05
「そうだ。ラッキーちゃんにこれをやろう」
暇を告げようとしたあたしたちに、工房から子機と引き換えに渡辺さんが持ってきてくれたのは、手のひらに納まる小さな鈍色の鈴だった。紅い組みひもで結ばれたそれは可愛らしいけれど、キーホルダーなのだろうか。
お礼を言いつつも戸惑っていることが伝わったのか、渡辺さんは得意顔で種を明かした。
「試作品なんだがな。鬼の気配を感知してリンリン鳴るという、魔法の防犯グッズだ」
「って、ナベさん。それ、僕らが持ってても何の役にも立たんやろ。熊よけの鈴やあるまいし」
「た、確かに」
こんなものがリンリンと鳴り響いたら、鬼にあたしたちの居場所を教えるようなものだ。熊よけだったらば、居場所を知らせて近寄るなというアレだから問題はないと思うけれど。
あたしたちの場合は、ある意味近寄ってもらわなければ困るわけで。というか、鬼の気配を察知してって、本当に鳴るのかな……。
「実際に持つのは、か弱い一般の皆様方に決まっておるだろうが。ここに置いておくだけでは実際に遭遇した時に鳴るかどうかわからんからな」
「ははは」
それって、つまり実験ってやつじゃ、と思ったのだけれど、さすがに言えない。
というか、術具屋で術具を買うのって、鬼狩りライセンスがなければ買えないんじゃなかったっけ。それとも、どこか違うところで一般販売をするということなのだろうか。
もし万が一、これが商品化されたとして、買う人っているのかな。いや、いるからこうして渡辺さんが考えているのか。でも、それって、なんだか。
あたしはそこでうーん、と唸った。昨今、顕著になりつつある、あたしたち人間が持つ鬼への「負」の感情が増長されるだけなんじゃないだろうか。
普段、鬼はあたしたち人間と同じ見た目をしている。だから、あたしたちは一目で鬼を鬼と感知することができない。感知することができるのは鬼がその本性を現した時で、逆に言えば、その本性を見てしまったらば、逃げることはほぼほぼ不可能だとされている。
その条件だけでいうならば、鬼を怖がるな、という理屈に無理があると思うし、渡辺さんの言うところの防犯グッズの需要もあるのかもしれない。でも。すべての鬼が人に害を成そうと思っているわけではないこともまた事実であるはずだ。あたしたちはそう教えられ育ってきた。
鬼をむやみやたらに怖がる必要はありません。
あたしたちはそれを義務教育が始まった段階で、学ぶ。
あたしたちが生まれる数十年前。「鬼」なるものが姿を現したこの世界は、幾度の戦火と調停を経て、人間と「鬼」はともに生きる道を選んだのだ。
その社会で「鬼狩り」に求められる役割は一つ。人間と「鬼」が仲良く共存していくための要となること。小学校の授業では人間と「鬼」のお巡りさん、という言い方であたしは習った。
現代史の一つとして学ぶ、「鬼」と「人間」のこれまでと、これから。
「鬼」のなかには恐ろしい凶暴性を持ち、人間を襲うものもいる。けれど、すべての「鬼」がそうではない。人間と仲良くしたいと思っている「鬼」もたくさん存在する。
だから大丈夫なのですよ、と。あたしたちは画一的に学ぶ。
一般的に、「鬼」が人間を襲う事案が発生する確率は、人間が人間を襲う事件の発生率と変わらない。当時はそう言われていた。つまり、普通に生活を送っていれば、恐ろしい事件に巻き込まれることは滅多とないのだと。
そして万が一、巻き込まれたとしても「鬼狩り」が助けてくれる。だから怖がる必要などないのだと。あたしたちは教え込まれる。
けれど、「鬼」に襲われる被害者は確実に存在するのだということを、成長していく過程であたしたちは自ずと知ることになる。
テレビのニュースで。あるいは身近な誰かが事件に巻き込まれたときに。あるいは自分自身が被害者になったときに。そして、思い知るのだ。
学校で学んだことなど、「鬼」と共生するなど、きれいごとでしかなかったということを。
……でも、だからと言って。やっぱり「鬼」のすべてが「悪」だとは思ってほしくない、ともあたしは考えているのだけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます