カナザワシティ

 奇妙な浮遊感が消え去り、足元に感触を覚えたので、目を開けると――蔦に覆われたガラス張りの高い天井が特徴的なひらけた場所に立っていた。


 周囲を見渡せば、俺と同じプレイヤーなのだろうか? 多くの人が俺と同じように周囲をキョロキョロと眺めていた。


 んー、何となくだけど、この景色見覚えあるんだよな……。


 前方にはアーチ状の立派な門の先にアスファルトから雑草が生えている荒廃的な空間が、後方には大きな建物の入口が見える。


 あの建物が始まりの町的な場所なのか?


 建物の中へと足を進めると……


 ――?


 重心に妙な違和感を覚えた。


 ん? んん?


 違和感の正体を探るべく視線を落とすと、腰に見慣れぬものが携えられていた。


 コレって刀だよな……?


 刀は鞘に収められており、鞘は紐を用いて腰に固定されていた。


 選択権もなく初期の武器が刀とは珍しい。ライブオンラインは和風オンラインゲームなのだろうか?


 それなら服装をもう少し和風に寄せた方が……と、周囲の人たちを確認し、俺は大きな誤ちに気付いた。


 刀を携えているのは俺だけ?


 よくよく観察してみれば、刀以外の武器を携えている者も数人確認出来るが……目に見える範囲では武器を携えていない者のほうが多かった。


 ってことは、この刀が俺に与えられた――『祝福ギフト』なのか?


 確か、『祝福ギフト』は装備品、ペット、スキルのいずれかの形で貰えるはずだ。


 んー、俺の『祝福』は武器型かぁ……。


 いや、別にいいんだけど……どうせ作り直しも出来ないから……受け入れるしかないんだけど……武器かぁ……。


 オンラインゲームには様々な楽しみ方が存在する。例えば、物語、交流、成長――そして、収集だ。


 俺はトレハンとも呼ばれる装備品の収集が凄く好きだったし、そうして収集した様々なタイプの武器を扱うのも好きだった。


 まぁ、トレハンに関しては防具を集める醍醐味がまだ残っているか……。でも、防具よりも武器の方がテンションは上がるんだよなぁ……。


 そして、武器は刀で固定か……。『祝福』に拘らなければ、別に他の武器を触ってもいいのか……。でも、『祝福』はこのゲームの目玉システムだろ? それなら刀――『祝福』を使い続けるのがベストなんだろうなぁ……。


 まぁ、深く考えてもどうにもならないから、先に進むか。


 俺は改めて建物中へと足を進めるのであった。



  ◆



 建物の中は、やはりどこか見覚えのあるような広い通路を中心に左右には更に別の建物へと繋がつているような構造だった。


 さて、どこを目指すべきか?


 ――!?

 

 現実世界と変わらないリアル過ぎるVR世界と、予期せぬ『祝福』に気を取られていたが……トラとの合流の約束があることを思い出した。


 とりあえず、人が集まっていそうな場所を探すか。


 この世界のキャラクターメイキングは細かく指定することが出来ない。ならば、トラの容姿を予想することは簡単だ。


 どうせ、虎太郎をベースにワイルドな感じにした赤髪だろう。身長もリアル基準なら、180cm前後。大きめの赤髪の男を探せばいいという寸法だ。


 人の流れを見ながら建物内を探索していると、


「カナザワシティにお越しの守護者の皆さま! 守護者協会への登録はお済みでしょうか? この世界で生き抜くため、楽しむために、必ずご登録をお願い致します!」


 緑色のスーツを着た女性が拡声器で周囲に呼びかけをしており、その近くで多くの人たちが列をなしていた。


 気になる単語が盛り沢山だ。


 守護者……守護者協会……そして――カナザワシティ。


「登録頂いた守護者には、この世界を生き抜くための知識やルールと、自身の状態――ステータスを確認することが出来る『端末』の無料貸与や各種クエストの発行など様々な特典をご用意しております。この機会に是非ご登録よろしくお願い致します!」


 言葉の意味から推測するに、この世界ゲームではプレイヤーのことを守護者と呼ぶようだ。


 コントローラーも画面もないこのリアル過ぎる世界で、どのようにステータスなどを確認するのかと思っていたが、答えは『端末』なる貸与されるモノで確認するようだ。


 ってことは、守護者協会への登録は必須ってことだな。


 列の先に視界を向けると、緑の窓口のようなカウンターで10人の職員がテキパキと対応しており、列の流れは常に動いているので長時間待つ羽目にはならないだろう。


 俺は最後尾に付き、列の流れに乗りながら思考する。


 先程から拡声器を用いて同じ文言を繰り返す職員の女性。


 引っかかる単語は――カナザワシティ。


 俺――高橋蒼空の住居は石川県金沢市。


 そして、カナザワシティは直訳すれば金沢市。


 この建物に入ってから……いや、この世界に飛ばされてからずーっと俺は既視感に襲われていた。


 そして、既視感の正体にようやく気付いた――ココは金沢駅だ。


 老朽化と言うか……壁や天井、床の材質は変わっているが、ここは間違いなく金沢駅……もしくは、金沢駅をモチーフに建てられた建物だ。


 金沢市が舞台のゲーム?


 ニッチ過ぎるだろ……。


 もしくは――まぁ、ログアウトしてネットで情報を集めれば、俺の想像が合っているのかすぐに判明するだろう。


 俺の想像通りなら、ココで待っていればトラと合流は出来るはずだ。


 しっかし、ゲームの中でまで並んで待つ経験をするとは……凄い世の中になったものだ。

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