(3)

「千世さん、なにを言っているんですか?! ヤケになっちゃダメですよ……」


 七瀬はおどろきをあらわにして千世に言う。控えていた護衛官も「そうですよ」と同意する。


 しかし千世の瞳に宿った闘志は、それだけでひとつも衰えるところを見せなかった。


「わたしは……たしかにここにいれば、安全だと思います。けれども、ずっとはこうしても、いられない。わたしがこうして、守られているあいだにも、どこかでだれかが、父の被害に遭っているかも、しれない」


 千世にふたりの護衛官がつけられたのは、父親である瓜生透也が病院から脱走したことがきっかけだと、四郎は七瀬から渡された資料を脳裏に思い浮かべた。


 瓜生透也は一度目の逮捕の際に抵抗した結果、大怪我を負ったため、病院に長いあいだ入院していたのだ。


 そんな瓜生透也が脱走してから実に二週間が経過していた。


 しかし千世の居場所は完全には割れていないらしく、女性が入居していそうな高層マンションの周辺で、瓜生透也らしき不審者の目撃情報が続いているという状況である。


 ただ、瓜生透也の野生の勘がそうさせているのか、あるいは運が彼に向いてしまっているのか、今千世が保護されている高層マンションから、最後に瓜生透也らしき不審者が目撃された地点までは、そう離れていない。


 そして人間というのは生きていれば喉が渇くし、腹も減る。


 瓜生透也も当然人間であるわけだから、娘の千世を捜しながら、ほうぼうで空き巣や強盗を働いているらしいのが大問題だった。


「千世さんが気にすることではないですよ」

「それは……わかっています。みなさんも、わたしはわたしで、父とは別の人間だって、言ってくださいました」

「それじゃ――」

「でも、やっぱり父は父なんです。わたしにとっては……。これ以上、罪を重ねて欲しくはないというのが、正直な気持ちです」


 四郎には、千世の気持ちは一切わからなかった。


 なぜなら四郎には親を思う心などないからだ。


 親がだれか赤の他人に加害したのだと知れば、四郎は嬉々として暴力を振るう口実ができたと思うだろう。


 四郎は、そういう人間だった。


 親子の絆だとか、情だとか、そんなことよりも今の四郎にとって重要なのは――


「覚悟はできているんだな」


 ――暴力が振るえるか、否かである。


「ちょっと、土岐さん?」


 七瀬がじろりと四郎をにらみつける。「余計なことを言うな」とその視線が雄弁に物語っていたが、四郎は無視した。


 七瀬を無視して、四郎は千世だけを見る。


 四郎の問いかけに、千世は少しも及び腰になる様子など見せず、意志強くうなずいた。


 そんな千世を見て、四郎は無意識のうちに口角を上げていた。


「怪我をするかもしれないし、瓜生透也の目的いかんによっては――死ぬこともありえるだろう」

「ちょっと土岐さん!」

「――すべて、覚悟の上です。父はそれくらいのことはする……娘のわたしが、一番よくわかっています。仮にわたしが怪我をしても――死んだとしても、だれかを責めたり恨んだりはしないと誓います。ですから、わたしに手を貸してください。――お願いします」


 四郎に向かって、千世が頭を下げる。


 七瀬はそれを見てあわてて「ダメですよ!」と制止の声を出したものの、その言葉にまったく千世を従わせる力がないことは、恐らくその場のだれもが理解していただろう。七瀬とて。


 それほど、千世の意志が固いことは明らかだった。


「了解した」


 千世の豪胆で、正直に言えば危うい計画に乗る――。


 四郎がそう答えると、その横で七瀬が重いため息をついた。

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