第12話
健司は久しぶりに帰宅した。初めて無断で外泊を繰り返した。とても長い時間が過ぎた気がする。
今日まで何ヶ所も病院を巡り検査を受けて、結果は全て同じだった。
「おかえりなさいませ健司様!今までどちらにいらしたのですか」
玄関ホールで使用人に会った。年配の、ここで長く務めている女性だ。
「誰か来てるのか?」
「ええ、お医者様が。華様が、ご懐妊されたそうで」
使用人は頭を下げてそそくさと消えていった。あの日あの場にいた使用人だ。華から逃げた健司が何者なのか、気づいているのだろう。屋敷に入る前、門の中に車が止まっていた。あれは医者の車らしい。
大階段を上がって華の部屋に向かう。ノックをしても返事がないので扉を開けた。華はベッドの上に座り込んでいた。
「華、入るぞ」
声をかけるが返事がなく、ぼんやりと空中を見つめている。近づいても反応がないので肩を叩くとやっとこちらを見た。
「健司、さん?」
やっと視線が合った。しかし華の表情は変わらず、健司の瞳を通してどこか遠くを見ている。
『ぼくがおめがになったら、けんちゃんのツガイにしてくれる?』
見上げてくる華が幼かった頃と重なる。
「俺の番になってくれるんじゃなかったのか」
華は体を震わせた。健司はじっと華の腹を見つめた。膨らんでいない。これから大きくなるのだろうか。あまり妊娠の知識のない健司にはわからない。華は何も言わず、沈黙が流れる。健司は華の腹に手を伸ばした。
「そこに、裕司の子が」
華は腹を抱えて飛び退いた。華の顔が恐怖に染まっていく。健司は怯えさせるつもりはなく、ただ本当にお腹に子供がいるのか気になっただけだった。慰めようと手を伸ばすと、華は首を振り、身を丸めて健司を拒絶した。
「いやだ、嫌…ゆうじ、たすけて」
華のか細い声に、健司は身を引いた。また幼い頃を思い出した。華は健司の番になりたいと言ってくれた。あの時、頭を撫でてから華に聞いたことがあった。
『おれでいいのか?』
『だって、ゆうちゃんあんまりあそんでくれないから』
うつむく華の反対隣にいた裕司は、驚いて華を見てから顔を反らす。
『健司と遊べよ。次の当主は、健司なんだから』
裕司はそう言うと立ち去っていく。華はずっと裕司を目で追っていた。
「そうだな。俺じゃ、なかったな」
健司は華に背を向けて、華の泣き声の響く部屋から出た。自室に戻る前に、階段を上がってきた裕司と鉢合わせる。
「帰ってたのか」
「ああ。家を空けて悪かった」
短く言葉を交わし、裕司は健司をすり抜けて華の部屋に向う。大階段を挟んで健司が立っている廊下の奥には華の寝室がある。健司がどこにいたか、裕司は気づいているのだろう。振り返り、健司は裕司に声をかけた。
「裕司。俺はベータだ」
裕司は足を止めてこちらを向いた。その顔に驚きはない。
何度検査しても、健司の第2性は変わらなかった。最後はむしろ安堵した程に。勉強も運動も最初からできたわけじゃない。必死に努力をして、なんとか今の自分を作り上げてきた。裕司は昔からなんでもできた。いつも手を抜いているだけで、本当は健司よりも能力が高い。この家の次の当主は間違いなく裕司だ。
「華が、呼んでる。行ってやってくれ」
裕司は足早に華の部屋に向かう。健司は裕司の背中を見送った。
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