第86話 御嬢様、出来る事を探す
馬よりも速く、風よりも速く、ガヌゥラは疾走する。
目的は斎火の王の進路上にある街への避難勧告。パーファシール王国は最後の通告場所。パーファシールの先には海しか無く、その先の大陸までとなるとガヌゥラの脚でも無理がある。
パーファシール王国への通告を最後に、いったん皆の元へと戻る予定だった。
「これは……」
表情の乏しいガヌゥラが、脚を止めて愕然とした様子で王都を見つめる。
王都に群がるのは数多の蟲。通常の魔物の氾濫では考えられない程、異常な程の大群。
強力な結界が作動しているのは目に見えており、触れた物全てを弾き飛ばしている。
恐らく、区別無く、全ての物が弾かれるだろう。
「これでは、通告、不可能」
ガヌゥラの言葉に、プロクスがきゅるると鳴く。
まさか、こんな惨事に見舞われているとは思っていなかった。斎火の王の進行状況は分からないけれど、止まる事が無ければ必ず辿り着いてしまう。
「どうすれば……」
思考を巡らせるガヌゥラ。しかし、ガヌゥラの
「……そうだ。戻って、窮地を報告」
思い立ったが即行動。ガヌゥラの動きに迷いはない。
即座に引き返し、ガヌゥラは走る。
目的は、ガヌゥラの遥か後方を歩く合同遠征の一行である。
この窮地を、彼等は知らない。何の準備も無しに来ては、混乱を招くだけだ。
ガヌゥラは目的を果たせない。であれば、パーファシールの窮地に少しでも助太刀する。それが彼女の至上命令。誰から与えられたかのかも分からない、最初で最後の命令。
ガヌゥラは
〇 〇 〇
子供達への読み聞かせが不評だったミファエルは、自分に何が出来るのかを考えていた。
しかして、出来る事と言えば勉強だけ。緊急事態に何も出来ない頭でっかち。それが、今のミファエルだ。
学院中を練り歩いて、自分に出来そうな事を探して回るも、何処も人手は足りているか、自分では出来ない事ばかり。
こんな時に、何も出来ない自分の無力さを思い知らされる。
とはいえ、それはミファエルに限った話ではない。貴族の子息子女は世話はされても、世話をした事が無い者が大半だ。
大半の者は部屋でじっと大人しく過ごしており、ミファエルのように仕事を探している者の方が少ない。
加えて、学院には教師も含めて優秀な者ばかり。上級生もミファエルよりも経験や知識に富んでいるために出来る事が多い。
長く生き、長く学んでいる。自分に出来ない事が出来ても当たり前なのだ。
けれど、それは今のミファエルには関係の無い話だ。
誰が何をしているではない。自分に何が出来るのかを探しているのだ。
「はぁ……」
ひとしきり歩いて自分に出来る事が無いと分かり、ミファエルは
フランでさえ子供達をあやすという事が出来ているのに、自分には何一つ出来ない。その事実も、ミファエルの気落ちの理由である。
とはいえ、フランはあれでミファエルよりもずっと年上だ。何せ、妖精なのだから。
「はぁ……」
もう一つ、ミファエルは溜息を吐いた。
その時、遠くから声をかけられた。
「おあっ! 居た居た!! おーい! アリアステルさーん!!」
「え?」
聞き覚えの無い声が自身を呼び、顔を上げて声の方を見やる。
そこには、王国の紋章が刺繍された
一度だけ、過去に会った事がある彼は、筆頭宮廷魔法師のマギアス・テスタロッサだ。
ミファエルは長椅子から立ち上がり、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。
「お久しぶりです、テスタロッサ様」
「うん、久し振り! 元気そうで何より……って、感じでもなさそう?」
「……ええ、まぁ……」
マギアスの言葉に、ミファエルは苦笑を浮かべる。
一目見て言われるのだから、自分はそんなに分かりやすく気落ちしているに違いない。
「それで、私に何か御用ですか?」
「そうだね。単刀直入に言わせてもらうけれど、君の護衛の力を借りたいんだ!」
マギアスの言葉に、ミファエルは申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ございません。私の護衛は、私の守護以外を受け付けないようです……」
「それはそうかもしれないけど、お願い! ちょっと外に出てちょっと用事を済ませて来ればいいだけなんだ!」
「……恐らく、無理です。何故だか、一時的にでも護衛を解く気は無いようで……」
「じゃあ、その間はボクがアリアステルさんの護衛になろう! 筆頭宮廷魔法師なら役不足という事は無いだろう?」
「……ルーナ」
ミファエルが声をかけて直ぐ、何処からともなく一枚の紙片が落ちてくる。
嫌な予感を覚えながらも、ミファエルは落ちてくる紙片を手で受け止めてルーナからの伝言を見やる。
紙片にはただ一言、『断る』とだけ記されていた。
ミファエルは申し訳なさそうにしながら、紙片をマギアスに見せる。
紙片を見たマギアスは困ったような顔をする。
そんなマギアスを見て、ミファエルは再度頭を下げる。
「本当に、申し訳ございません……」
本来であれば、全員一丸となって戦うべき場面だ。今は、誰もが手を取り合って、状況を打開する事こそが最善。協力を拒むなど、王国民であれば許されるはずが無い。
確かに、ルーナはただの護衛。騎士でも無ければ兵士でも無いうえに、その出自は孤児。そのまま育ったとしても愛国心など芽生えるはずも無いだろう。故郷は、自分にとっての落ち着く場所では無く、日々を生きていくのに精一杯の苦渋の地なのだから。
仲間内だけで生き残れれば良い。月影としての記憶を
ルーナは傭兵のようなもの。ミファエルを護るというこれ
「ああ、いや、気にしないで……なんて、お互い、立場的に難しいよね」
言って、マギアスは笑う。
ミファエルは公爵令嬢として、それ以前に人として、手を貸したいと思っている。幸いな事に、未だ人的被害は出ていないけれど、いつ何が起こってもおかしくは無い。
ルーナの力がそんなもしもを予防できるのであれば、その力を貸したいとミファエルは思う。
けれど、それだってミファエルの我が儘だ。その力はルーナのものであって、ミファエルのものでは無いのだから。
肩を落とすミファエルを見て、マギアスは優しい笑みを浮かべる。
「ボクも立場的には君に協力をしてほしいとは思うよ。ただ、君だけにそれを強いるのも違うというのも分かっているさ。何せ、他の子息子女の諸君は護衛を付けて部屋で待機してる子が殆どだからね。君だけ協力してくれ、なんて言える訳も無いさ。今だって、何が出来るかを探してくれている。部屋にいないで、此処に居るって事は、そう言う事なんだろう?」
「……探しているだけです。何も、していません……」
自分に出来る事なんて、何も見つからない。ただ探しているだけでは、何もしていないのと変わらない。
「その気があるってだけで充分さ。まぁ、今回は諦めるとしよう。幸い、他に打つ手が無い訳じゃない。最善より劣る手段だけど……まぁ、この際仕方が無いね」
「本当に、申し訳ございません……」
「謝らないで良いよ。アリアステルさんは悪く無いんだからさ。それじゃあ、ボクはもう行くね。最善じゃ無くとも善は善。善は急げとも、偉い人が言っていたからね」
言いながら、マギアスは呑気に手を振ってミファエルの元を後にする。
そんなマギアスの背中を、ミファエルは申し訳なさそうに見送った。
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