ケース014 引きこもり魔術士 シル3

 美人の面影はあった。


 だが、ガリガリに痩せて脂気は失せ、皮膚は粉をふいていて、しかもかなり臭う。

 女性のメアリーさんだけが入室を許可されて数時間。ようやく面会できたシルさんは、虚ろな目で虚空を眺めている抜け殻のような女性だった。


 もはや美人は面影しか残っていない。


「初めまして。冒険者ギルドのホンゴーです。今日はお時間をいただいてありがとうございます」


 挨拶をしても、わずかにうなずいた程度。聞いているかも怪しかった。


「今日は生活にお困りとのことでしたので、様子を見に来ました。体調はどうですか?」


 シルさんの視線の先を、じっと観察する。視線は、少しさまよった末にカッパーさんで止まった。ちょっと嫌そうなのは、自分の現状を見られたくないからか。


「よくはないですが、死のうと思ってるのでこれで良いんです」


 うっかりすれば聞き逃しそうなほど小さな声で、シルさんは囁く。


「それはやめてって何度も言ってるよね。僕はゴードから頼まれてるし、死なれたら悲しいから」


「カーくん……」


 シルさんには自殺願望、いわゆる希死念慮があるらしい。つまり彼女を繋ぎ止めている支援者のカッパーさんは、今回のケースでは重要なキーマンだろう。


「確認ですが、今宿代はお持ちですか?」


 部屋の中は、冒険者一人分よりはかなり多い荷物が散らばって、雑然としている。少し整理された痕跡があるのは、メアリーさんの手によるものだろうか? ベッドも寝ている部分だけが茶色く変色していて、シーツが洗われた痕跡もない。


「……ありません」


 答える声は震えていて、助けを求めるようにカッパーさんを見る。依存もあるか。


「支援を得られる親族、又はパーティーメンバーはカッパーさん以外にいますか?」


 彼女は首を横に振る。


「あなたは冒険者ギルドウェルフェア支部に登録している冒険者です。あなたには健康で文化的な最低限度の生活を送る権利があり、冒険者ギルドはその支援をする用意があります」


 ようやく、虚ろな目が僕をとらえた。


「ただし。この部屋の財産を調査して、冒険に関係ない財産はすべて売却させていただきます」


 壁に立てかけられた大剣は、おそらくゴートのものだ。荷物の少ない冒険者の割に荷物が多いのは、恋人の遺品がたくさんあるからだろう。


「わかり、ました……」


 思い出の品の売却を拒否するかと思いきや、彼女はうなずいた。資料によれば、ゴートさんはシルさんより十歳以上歳上だった。ランクもB級で、この中には高値の道具もあるかもしれない。


「では、今後のことを説明しますね」


 僕はゆっくりと、順番に説明していく。

 

 この宿屋は一日の宿代が基準額以上なので、生活保護者は泊まれないこと。

 いったん一時滞在用の寮に移って、入浴と食事をしてもらうこと。

 落ち着いたら、医者に診てもらうこと。

 その後、保護費を支給して自立に向けた指導を受けてもらうこと。


 僕の説明を、彼女はぼんやりと聞いている。


「納得いただけたなら、この申請書にサインしてください」


 彼女は、何も見ずにサインをした。


「表に馬車を呼んでおきました。メアリーさんとカッパーさんは、シルさんを寮まで送ってくれませんか? 僕らはこの部屋を片付けておきます」


 メアリーさんに肩を叩かれたシルさんは、ゆらりと立ち上がり、戸口へ向かう。


「あ、あの!」


 それまで黙っていたハルトが、急に声を上げた。嫌な予感がする。


「大変だと思うんですが、もっともっと頑張ってください。きっと乗り越えられますから!」


「……なんのために……どうやって……」


 静止する暇もなくハルトは言い切り、彼女は膝から崩れ落ちて静かに泣き始めた。

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