いい加減、立場をわきまえなさい。これが最後の忠告です」
月夜さんが去ると、一瞬だけ悲しそうな顔を見せた。
「月夜の言う通りね。それが飲み終わったら、業務に戻りなさい」
と、白波は平然を装っている。
「わかったよ」
クッキーをちびちびと食べ、時間をかけて紅茶を飲み終える。
「では、これで失礼します」
部屋の扉を静かに閉め、苛立ちを覚えながら廊下を歩く。
メイド達は白波がこの家の娘として努力を無駄にしたくないからと、品位が落ちるようなことはしたくないと言っている。
それは納得はできる。
だが、白波の気持ちは置いてけぼりなのをわかっていない。
こんなこと、他人の事情なのだから、俺がわざわざ口を挟むことじゃない。
だけど、あんな顔されたら、放っておくことなんてできるか。
まずは、メイド達に話をしてみるか。
月夜さんは……無理だろうな。
美鈴さんも、俺と白波との食事は目を瞑っているが、自分が食事に混ざることに抵抗を持っているようだ。
他のメイド達ならもしかしたら。
「春太君、ぼーっとしてどうしたの?」
ちょうどいいタイミングで前方からやってきた舞華さん。
「いえ、少し考え事を」
「何か困ってるの? お姉さんが聞いてあげるわよ」
「あの、お嬢様のことなんですが、やっぱり一緒に食事はできないんですかね」
「こらっ、お昼でも言ったけど、そう言うことは軽々しく言っちゃダメでしょ」
「軽々しく言っているつもりはありません」
俺は茶化さず、真っ直ぐ舞華さんを見て答えると、舞華さんも俺が真剣であることを知り、姿勢を正して答える。
「それは白波家の品位に関わることです。白波家の令嬢として、その身分にあった方と交流するべきです。無闇に私達のような庶民と並んで食事なんてすれば、白波家はその程度の人間と繋がりを持てていないと言われるかもしれません」
「それは考えすぎでは。そんなことを考える人なんて」
「いないとは言えないんですよ。誰と繋がりを持っているかがステータスとなるんです」
「……舞華さんはどうなんですか? お嬢様と食事ぐらいは」
「私は関係ないです」
舞華さんは深く息を吐くと、いつものように微笑む。
「それじゃあ、私も仕事があるから失礼するわね」
一方的に話を切られ、俺の横を通り過ぎる。
舞華さんもダメか。
「ひやああぁぁぁぁ!」
階段を通して一階から悲鳴が聞こえてくる。
誰の声かはなんとなく察しはついている。
手伝いついでに話でも振ってみるか。
「いてて……はっ! ど、どうしましょう」
階段を降りた先で洗濯物を床に散乱させ、あわあわとしている御影さんの姿があった。
「御影さん、大丈夫ですか?」
「あっ! 春太さん! すいません、春太さんの服を」
どうやら俺の服を片付けようとしていたようだ。
「別に構いませんよ」
幸いにも、下着だけは自分で洗うことになっているので、この中には下着類は入っていないはずだ。
散乱した服を一枚ずつ畳み直していく。
「すいません。またお手数をおかけしまして」
「別にいいですよ」
顔は御影さんに向けながら、次の服を掴む。
が、触り慣れない感触が手に伝わる。
布にしては、面積が少なく、まるで紐のような何か。
思わず、それを引っ張り上げ、広げてしまう。
紫色の……Tバック!?
「あぁ、私の下着も混ざってるので、避けていただければこちらで畳みますので」
俺が御影さんのTバックを持っているにもかかわらず、全く気にしないで服を畳んでいる。
こ、これを御影さんが……いやいやダメだダメだ!
一緒に働いてる人の下着姿を想像するなんてダメだ!
さっさと服を畳もうと、次を引っ張ると、同色のブラジャーが俺の手からプラプラと揺れている。
「こんなにもご迷惑をかけましたので、何かお礼をさせてください」
「お、お礼?」
「はい! 私のできることなら、なんでも言ってください」
「な、なんでも……」
下着と御影さんの言葉が脳内で合わさり、最低なイメージへと結びついた瞬間、俺は自分を殴った。
「春太君!? どうしたんですか!?」
「蚊が止まったんで、つい」
「グーで!?」
とりあえず、煩悩は消えた。
無心で服を畳み終え、それを御影さんに渡す。
「ありがとうございます! それで、何かお礼でも」
邪な感情は封じ、このお礼を有効活用しよう。
「じゃあ、お嬢様と食事しませんか?」
「お、お嬢様と!? 無理です無理です! 私なんてただでさえ失敗ばかりなのに、一緒に食事なんてしたら……無理ですー!」
服を持ったまま階段を駆け上がっていく御影さん。
あまりの速さに止められる隙もなく、一人残される。
「はぁ……ダメか。みんなお嬢様との食事を避けてるな。これじゃあ輝夜さんも」
と言うか、あの人と意思疎通できるのか?
「……僕が、何?」
聞き慣れない声が背後から聞こえたので、振り向くと、輝夜さんが俺を見下ろしていた。
「ひぃっ! 輝夜さん!?」
初めての声に驚いたが、喋られるなら、聞いておくべきか。
でも……正直怖い。
「あの、輝夜さんは……お嬢様と食事したいですか」
ダメ元で聞いてみるが、輝夜さんは黙ったまま俺を見つめる。
「し、しないですよね! お嬢様は白波家の令嬢ですから、俺達と食事したら品位が落ちちゃいますもんね」
「…………したい」
「そうですよ! したいですよね……えっ?」
今この人、したいって。
「品位が、下がるのは、理解、してる。でも、僕は、一緒に、食べたい。それに……みんなも、そう思って、る」
「皆さんが?」
「みんな、お嬢様が、大好き。だから、足手まとい、いや。でも、本当は、もっと、仲良く、したい」
ゆっくりではあるが、輝夜さんの想いは伝わってくる。
「もし、何か、手伝えるなら、言って」
「……わかりました。ありがとうございます、輝夜さん」
お礼を言うと、ニタリと笑う輝夜さん。
不気味だけど、好意的なのは間違いない。
メイド達も白波との交流を望んでいるのなら、やることは決まった。
善は急げだ。
「輝夜さん、美鈴さんはどこにいるか知ってますか?」
「今、さっき、夕飯の準備に、調理場」
それはまずい。
急いで調理場へ向かう。
「美鈴さん!」
「どうしましたか? 慌てていますが」
今にも食材を切ろうと、包丁を持っている美鈴。
ギリギリ間に合ったようだ。
「お願いがあります」
「なんでしょうか?」
「今日のお嬢様と皆さんの晩御飯を俺に作らせてもらえませんか?」
「……何か隠していませんか」
「いや、その……俺も料理ができるので、少しでも力になれたらと思って」
「……そうですか」
包丁を置くと、俺の方へとやってくる。
「後はお任せします」
きっと美鈴さんは全部わかっているのだろう。
その上で、俺の口車にわざと乗っかった。
一人になった俺は調理に取り掛かる。
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