第3話 初めてのキスの味

 私は今、人生最大の危機に陥っている。それは、目の前で美少女の裸体を見てしまい、挙句の果てに体の隅々まで触ってしまったのだ。


 はい、お風呂に入ろうとしています。服を脱ぎ、鏡を見るとしみ一つない真っ白な体に、完璧なプロポーション。やっぱりこの姿になってよかった。でも、どうやってこの体洗おうかな。正直、女の子の体なんて触ったことないし、洗ったこともないから、めっちゃくちゃ緊張する。


「おにぃ、なんでお風呂の前でずっと立ってるの?」


「時雨!?いつから!?」


「おにぃが服を脱いで体をいろいろ触ってるあたりから」


 それって最初からじゃん……最悪だ。時雨に変な奴だと思われたかな。きもいって思われたらどうしよう。うん、そしたら飛び降りようそうしよう。

 でもそんな考えをよそに、時雨は何やら不敵な笑みを浮かべる。


「てか、おにぃの体本当にきれいだね。雪みたいに白いし、もちもちだし、何よりいろいろ大きくて」


「し、時雨?なんでこっちにどんどん近づいてくるの……?」


 な、なんか何とも言えない圧を感じる。氷雨さんの変態行動に似た、抗えないような圧が……


「ん~?まぁ、少し嫉妬しちゃってね。いきなり女の子になったかと思えば、すごいきれいになってるし。私の今までの努力は何だったんだ~的なね」


 まぁたしかに、生まれてすぐにこの容姿が手に入るなら、誰だって苦労はしないだろう。それこそ、時雨みたいなかわいい女の子は、髪の毛や肌の手入れもしっかりして、きれいさを保っていると考えると、嫉妬したくなる気持ちもわかる。

 しかも、この胸の大きさは簡単に手に入れられるものじゃないだろうし。時雨の……まぁ、うん。少しのふくらみも、私は好きだけどさ。


「おにぃ?変なこと考えたでしょ?」


「へぁ!?い、いやぁ?そんなことないよ?」


「わかりやすいなぁ。というか、本来の目的を忘れるところだったじゃん」


「本来の目的?」


「おにぃの体、私が洗ってあげようか?」


 私の体を時雨が?

 つまり、時雨もお風呂に一緒に入るというわけで。当然二人とも裸になるということ。いやまぁ、傍から見たら仲睦まじい姉妹がお風呂に入っているように見えるけど、私の心は男だよ?大丈夫なのそれ。


「いろいろ迷ってるみたいだけど、私からは手を出さないよ。あ、でもおにぃが私に手を出したら、今後一切話さないから」


「わかりました手を出しません」


「うわ即答。しかも謎に敬語だし。そういうところはおにぃのままなんだね。あ、お風呂後のお手入れも私がやるから安心してね」


 至れり尽くせりじゃないか。もう時雨がいないとお風呂に入れない気がする。時雨に依存した生活。悪くないなぁ。

 そんな妄想はさておき、2人で一緒にお風呂に入る。意外と時雨の体に欲情したりすることはなく、むしろ安心感を覚えるような感じだった。浴槽の中で肌が密着していた瞬間は、理性が半分ほどお亡くなりになっていたけど。




 お風呂から上がった私は、時雨に手入れをしてもらい、今はなぜか肩を揉んでもらっている。


「あ”~」


「おにぃ、おっさんみたい言い方しないでよ」


「でも気持ちいいし……」


 時雨の肩もみは、うちの家族の中で一番うまい。これで店を開いても食べていけるくらい、というのはシスコンが過ぎるかもしれない。だけど実際、肩を揉まれた次の日は、体が軽くなる。


「どうしたの?時雨」


「え、あ、あぁおにぃ。なんでもないよ」


 なぜか私のことをじっと見つめてくる時雨。どこか顔が赤い気がするし、これはワンチャン、私に惚れているのでは!?私も美少女になって、ついにモテ期が……!!


「時雨、私の容姿に惚れたらいつでも言ってね。婚姻届け出すから」


「少しでもかわいいって思った私がバカだった。おにぃはおにぃのままなんだね。しかも、女の子同士だと結婚できないし」


「そうだった……」


 少しわざとらしく落ち込んでみると、時雨がクスッと笑ってくれる。その笑った姿が可愛いくて、こっちまで元気が出てくる。妹という存在は、私にはなくてはならないものなのかもしれない。

 感傷と肩に来る快楽に浸っていると、テレビからとあるニュースが聞こえた。


『本日より、同性婚が可能になる婚姻平等法が施行されます』


「「え?」」


 私の声と時雨の声がハモり、互いの視線が交差する。婚姻平等法の施行。それはつまり、目の前にいる私の妹。いや、義妹とも結婚できるようになるということである。


「おにぃ」


 突然名前を呼ばれ、少し体が震える。視線の先には時雨がいるが、その雰囲気は普段の時雨のものではなかった。

 水を得た魚のような、獲物を捕らえた捕食者のような瞳。その瞳には確固たる意志があった。その瞳に吸い込まれそうになりながらも、やっとの思いで声を発する。


「しぐr」


 私が名前を呼び終わる前に、時雨が私の口をふさぐ。元々、時雨は私に好意があったのだろうか。それとも、私が女の子になったのが原因なのか。うまく考えようにも、思考がまとまらない。

 酸欠のような状態になり、時雨を遠ざける。改めて見る時雨は、どこか扇情的で儚いような姿をしていた。それは、恋する乙女そのものだった。


「おにぃ、まだ返事はいらない。けど、私は本気だよ」


 そう言って時雨は自分の部屋に戻っていった。私が女の子になって1日目。何もないはずだった日常は、すでに崩れていた。


 初めてのキスの味は、わからなかった。

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