あなたに好きだと伝えたくて

坂餅

入学式の日にて

 今日は入学式。周りには、表情を引き締めながら校門をくぐる生徒が。落ち着きがなく、あっちを見たりこっちを見たり、ちょっと挙動不審な生徒が。


 そんな誰もが不安と期待を胸に持ちながら始まる新生活。


 これから三年間通うことになる校舎を見上げる、肩口まで伸びてた赤毛の、少し釣りの整った顔立ちの女子生徒――柏木菜々美かしわぎななみは、胸に手を当てて深呼吸をしていた。


「……よしっ」


 意を決して校門をくぐる。


 その瞬間、菜々美の心の中に一つの不安の種が撒かれた。


 その種は急速に成長して、菜々美の精神力を吸って大きくなっていく。


 ――友達ができるだろうか。


 そういう不安の花が咲く。


 重たくなった足で、菜々美は昇降口の隣に掲示されている、クラスが書かれている掲示板へと向かう。


 周りの新入生たちに紛れ込み、なんとかクラスが見える場所に到達する。


「えーっと、柏木菜々美柏木菜々美、柏木……菜々美…………あれ?」


 七クラス分の紙を全て確認したが、菜々美の名前はどこにもなかった。


 もしかして見落としたのかな? ともう一度確認しようとした所で、新たに菜々美の心の中に不安の種が撒かれた。


 ――実は合格していないのでは?


 そういう不安の花が心の中に咲いた菜々美は、見落としたという単純な思考すらできず、ただ呆然と口をパクパクさせることしかできなかった。


 合格発表の時、自分の受験番号があったのを覚えているし(なんなら夢かどうか確かめるために全力で自分の頬を引っ叩いた)入学の書類を受け取ったしで、菜々美が落ちているということはないのだが、今の菜々美は冷静でなかった。


「あぁ……帰ろう……」


 そうやって肩を落として踵を返した菜々美。


「あっあの! 柏木さん……?」


 そんな菜々美のブレザーの袖をくいくいっと引っ張ると同時に声をかけられる。


 菜々美の名誉のため具体的なことを言えないが、ものっ凄い顔をした菜々美が声のした方に振り向く。


 そこにいたのは、小柄な生徒だった。


 まだ体に馴染んでいないブレザーから、菜々美と同じ新入生だということが分かる。


 黒のサイドテールのその生徒は目が大きく、小動物のような思わず守ってあげたくなる雰囲気がある。


 そんな女子生徒――芹澤ここねは、間違っていたらどうしよう。とでも思っているのだろう。菜々美の袖を摘まんだまま、視線を彷徨わせ「ああ……」とか「うぅ……」という声を出している。


 菜々美はそんなここねの姿にしばし目を奪われる。


 おどおどしているここねの頭を優しく撫でで「怖くないよ」と安心させてから抱きしめたくなるような――と考えたところでハっと我に返る。


「あっはい柏木です!」


 声を上ずらせながら答える菜々美。鬼教官に名指しで呼ばれた新兵みたいだった。


 ここねは声をかけた相手を間違っていなかったことに安堵した様子で、摘まんでいた手を下ろして胸を撫で下ろしていた。


「よかったぁ……。あのね、柏木さんの名前って四組のあるんじゃないかな……?」


 そう言ってここねが指で指したところを見る。一年四組に柏木菜々美の文字があった。


「え……? あ、本当だ……。よかったぁ……」


 どうやらただ見落としただけだったらしい。へなへなとその場で崩れ落ちる菜々美、一人だけ合格発表のテンションだったため、結構浮いていた。


 そんな菜々美の前に手を差し出しながらここねは言う。


「あの、わたしも四組なの。一年間よろしくね、柏木さん」


 恥ずかしそうにはにかむここねの姿は、菜々美を絶望の淵から救ってくれた女神の様だった。


 菜々美は戸惑いながらその手を取る。


「えっと……こちらこそ、ありがとう。あの、よろしくね……えー」

「あっわたし芹澤ここねです!」

「よろしく、芹澤さん」

「うん!」


 えへへ、と笑うここねのおかげで、菜々美の心の中に咲いた不安の花は、跡形もなく光の粒子となって消えていたのだった。

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