ケース004 B級冒険者グレイの不満

「ホンゴーさんよ。引退冒険者優遇すんならよ、俺らも優遇してくれや。働かなくても金がもらえるとか、意味わかんねぇ」


 夕方、訪問から帰ってきたところで、酔った冒険者に絡まれた。


「グレイさん……」


 グレイさんはこの街で長く活動しているB級冒険者の一人だ。彼のように就労層を中心に、生活保護に良いイメージを持っていない連中は多い。


「なぁ。働かざる者食うべからず、だと思わねぇか? 俺だったら首くくって死ぬね」


 酒臭い。酒の勢いを借りて、日頃の不満を吐き出しているのだろう。


「グレイさん、今日山賊狩りから帰ってきたんでしたっけ? お疲れ様でした」


 質問には答えず、質問を返す。


「ありがとよ! 俺の活躍を見せたかったぜ。今回の依頼じゃ山賊どもを三人はぶった斬ってやった! 今日の酒はうまいぜ」


 あっさり話題がそれた。冒険者は単純なので、褒めるとすぐに流される。


 実際、昨日までの山賊団を強襲する依頼では、グレイさんのパーティはトップの戦績だったらしい。

 街道沿いにある三つの宿場街の傭兵ギルドと冒険者ギルドが合同で受注したものなので、かなりの大規模なものだったはず。


「おかげさまで山賊団は壊滅させられました。ありがとうございます」


 本物の敬意を込めて、頭を下げた。


 あの山賊団が壊滅すれば、依頼主でもあった行商人ギルドが息を吹き返すはずだ。迂回していた行商人が戻ってくれば、この街周辺の物流が正常化するだろう。


「お、おう。たまたまあのあたりの地理に詳しかったから、おいしい仕事だったぜ」


 グレイさんが照れくさそうに頭をかいた。最初の苦情はもう忘れていそうだが、経歴となぜあのあたりの地理に詳しかったのかを考え合わせると、彼なら生活保護の必要性を理解できるかもしれない。


「そうだ。今、地下で捕縛された山賊団の生き残りが事情聴取中なんですけど、一緒に見学へ行きませんか? 後日、残党狩りの依頼があるかもしれませんし」


「お? 次の依頼の偵察か? 胸くそわりぃ話しか聞けねぇ気もするがな」


 グレイさんは、そう言いながらも素直についてくる。


「そういえば、グレイさんはバッシュの街に師匠がいたんでしたっけ?」


 グレイさんの故郷であるバッシュの街は、街道の宿場街としては三つほど先の街だ。今回討伐された山賊団の拠点にも近い。


「よく知ってるな。師匠のパーティが六年前に解散したからよ。師匠の知り合いを紹介してもらってこの街まで来たんだ。ここのギルドはバッシュの街のギルドより報酬の払いは良いし、居心地も良いんだが、あの生活保護? ってのだけ気に入らねぇ。何で俺たちのあがりで役立たずを養わにゃならんのだ」


 階段を下りている間に、話題が最初の苦情に戻る。まぁ仕方がない。


「それは後回しにしましょう。ちょうど何人か取り調べ中みたいですね」


 指を口元に一本立てて、静かにするよう指示する。


 五つある牢には、全部で十人ほどの人間が閉じ込められている。酒場で酔っ払って暴れた懲罰を受けている二人を除き、八人が山賊団の生き残りだ。

 取り調べの後は、身元照会と騎士団による簡易裁判が行われ、おそらく処刑になるだろう。この世界は山賊に厳しい。


「お前には足がねぇな。森で暮らすにゃ苦しかっただろ」


 牢の格子の前に置かれた机を、騎士団から派遣された取調官たちが囲んで聴取を続けている。


「ふん。馬がありゃなんてことねぇよ。おらぁ元冒険者だからな――」


 振り返ると、蝋燭の明かりに照らされたグレイさんの顔に驚愕が浮かんでいた。


「し、師匠⁉」


 グレイさんが、僕の指示を無視して飛び出す。知り合いがいるだろうことは、なんとなく予想していた。


「んん?」


 老人の、白く濁った瞳がこちらへ向けられる。


「おお。グレイの坊主か。久しぶりじゃねぇか。元気にしてたか?」


「元気にしてたか? じゃねぇ! なんであんたが牢のそっち側にいるんだ!」


 グレイさんが取調官を押しのけて、両手で格子を掴む。


「何でって、落馬してとっ捕まったからに決まってるじゃねぇか。相変わらずとんちんかんな野郎だな」


 老人は、手かせをつけたまま肩をすくめる。落馬したのは本当らしく、全身傷だらけだ。


「そういうこっちゃねぇ! あんた言ってたじゃねぇか! 働かざる者食うべからずって!」


 グレイさんが格子をゆする。グレイさんを連れてきてしまった僕を、担当の取調官が睨んできた。とりあえず、僕は取調官にペコペコと頭を下げる


「何言ってんだ。ちゃんと働いてたぜ? 俺らは森の魔物を狩って安全にしてたし、山賊も追っ払ってたんだ。通る奴が護衛料を払うのは当然じゃねぇか。通行の安全を護ってやってんだからよ。そりゃ、払わねぇ奴は娘をさらって売ったりしたぜ。払わねぇほうが悪ぃんだから。それを行商人ギルドめ。裏切りやがって」


 いらだちをあらわすように、ジャラリと手かせの鎖が鳴る。


「山賊団まで落ちぶれて、何やってんだよ」


「さっきから何だよ、その山賊団って。俺らは放浪者ギルドって呼んでたぜ? 行き場がなくなった連中の面倒を見てただけだ」


「な……」


 グレイさんが絶句する。呆然としたまま、取調官によって格子からずるずると引き剥がされた。


「放浪者ギルドね。おいジジイ。お前が乗ってた馬な。行方不明のアントン一家が飼ってた馬だろ。馬車はアジトの脇でばらされてたがな。アントン一家はどこにいったんだ? 知ってんだろ?」


 話を取調官が引き継ぐ。


「知らねぇ。大方森で魔物にでも襲われたんだろ」


「ほー。アントンさんとこの娘さん、こないだ違法娼館で保護されたんだけどな。証言が食い違うなぁ」


 取調官がニヤニヤとわらう。


「けっ。そこまでわかってるなら、縛首でも斬首にでもすりゃ良いだろうが。どうせおらぁ娑婆じゃ生きていけねぇんだ」


 グレイさんの師匠は、すでに開き直っている。もう助かる気がないのだろう。


「し、師匠……なんで」


「グレイさん、戻りましょう」


 その場を離れようとしないグレイさんの肩を叩き、腕を引く。


「師匠は変わっちまった。あんな人じゃなかったのに……」


 階段を上がりながら、グレイさんはぽつりぽつりと呟く。ちょっとショックが大きかったらしい。


「今回討伐された山賊ですが、元冒険者は確認できるだけで三十人以上いました。そのほとんどが負傷して冒険者ギルドを去った方たちです」


 同行した職員の報告書には目を通した。近隣の街の冒険者ギルドには、生活保護の制度などないから、仕方がなかったのだろう。


「山賊ができるなら、冒険者を辞める必要はなかったんじゃないのか? 何も山賊にならなくても……」


「負傷した時点で、治療費がかかりますからね。しかも治療期間は依頼は受けられず無収入になります。その間に冒険者としての装備をすべて売り、それでも払い切れないから逃げて、山賊に拾われる。それを防ぐために生活保護制度はあるんです」


 グレイさんがうつむく。握りしめられた拳が、小刻みに震えている。


「なぁ。師匠だけど、ホンゴーさんの力で今からでも保護してやれねぇかな? あの人は元々そんな悪い人じゃねぇんだ。本当に尊敬していたんだよ」


 気持ちはわかる。僕はため息をつく。


「それはできません。あなたの師匠は、あの山賊団の幹部です。冒険者ギルドは、牢を騎士団に貸しているだけにすぎません。もう、手遅れなんです」


 グレイさんは酒場の席まで戻ってきて、崩れるように座る。そのまま顔を覆ってうめきだした。


「お、おいグレイ……。ホンゴーさん、グレイに何をしたんだ?」


 行って帰って来ただけなのに、思い切り雰囲気の変わってしまったグレイさんを見て、酒場で飲んでいたパーティメンバーたちが心配して立ち上がる。


「ちょっと人生について考えてもらっていました。皆さん、今日はグレイさんを慰めてあげてくださいね」


 僕はフォローをパーティーメンバーにお願いして、踵を返す。


「待ってくれ。あの山賊団、この街の冒険者出身者はいたのか?」


 立ち去ろうとした僕を、グレイさんが呼び止めてくる。


「うちの職員が、死者を含め、全員の顔を検分しましたが、知った顔はいなかったそうです」


「そうか……」


 働けなくなった冒険者を追放して排除すれば、もちろん生活保護費はかからない。しかし、排除した冒険者がそのまま野垂れ死ぬとは限らないのだ。

 今回のように、元冒険者が困窮して山賊になれば、多くの犠牲者が出る。いずれ討伐しなければならなくなるし、その際には多額の報酬と損害を覚悟せねばならない。


 僕はそうならないための仕組みとして、生活保護制度の導入をギルドマスターに提案した。最低限度の生活さえ維持できれば、斬首されるリスクを負ってまで山賊になる必要がないからだ。


 僕は二階の事務所へ向かいながら、グレイさんたちがそれを理解してくれることを祈った。

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