第78話 料理、それぞれ
お昼ご飯を食べている間、ピュスティスは幸せそうな顔をしていた。
「この魚の
はわわぁと幸せそうな表情を浮かべるピュスティス。
騎士達も彼女に合わせて東の国の料理を食べているけれど、皆満足そうな顔をしている。
お口に合ったようで良かったです。とは思うけれど、それはこの料理を作った料理人が言うべき言葉だろう。
「ご満足いただけたようで何よりです。ピュスティス様の笑顔を見れば、料理人もきっと喜びます」
「え、えへへ……ちょっと、恥ずかしいですぅ」
ミファエルの言葉に、ピュスティスは照れたように笑う。
そんな中、カインドだけは黙々と料理を食べている。
その表情は少しも動く事が無く、満足しているのか物足りないのかが分からない。
ピュスティスや騎士達の表情は良く動くのに対して、カインドの表情だけは殆ど変わらない。変わったとして、眉が動くか否かくらいだ。
ただ、食事の手は止まる事が無い。何処で練習をしたのか、器用に
かく言うミファエルも、箸は使っていない。流石にそこまでの練習はしていなかった。
食通なのか、真面目なのか。カインドの場合は、後者のような気がする。
ピュスティスは頬に手を当てて幸せそうに吐息をこぼした。
「おいしいです~」
「いやくっそまずい……」
シーザーは地べたに座り、項垂れながら心の底からそうこぼした。
そんなシーザーにスノウはむっと不満そうな表情を浮かべる。
「じゃあ食べなくて結構よ」
「そーよ! 別にあんたのために作ったんじゃ無いんだから!」
シーザーの言葉に、スノウとエンジュが抗議する。
今日のお昼の担当はスノウとエンジュだった。女の子だから料理上手いだろうな、なんて適当に思っていたシーザーだけれど、実物を食べてみたら酷かった。
食べられない程じゃ無いけれど、美味しいとは絶対に言えない。
エンジュのツンデレじみた発言に答える元気も無い。
「いや食うけど……お前等、俺より料理下手なんじゃないのか?」
「そんな事無いわ!」
「そうよ! あんたの料理の方が下手だったわよ!」
言って、二人は自分の作った料理を食べる。
が、自信満々に言ったにも関わらず、二人の表情は徐々に曇っていく。
「…………貴方、私達の料理に何か入れた?」
「入れるか! 自分でも食うんだぞこれ!?」
「で、でも! じゃあなんでこんなに不味いのよ! 誰かが何か入れたとしか思えないわ!」
「お前等の素の実力だわ! どシンプルにお前らがくそ
「嘘よ! エンジュはともかく、私の料理がこんなに不味い訳が無いわ!」
「はぁ!? 私はともかくって何よ! スノウなんて、実家じゃ包丁だって握らせて貰えなかったじゃない!」
「それはエンジュもでしょう!」
ぎゃーぎゃーと姦しく言い合いをする二人を尻目に、ドッペルゲンガーは自分の器に入っているスープを鍋に戻してから調味料などで味を整えようとする。
ドッペルゲンガーは一日目のお昼担当だったけれど、複写した相手が良かったからか、料理を失敗する事は無かった。特別美味しいという訳でも無かったけれど。
「おお、シェフカゲちゃん。味を整えてくれたまえ」
「ウチらに至高の料理を……」
「頼んだよ、ツキカゲ」
「お、お願いしますぅ……」
まだスープに手を付けていない面々は、鍋に自分達の分を戻す。
「あ、ずりぃ! ちきしょう……一番手に食うんじゃ無かったぜ……」
言いながらも、シーザーは律義にスープを啜って、パンの味で誤魔化す。
そんなシーザーに同情しながらも、ドッペルゲンガーはシオンに訊ねる。
「実際、彼女達の料理の腕ってどれくらいなの?」
「御覧の通りだよ」
ドッペルゲンガーの言葉に、シオンは苦笑しながら答えた。
「なのになんであんなに自信満々だったんだ……」
調理前、二人は自信満々に任せろと言っていた。
スノウも居るし大丈夫だろうとドッペルゲンガーは思っていたのだけれど、まさかの両方とも駄目だとは思わなかった。
「なんであの二人でペア組ませたのさ」
「二人とも自信満々だから、料理の腕が上達したのかなーって……」
「都合の良い願望を抱いた、と?」
「まさしく」
「ちょっと! さっきから失礼過ぎない?!」
「そうよ! ちょっと料理が上手いくらいで調子に乗らないでよね!」
言い合いを止めて、矛先をドッペルゲンガーとシオンに向ける二人。
「相棒の料理の腕は良いぞー。紅茶淹れるのも上手いし」
苦い顔をしながらシーザーが言う。
まだ味の変更をしていないので、どれほどまでなのかと参考までにおたまで掬って味見をする。
「……苦い」
そのままおたまを戻し、味を付ける前に二人に幾つか質問をする。
「二人とも、野草入れてたよね? どれ入れたの?」
「これよ」
言って、スノウは余った食材を手に持って見せる。それで合点が行った。
ドッペルゲンガーはスープの上に乗った泡を取り除きながら、二人に訊ねる。
「知らないとは思うけど」
「屈辱的な前置きね」
「失礼しちゃうわ」
「灰汁抜きって知ってる?」
「「あく、ぬき……?」」
二人は小首を傾げる。
「駄目だこりゃ……」
灰汁抜きを知らないのであれば苦くなっても仕方がない。
「二人が入れた野草は苦みが多いんだ。だから、灰汁抜きをしないと全体的に苦くなる」
「なるほど」
「ふむふむ」
「けど、こんなに食べられない程の苦みじゃない」
「食べられない程って言ったわね貴方」
「シーザーを見なさいよ! ちゃんと食べてるじゃない!」
「食べてるのは見えてるみたいだけど、すっごい渋い顔してるのは見えてないみたいだね」
途轍もなく渋い顔をしてスープを飲んでいるシーザー。見ていてとても不憫である。
「他に入れたのとか無いの?」
「無いわ」
「レシピ通り作ったわよ」
「じゃあなんでこんなに苦いんだ……」
調味料などで味を誤魔化すドッペルゲンガー。
「二人とも味見は?」
「「してないわ」」
「どうしてそんなに自信満々なんだ……」
何度も味を確認し、食べられる程度にまで味を整えてから配膳する。
「これなら、食べられると思うよ。毒見お願い」
「分かった」
最初に受け取ったシオンが毒見役を買って出る。
「毒見って言ったわよ今」
「シオンも分っちゃってるわよ」
じとっともの言いたげにシオンとドッペルゲンガーを見やる二人。
しかし、不味い料理を作ってしまった事に罪悪感があるのか、特に何も言ってこない。
「うん、美味い」
「なら良かった」
シオンが心底安心したように言えば、他の者も安心したように器を差し出してくる。
「これ以上ない屈辱だわ……」
「絶対見返してやるんだから……!」
めらめらと燃える二人。
「相棒、俺にもくれ……」
「分かったよ……って、シーザー、なんかやつれた?」
「相棒。人はな、本当に不味いもんを食い続けると、体調が悪くなってくらしいぜ……」
力の無い笑みで笑うシーザー。
今日は二日目。一日目の昼と夜はドッペルゲンガーが一人で作った。
今日の朝は兵士の人が作ってくれたのをいただいた。夜はまたスノウとエンジュ。
明日はアルカとシオン。明後日は双子が担当。因みに、シーザーは料理がてんで駄目らしく、他を頑張ると言って辞退。因みに、天幕の設営を他の者以上に手伝ってくれているので、誰も文句は言わない。
「因みに、皆は料理どれくらいできるの?」
「うちらの料理の腕前は下町の食堂並みよ」
「閑古鳥が鳴いてる方のな!」
ドッペルゲンガーの問いに、不安な事を言う双子。
「わ、私は、人並みです!」
「俺も下手な訳じゃないけど、ツキカゲの方が料理は上手だしなぁ」
昨日今日で信頼を獲得したのか、それともただ味を占めただけなのか。シオンの場合は後者のような気がする。
「相棒。俺が信じられるのは相棒とアルカとシオンだけだ……」
「……はぁ、分かったよ。遠征中の料理は僕とアルカとシオンで回そう。言い出しっぺだから、僕が昼と夜を担当して、二人は朝だけお願いして良いかな?」
「了解」
「が、頑張ります!」
頷く二人と対照的に、スノウとエンジュはむくれた表情をしている。
「納得いかないわ……」
「本気を出せば、もっと美味しく作れるのに……」
「そういうのはもっと上達してから言ってください」
「「むぅ……」」
言いながら、ドッペルゲンガーは二人にスープを渡す。
一口スープを飲んだ二人は、二の句を告げる事が出来なかった。
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