第6話 せんぱいのピンチ
「き、嫌い……」
まさかの嫌い宣言。いや、なんとなく麻音さんが正直な人なのはわかってたけど、まさかここまでとは……
「えぇとっても。というか、あなたも気づいてるでしょ?優芽の視線に」
「優芽さんの、視線……?」
気づいてるでしょ?と言われても全く身に覚えがない。いやまぁ、確かに私のことを時々見つめてくるし、顔を赤らめてるから、一目惚れでもしたのかと冗談半分で思っていたけど……もしかして?
「あら、気づいてるじゃない。そうよ、優芽はあなたに一目惚れしたの」
「いやいや、そんな冗談みたいな……」
「……冗談よ」
おい!!!なんなんだよ……私の悩みと葛藤を返せ!!てか冗談なんだとしたら、相当タチ悪いわ!!!はぁ……なんか、1人でツッコミしてると疲れるわ。
「でも、優芽があなたに好意を持ってるのは本当よ。そして私は、それが気に食わないの」
なるほど。つまりは独占欲かな。自分以外に好意が向いたことによって、嫉妬が生まれ、それが敵意へと変わり、『嫌い』という感情が生まれた。
いや待って。感情の変化が、1日で起きるレベルのスピードじゃないよ?もうちょっと時間かけようよ。こう、1週間くらい嫉妬とかで苦しもうよ。何すぐに嫌いになってるんだよ、おかしいでしょ。
「身勝手なのはわかってるわ。でも、私は彼女を愛してるの」
愛してる、か。だからこそ、嫉妬や独占欲も友情より強く、ここまで早い感情の変化が生まれたのかな。
「もしかして、お二人は付き合って……?」
「いや?私が一方的に好きなだけよ。かれこれ、4年の片思いよ。中学校の頃から、優芽のことが好きだったわ」
「ははぁ……」
それから少しの間、麻音さんからの惚気(?)を聞いた。自分がどういった経緯で好きになったのか、どんなところが好きになったのか。それをざっくりと聞かされた。
私は何を聞かされているのだろう。なんで私は、いきなり百合のカミングアウトをされたんだ?
っていやいや。そもそもは嫌いという話で……いやでも、それって私がどうしようもできなくない?
「とにかく。あなたはなるべく、優芽に近づかないでちょうだい。いいわね?」
「いやいや、流石にクラスメイトだし、それにこの学校で初めてできた友達だし、流石に無理だよ……」
「それでもあなたはやらないといけないの。わかるかしら?」
「いやでも……」
「いい?あなたに残ってる返事は『はい』か『YES』なの。それもわからないの?」
どんどんと、麻音さんの態度が威圧的になっていく。絶対に優芽に近づかせたくないという意志を、これでもかと感じることができる。これが、愛というものなのだろうか。だが、愛で縛り付けるのもおかしいと思うし……
私が悩んでいると、不意に、後ろから声がした。
「麻音せんぱい、流石に独占欲が強すぎますよ。それじゃ、優芽せんぱいが離れちゃいますよ?」
そこにいたのは、金色の髪をした美少女だった。服は少し乱れ、どこか蠱惑的な姿をしているが、全体的に見ると少しギャルっぽい。
「……
「まぁ強いていうなら、せんぱいがピンチだから……ですかね?」
せんぱいがピンチ?まるで、私が麻音さんを追い込んでるみたいな言い方じゃないか。でも実際、追い込まれてるのは私で……
「……あぁなるほど。全部わかったわ。ごめんなさい、月島さん。とりあえず、今日は帰らせてもらうわ」
「えっ、あ、うん」
そう言って彼女は教室から去っていった。残ったのは、杏子と私だけ。
杏子と2人は気まずいなぁ……私が白雨とバレるわけにもいかないし。どうしようかなぁ……
「さっ、邪魔者もいなくなりましたし、一緒に帰りましょ?白雨せんぱい」
「あぁうん。もち……え?」
白雨、せんぱい?
私と杏子は、帰る方面が一緒だ。なんなら、家が近いこともあり、ちょっとした幼馴染的な存在になっている。まぁ、私の中では後輩のイメージの方が強いが。
歩きながら帰っている途中、杏子が挑発的な笑みを浮かべながら私に話しかけてきた。
「もしかしてわからないと思ってたんですか〜?」
「そりゃもちろん」
聞けば、見た瞬間に私が白雨だと勘付いたらしい。しかも、バッグについてるキーホルダーも同じということで、もう完全に私だとバレたということらしい。
だから「せんぱいがピンチ」という発言をしたのだろう。『せんぱい』とは私のことを指していたのだ。
「私がせんぱいのこと間違えるわけないじゃないですか〜。それに、私の発言で麻音せんぱいもわかったみたいですし?」
「えぇ!?そうなの!?」
「いやっ、そんな大袈裟に驚きます?」
まさかの初日からバレまくり。これ、私が女の子に変わったと、学校中で噂されるのも時間の問題じゃ……
頭がぐちゃぐちゃになりながら、ふらふらと歩いていると、突然何かに腕を引かれ、身体の重心が持っていかれた。
気づくと、杏子の胸に顔を埋めていた。杏子の豊満でやわらかな胸に、暖かな体温。外だというのに、少し眠くなるような感覚を覚える。
「別に、言いふらしたりしませんって〜。せんぱいは、私の腕の中で飼われているべきなんです。わざわざ噂になんてしませんよ〜」
自分が守ってあげる、と言いたかったのだろうか。言っていることは少し怖いが、彼女なりの優しさなのだろう。
彼女の優しさに触れつつも、どこか恐怖心を覚える。私は元々男だったのだ。男としての尊厳は一体、どこへいったのだろうか。女の子になったと同時に落としたとでもいうのだろうか。もしそうなのであれば、ぜひ返して欲しい。
街ゆく人に、稀有な目で見られる。美少女同士が戯れあっているのは、眼福なのではないかと思いながら、公然とこんなことをやっている自分に、恥ずかしさを覚える。
杏子の胸から解放されると、再び歩を進めた。足取りは、少し軽かった。
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