第54話 忍び、影の王に会う

 影の国にオーウェンと女鬼、悪魔を置き去りにした後、ルーナは更に影の国の奥へと進む。


 影の国に来たのだ。国であれば、王が居て当然だ。影の国の王に挨拶をしていくのが道理だろう。


 街、と言っても影の国に住人はあまりにも少ない。此処がどうだかは知らないけれど、以前の影の国はそうだった。


「……」


 暫く歩いて、ルーナは既視感を覚える。


 見た事のある光景。見覚えがあるとか、そんな程度ではない。ルーナは一度来た場所を忘れたりはしない。確実に、以前見た光景だ。


 影の国にはそこそこ入り浸っていた。正確に言うのであれば、三年は此処で暮らしていた時期がある。だから、影の国の地形などは憶えている。


 が、それは前世の話だ。


「有り得る、か……?」


 影の国が前世とまったく同じ場所である可能性。


 無きにしも非ず。だが、ルーナは世界を跨いでいる。


 この世界の歴史を調べたけれど、ルーナの前世の国は何処にも存在しなかった。似通った文化を持った国が存在するのと、何代も前の国がルーナの知るものと同じ名前の国ではあったけれど、ルーナが過ごした国の名残は何処にもない。


「……」


 考えながらも、歩は止まらない。


 全て憶測。答えは、すぐそこに在る。であれば、考えるよりも答え合わせをした方が早い。


 半壊した家、瓦礫の山、ちかちかと光る街灯、遠くに見える大きな山に、馬車のような鉄の塊。


 先程の光景は見た事があった。けれど、今のナニカの残骸は見た事が無い。


 だからと言って、ルーナが行っていた影の国ではないとは限らない。


 影の国は残骸が詰まれる。影の国の王はそう言っていた。何の残骸なのかは知らないけれど。


 塔が落ちている。


 巨大な人型のナニカが落ちている。


 大きく様変わりはしたけれど、それでも随所に見覚えがある。


 迷わず歩を進めれば、やがていつか見た影の都が目に入った。


 影の都を、ルーナは慣れた足取りで進む。


 統一感の無い家々が並ぶ影の都は、残骸を寄り集めて作られた街。そのため、文化形態の違う家々が並んでいる。


 影の城への一本道を歩くルーナを、影の住人達は物珍しそうに見ている。


 その中には、見た事のある・・・・・・住人も居る。


 角の生えた人間。半分が鉄で出来た人間。完全に鉄で出来た犬。


 身体中に鱗の生えた人間。背の丈六メートルを超えよう複眼の巨人。


 変わらない。知らぬ人々もいるけれど、これほど雑多とした街をルーナは他に見た事が無い。


 影の城への長い階段を上がり、城門を潜れば直ぐに玉座の間。城とは名ばかりの、王のための居住空間。


「……ほう。新しい客かと思えば、其方か……」


 がっかりしたような声が響く。


 巨大な天蓋付きの寝台に横たわるのは、一人の女。


 身の丈二メートルを超える大柄。四つの目、歪な角、黒く長い髪は先の方がもやのように霞み、脚は山羊のような形をしている。


 彼女が影の国の王。名を、スキアー。


 ルーナも知っている、影の国の王。


 やはり、ルーナが一度行った事のある影の国だ。


 しかし、今は月影ではなくルーナ。二人は初対面である。


 すぐさま軽くお辞儀をして名乗りを上げる。


「お初にお目にかかる。私は――」


月影・・だろう? わらわの前に仮面は無意味じゃと、以前にも言うたと思うがのう?」


「――っ」


 流石のルーナも、これには驚愕する。


 月影。スキアーが言ったのは、偽名としての名ではなく前世の名だ。


「なんぞ小さくなりおったなぁ。まぁ良い。ほれ、久し振りの再会じゃ。もっと近う寄れ。酒でも飲みかわそうぞ」


 あの時の月影にしたのと、同じ態度。


 間違いない。スキアーはルーナが月影であると確信している。


「……何故」


「何故? ああ、其方の正体は秘密だったの。安心せい。此処を自由に出入り出来るのは其方くらいのものじゃて」


 欠けた盃に酒を注ぎ、スキアーは一気に飲み干す。


 どういう訳か、スキアーはルーナの正体を知っている。危険、ではあるけれど、スキアーは影の国の外には興味が無い。それに、今挑んでも勝てる相手ではない上に、仮に倒してしまったとしても不利益の方が大きい。


 それに、スキアーは基本的には無害な存在な上に、自分が気に入った相手しかまともに相手をしない。ルーナの事を聞かれて全て答える、なんて事はしないだろう。


 影の国に誰も入れない現状、下手に誤魔化すよりも、話を合わせる方が都合が良い。


「……今の私はルーナだ。よろしく頼む」


「ああ、はいはい。分かった分かった。ほれ、酒じゃ。飲め飲め」


 盃と酒瓶を投げ渡すスキアー。


 ルーナは受け取るけれど、口にはしない。


「長くは居られない。酒も、気持ちだけ受け取っておこう」


「なんじゃ……久しぶりの客じゃと言うに……」


 不満そうな顔を隠しもしないスキアー。


「また、改めてくる。それと、国の端に居る三人は私の連れだ。修行のために此処に連れて来た。此処には手を出さなければ、たどり着く事も出来ないと思うが……何かあればよろしく頼む」


「おう。徘徊はいかい騎士にも伝えておこう」


「頼む。七日後にまた来る」


 それだけ言うと、ルーナは即座に影の城を後にする。


「次は手土産持って来るのじゃぞ」


 ルーナの背中にそう言いながら、スキアーは酒を呷った。





 多少驚きはしたけれど、目的は成せた。


 此処で唯一の不確定要素であった徘徊騎士への対処は済んだ。


 徘徊騎士とは、影の国を徘徊し続ける騎士の事だ。目的は、影の国で生まれる魔物の殲滅。それが無理だと分かっていながらも、もう何百年も徘徊し続けている。


 徘徊騎士に出会ったから殺されるという事は無いけれど、厄介な事になるのは確かだ。


 最悪の場合、無駄な七日間を過ごす事になる。


 事前にオーウェン達が客人であり、修行中であると知っていれば、徘徊騎士も手を出さないだろう。


 ルーナは即座に影の国の端まで行くと、影の門を開いて表の世界に戻る。


 戻った先はドッペルゲンガーの部屋。


 ぐーすかといびきをかいて眠るシーザーに、呑気に本を読んでいるドッペルゲンガー。


「あら、いかがなさいました?」


「ああ。少し頼みがある」


「……なーんか嫌な予感がしますが、なんでしょう?」


「もし、オーウェンが間に合わなければお前に代理を頼みたい」


「それは、ツキカゲとしてですか? それとも、オーウェンとしてですか?」


「体裁が良いのはオーウェンとしてだが、その後の実力と齟齬が出る可能性もある」


 オーウェンの姿形を似せて、実力をドッペルゲンガー本来のものにすれば騎士に勝つ事は出来る。それだけの実力と自負がドッペルゲンガーには在る。


 だが、実際のオーウェンの実力が伴っていなければ後々面倒な事になるのは目に見えている。


「ある程度なら寄せられますよ?」


「いや、間に合わなければツキカゲとして頼む。オーウェンは不名誉を被る事になるが、それは奴の実力不足だ。甘んじて受け入れるだろう」


「主殿の無茶振りのような気もしますけどね……」


「無理でも無茶でも、やらねばならぬ。それに、本当に無理な者には無茶を強いたりはしない」


「……まぁ、確かにオーウェンは潜在能力高めですよね。順当に育てれば一流になる騎士ですよ、あの子」


「そうだな。ともかく、主とお前は奇妙だが縁を持った。優等生であるお前が主を不憫に思って代理を申し出ても不自然ではあるまい」


「僕は騎士じゃ無いですけど、大丈夫ですかね?」


「騎士科は兵士科を下に見る風潮がある。それに、正しい産まれでは無い主にはぴったりだと考えるだろう」


「なるほど。個人的にはオーウェンが来てくれることを願いますが……ダメそうなら僕がやりますよ。圧勝して良いんですか?」


「いや、程々で頼む」


「了解です。ほどほどに頑張りますよ」


 話は終わったとばかりに、ドッペルゲンガーは読んでいた本に視線を戻す。


 読んでいるのは巷で流行りの恋愛小説。学院の図書館で貸し出しができ、ドッペルゲンガーは好んでそういうのを読んでいる。


「お前は……他のと違って楽しそうだな」


「まぁ、僕はプライドとか無いんでね。百鬼夜行に加わったのも、それはそれで良いかと思ってるんですよ」


「そうか」


 百鬼夜行は強制的に服従させられた者が列に加わる。


 ドッペルゲンガーもその内の一体である。また、魔物というけれど、百鬼夜行の中には魔物では無い者も存在している。


 女鬼が良い例だろう。だからと言って、彼女が善性を持った存在かと言われれば、そうではないけれど。


「定期的に報告はする。準備は進めておいてくれ」


「了解です」


 ドッペルゲンガーの返事を聞き、ルーナは影の中に潜った。


「あちらは、上手くやれていると良いが……まぁ、大丈夫だろう」


 オーウェンの実力を加味すれば、あの程度であれば生き残れるはずだ。


 無理はさせるが、無謀をさせたつもりは無いのだから。

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