第56話 修行 四日目~六日目

 四日目。


 この三日間で、不本意だけれど分かった事がある。


 実力で強くなったと思っていた。才能があったから強くなれた。父親の指導が良かった。


 それら全て本当の事だろう。


 父は貴族に認められる程の実力者だ。教え方も上手く、教導役として皆に慕われているのを見た事がある。


 自分も大人に混じって一緒に訓練を受けて、一丁前に食らいついて行っていた。


 才能がある。流石ブルクハルトの息子。期待の愛息子。


 はっきり、言おう。そして、全面的に認めよう。


 自分は、甘やかされていた。


 自分はいつだって、誰かから何かを教わるだけだった。


 教わる事は間違いでは無い。けれど、それは自分で模索する道を進まないという事だ。


 誰かに与えられたものを待っているだけだという事だ。


 そんなものを待つくらいなら、自分で相手から盗んだ方が早い。


「ぶっ飛べ!!」


 風魔法で吹き飛ばす。


 荒々しくも剣と魔法は研ぎ澄まされる。


 最早騎士がして良い表情と言葉遣いをしていないけれど、それほどまで切羽詰まっているのだ。


「切り裂け!!」


 風魔法で魔物を切り裂く。


 今までは受け身だったオーウェンだけれど、こうも戦い詰めであれば攻勢への出方も分かるというものだ。


 十メートル先も分からない視界不良の中、オーウェンは正確に魔物の方へと肉薄する。


 斬り捨て、剣が折れれば落ちている武器を使って戦う。


 魔法はまだまだ荒々しいけれど、十分実戦レベルには上がっている。


「おい! 踏み込みが甘い! あと力み過ぎだ! そんなんだからすぐに剣が折れるんだ!!」


「あー、もっと魔力早く集めなよー。発動する時も雑だから魔力が散っちゃって威力減衰してるよー? 分かんないかなー」


 女鬼も悪魔も戦いながらくどくどくどくど指摘をしてくる。


 その度に修正するけれど、あれが違うこれが違うとくどくどくどくど指摘をしてくる。


 二人ともルーナをぶっ飛ばすと言う意見には賛成しているので、そのためにオーウェンに対して本気で指導をしているのだ。二人は百鬼夜行の所有者であるルーナには制約のせいで攻撃できない。自分の代わりにオーウェンに何としてでも殴ってもらいたいのだ。


 額に青筋を浮かべながら、オーウェンは剣を振るい魔法を放つ。


 暫く戦うと、魔物が襲ってこなくなったので、休む事にした。


 休んでいる間もくどくどくどくど言われたけれど、オーウェンは水を飲みながらそれを聞いていた。


 今日はいつもより長く休むことが出来た。


 五日目。


 今までの魔物は質より量と言った感じだった。


 それが一変。数体だけ魔物が現れた。


 人型をした腕が丸々武器のように物騒な形をした魔物。


 奇声を上げながら、魔物はもの凄い速度でオーウェンに肉薄する。


「――ッ!!」


 今までの魔物等比ではない程の速さ。


 けれど、まったく対応できない訳では無い。


「ぐぅ……ッ!?」


 剣で受けた直後、身体全体に衝撃が走る。


「お、も……過ぎる……ッ!!」


 剣が軋む音を聞いた直後、オーウェンは剣を逸らして相手の攻撃を逸らす。


 馬鹿正直に受けていたら身体が持たない。今ので手の骨に罅が入った。


「回復」


「りょ。回復ビームっ。きゅるるんっ」


 イラっとするオノマトペを使う悪魔を無視し、オーウェンは自身の前に立つ魔物を見据える。


 肉感のある身体をしている訳では無いけれど、その膂力はオーウェンの想像以上だ。


 攻撃の速度も早ければ、一撃一撃が重いと来た。


 武器は今ので壊れる一歩手前。上手く受け流さなければ勢いそのまま一刀両断される事だろう。


 幸い技がある訳では無い。三日前の自分であれば対処できなかった自信があるけれど、今の自分であれば冷静に対処すれば裁けない速度では無い。


「来い」


 オーウェンの言葉に反応した訳では無いだろう。


 けれど、魔物はまたしても奇声を上げながらオーウェンに肉薄する。


 高速で振り下ろされる武器のような腕を、オーウェンは衝撃の瞬間に受け流すようにして剣を傾ける。


 魔物の腕は見事に刃先だけをなぞる。


 即座に反対側の腕で攻撃を仕掛けてくるも、それも上手く受け流す。


 一度目で上手く出来ないようであれば即座に魔法で吹き飛ばす算段だったけれど、一度目で上手く出来たのであればそれを自分が何処まで連続させられるのかを試したくなる。


 何度も腕を振るう魔物。しかし、その全てを縦横無尽に受け流すオーウェン。


 魔物の息が上がり始めた頃、オーウェンはすかさず魔法を放つ。


「切り裂け」


 風の刃が魔物を両断する。


「……こんなものか」


「一体倒しただけで何気取ってんだタコ助!! お前が呑気に一体相手してる間に儂は全部片づけてんだぞ!!」


「うぐっ!?」


 怒鳴りながら女鬼はオーウェンの頭に拳骨を落とす。


「な、殴る事無いだろ!!」


「斬られねぇだけありがたいと思いな!!」


「回復ビーム」


「怪我してねぇ奴に回復なんざ使うん必要はない!!」


「お前の拳骨が今日一番の負傷だ!!」


 わーぎゃー喧しく騒ぐ三人。実質、オーウェンと女鬼の二人だけだけれど。


 そんな調子で、ぞろぞろやってくる腕が物騒な魔物を倒し続けた。


 六日目。


「魔物の氾濫が六日間続いている気分だ……」


 目の下に盛大に隈をこさえたオーウェンは、そんな事をポツリと呟く。


「ふふっ、もう一人で魔物の氾濫を抑えられるかもしれないな……」


「はぁ? 儂らも居る事忘れんな、タコ助」


「痴呆かぁ?」


「煩い現実逃避ぐらいさせろ」


 喋りながらも、先程から三人の動きは止まっていない。


 初日から戦っている魔物に加え、昨日から戦っている人型の魔物が同時に現れたのだ。


 接近戦だけだったのだけれど、人型の魔物の中には飛び道具を使う者も現れた。


 亀の甲羅が逆さまになったような魔物の背中に、山のように矢が積まれている。片手が弓のようになった魔物がその矢を使って延々狙って来るのだ。


 現実逃避との一つや二つしたくなるというものだ。まぁ、実戦で現実逃避など命とりだけれど、本当に現実逃避をしている訳では無い。


 戦闘の合間にこんな会話が出来るくらいには、オーウェンは戦闘に慣れてきていたのだ。


「もう、絶対にぶっ飛ばす。本当に、もう……」


 うわ言のように言いながら、オーウェンは剣を振るう。


 しかし、その剣は鋭く、魔法は強烈だ。


 最早決闘など頭の片隅にも無い。今は此処を生き残ってルーナをぶっ飛ばす事しか頭に無い。


 三下騎士なんぞは二の次だ。


 確かに死ぬ覚悟があるかと聞かれて頷いたのは自分だけれど、こんなに過酷なのは想像していなかった。


 確実にルーナの説明不足だ。


 誰が神話に登場する国に行くと思う? そこで壮絶な戦いを殆ど一日中繰り広げる事になると思う? 


 睡眠不足で頭は痛いし、斬られたり吹き飛ばされたりで体中痛い。


 お供の女鬼は乱暴でがさつだし、悪魔はたまに何言ってるか分からないしテンションがおかしいし、せめて癒し系の人物やまともな者をお供にしてほしかったとさえ思う。


 が、その実力に置いては両者共に本物だというのは、オーウェンも認めざるを得ない。


 女鬼の太刀筋は鋭く、疲れた様子を見せていても一度も剣を振れなくなるほどの傷を負っていない。疲れていても太刀筋は美しく、また無駄がない。


 悪魔に関しては出鱈目な詠唱で魔法を発動できている。つまり、魔法のイメージが自分の中で固まっているという事だ。それほどまで魔法を使いこなしているのは素直に尊敬に値する。


 心中では褒めちぎるけれど、実際には言ってやらない。なんだかムカつくから。


 まぁ、何よりもムカつくのは、やっぱりこの地獄に叩き落とした調本人なのだけれど。


 そんなこんなで、オーウェン達はこの場で六日間を過ごした。

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