(14)

 女性保護局が入っているビル内にある応接室のひとつ。


 ローテーブルを挟んで対面する長方形のソファの片側に、千世を挟むようにして朔良と七瀬が腰を下ろしている。


 もう片側のソファの、そのど真ん中に座っているのはもちろん四郎だった。


 四郎は大変にご機嫌な様子であったのに対して、千世の担当官である七瀬はそのベビーフェイスに警戒心をにじませている。


 千世の恋人である朔良は、七瀬ほどには露骨ではなかったにしても、さながら番犬のごとし。


 四郎は、もし自分が朔良の気分を害せば、番犬か――あるいは猟犬のごとく飛びかかってきそうな、そんな気迫を朔良から感じ取った。


 肝心の千世はというと、恩義ある七瀬や朔良が四郎をよく思っていないことを明察し、わずかに戸惑いを見せていた。


 それでも、四郎に会うと決めたのは千世だったから、今さら「取りやめたほうがいいか」などとも聞けない状況だった。


 四郎は、対面する三人の心の機微を野生の勘にも似た部分で感じ取っていたが、彼からすれば「それがどうした」という話だった。


 そして四郎がそんな風に、三人の微妙な心情を察しながら、一切慮ることはないだろうということは、朔良も七瀬もよくわかっていた。


 この場でわかっていないのは千世だけだろう。


 それでも千世は千世なりに、朔良と七瀬がまとう雰囲気から、四郎がやはり一筋縄ではいかない人物であることを察していた。


「面会を受諾してくれたことにまず感謝を。ありがとう」


 自己紹介を経た四郎は、完全無欠の好青年にしか見えない微笑を浮かべて、そう言い放った。


 それを七瀬はうさんくらいものを見る目を作る。


 朔良には七瀬ほどの、表面上の変化はなんら見られないものの、警戒しているなと四郎は思った。


「いえ……。それで、あの、土岐さんは、どうしてわたしに会いたいと?」


 千世は四郎のことをよくは知らない。


 朔良も七瀬も四郎の厄介さを知っていたが、しかし千世に余計な先入観を与えるのも憚られて、最低限のことしか教えていなかった。


 千世の恐る恐る、といった手探りの様子に、四郎はまるで微笑ましい物でも見るような顔をした。


「色々と聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと、ですか……」

「ああ。――普段はどんなものを食べているんだ?」


 「医者のセリフか」と、朔良と七瀬の心がひとつになった。


 千世も「聞きたいことがある」と言われたあとについてきた言葉がそれだったので、少しだけ面食らったように瞠った。


「ええと……ふつうですよ。朝は基本的にパンで、夜は白米で……。でも刺激物とか脂っこいものは苦手で……」


 戸惑った様子を隠せない、千世のどこかたどたどしい声を聞いて、四郎は微笑を浮かべたまま「そうか」と言った。


 朔良も七瀬も、四郎の思惑を読むことはかなわなかった。


 七瀬は、四郎が千世の生活習慣について尋ねているのであれば、わりと真剣に求婚を検討しているのかもしれない、と思った。


 しかし一方で、あの土岐四郎が結婚を検討することなどあるのだろうかとも疑問符が浮かぶ。


「普段はどういう運動をしている?」

「普段は……部屋で普通に筋トレとか……マンションに入っているジムを利用したりしますけど……」


 七瀬が四郎の真意を掴めず戸惑っているように、千世もなぜこのような質問をされているのかよくわからず、やはり手探りといった様子の返答が続く。


 四郎は微笑を浮かべたまま、また「そうか」と言った。


 千世が戸惑っていることを、微塵も気にしていない声だった。


 朔良も、四郎がなにを目的にそういった質問をしているのか、理解が及ばなかった。


 千世のことを知りたいらしいということだけはなんとなく理解できたものの、四郎は千世に恋愛感情はないと、他でもない本人がそう言っていたのだ。


 だから朔良も七瀬も、四郎の心中を測りかねていた。


「それじゃあ――人間を殴ったとき、どう思った?」


 四郎の瞳が、剣呑な光を帯びたように見えた。


 それでも口元は微笑を浮かべて、目はうっすらと弧を描いている。


 そんな中で、目玉だけがぎらぎらと、鈍く光っているように見えた。


「ちょ、ちょっと――」

「……土岐さん」


 七瀬と朔良の声が重なる。


 四郎を咎め立てる声だった。


 けれども四郎からすればそのようなふたりの声など、子猫に引っかかれるのにも等しいどころか、それよりもさらに劣る、弱々しいものだ。


「お前がなにを思って暴力を振るったのか、そのときどう思ったのか、どう感じたのか、今どう考えているのか――。俺は、それが知りたい」

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