第51話 代理決闘

「お前達、公共の場である学食で騒がしいぞ」


「――っ! これは、アイザック殿下」


「失礼いたしましたわ。アイザック殿下」


 アイザックが騒ぎに割って入れば、一瞬タルケンが嫌そうな顔をするけれど、特に気に留めた様子も無くアイザックはこれ見よがしに溜息を吐く。


「礼節も行儀も無く言い争うなど、貴族としてあるまじき行為だ。両者とも猛省した方が良いのではないか?」


「はい、申し訳ありません」


 アイザックの言葉に、ナナリーは静かに謝意を示す。


 だが、タルケンはその言葉を素直に受け入れない。


「場所を弁えず言い争いをしていたのは申し訳ありません。ですが、彼女……ミファエル・アリアステルの処遇については即刻決定させていただきたい」


「その話は聞こえていた。退学だと? 馬鹿を言うな。仮に彼女がそういう生まれだとして、アリアステル公爵が正式に自分の娘として育てているんだ。他人がどうこう口を出す問題ではない」


「ですが不貞の子である以上、彼女は貴族とは呼べません。ワインに泥が入ればそれは最早泥なのです」


「酒も嗜まない歳でよく言う。それはともかくとして、今の平民を下に見る様な発言は王族として聞き捨てならないな」


「事実でしょう?」


「撤回しろ。彼等と私達ではスタートと環境が違うだけだ。ちゃんとした教育を受ければ、化ける才能を持った原石達だ。それを分からずして、何が貴族か。ふんぞり返るだけが貴族の仕事だと思っているのであれば大間違いも良い所だ」


 苛立ち交じりの声音。アイザックから発せられる子供とは思えぬ圧に、思わずタルケンはたじろぐ。


 が、タルケンもまた学院で経験を重ねてきた身。直ぐに立て直し、平静を装う。


「……殿下のお考えはどうあれ、私は彼女を貴族とは認めません」


「それは個人の自由だ。私がとやかく言う事ではない。好きにすると良い。だが彼女に退学を迫るのはまた別だ。それは個人の思想を大きく逸脱している」


「……ではこうしましょう。私はミファエル・アリアステルに代理決闘を申し込みます」


 タルケンの言葉に、食堂内がざわつく。


 ざわつきの理由が分からないのか、シーザーは呑気な顔でドッペルゲンガーに問う。


「なぁ、相棒。代理決闘ってなんだ?」


「読んで字のごとくだよ。代理人を立てた決闘の事。本人同士が戦わないで、自分に仕える騎士に戦わせるんだ」


「へぇ。つまり、あの御嬢さんは後ろに控えてる騎士で……あの御坊っちゃんはあん中の誰かか?」


「そうとも限らない。騎士とは決まっているが、生徒と決まっている訳では無いからな」


 シーザーの疑問に答えたのはドッペルゲンガーではない。ドッペルゲンガーよりも低く厳めしい声は、彼等の背後から聞こえて来た。


 皆が視線をやれば、そこには綺麗な長身の美少年が立っていた。どことなく、レイラットに似ている面持ちであり、レイラットよりも少し大人びて見える。


「まぁ、ミファエルの場合はオーウェンになるだろうがね。あの子にオーウェン以外の騎士はいないから」


 言って、少年はルーナ達に視線をやるとにこりと微笑む。


「すまないね。不躾に会話に割って入ってしまった」


「いえ……」


「貴族派は神経質な者が多い。御坊っちゃん、御嬢ちゃんなどとは呼ばない方が良いだろう。そこは、気を付けた方が良い」


「あ、すんません……」


 少年の忠告に、シーザーがバツが悪そうに謝る。


 だが、少年は特に気にした様子も無く笑みを浮かべる。


「兄様、そろそろ」


「ああ、分かってるよ。まったく、レイにはほとほと呆れるよ……」


 少し疲れたように笑いながら、少年は騒ぎの方へと向かった。


 少年の背後に控えていた少女はドッペルゲンガー達に軽く会釈をした後、少年の後に続いた。


「ひぇ……えれぇ美形だなぁ……」


「だねぇ」


「つ、ツキカゲさんも負けてませんよ!」


「アルカ、そのフォローは逆に傷付くよ……」


「アルちゃん追い打ち上手いねぇ」


「巧妙な追撃」


「あ、あぅぅ……そう言う訳じゃ……」


 五人がわちゃわちゃと話している内に、少年達は騒ぎに加わっていた。


「失礼するよ。アイザック殿下、お久しぶりでございます」


「おお、ガルシア殿。久しいな。壮健そうで何よりだ」


 少年――ガルシア・アリアステルの登場で場の空気が変わる。


 ガルシア・アリアステル。当代きっての天才であり、既に父親の仕事を手伝い、国の運営に尽力している誉れ高き生徒。


 その優し気な雰囲気や、誰に対しても平等に接する姿勢に好感を持つ平民は少なくない。また、憧れの対象にもなっている。


 彼の後ろに控えるのがスピカ・アリアステル。彼女は魔法科に所属しており、日夜魔法の研究に没頭している。その美貌もあいまって、魔法科では高い人気を誇っている。


 両名とも、ミファエルの腹違いの兄姉である。


「殿下こそ、お噂はかねがね。また騎士をのしたとかお聞きしましたが?」


「のしてなどいない。精々尻餅付かせた程度さ。最近の騎士はどうにもたるんでいるのでな」


 それもそれでどうなんだ。とは、この場に居る全員が思う。


「ところで、これは何の騒ぎでしょう? 見たところ、私の末妹が関係しているようですが……」


 ガルシアがミファエルの方を見やれば、ミファエルはびくりと肩を震わせる。


「どうもこうも、彼女が不貞の子だとか、貴族では無いとか、はたまた代理決闘をしろだとか……」


「なるほど……」


 ちらりとガルシアはタルケンの方を見やる。


「我が家の家庭事情に首を突っ込んでほしくは無いが……まぁ、こう言ってしまっている時点で答えは出ているようなものだな」


「で、では認めるのですな? ガルシア殿」


「お好きに解釈すると良い。代理決闘も好きにすると良い。これ以上騒ぎ立てられては面倒だ。それで解決となるのであれば私は一向に構わない」


 薄く笑みを浮かべながら冷たい言葉を吐くガルシア。


「良いのか?」


「良いも何も、これは当人同士の問題でしょう? 私は確認のために様子を見に来ただけですからね。ミファ、お前はどうしたい? 代理決闘、受けないのであればそれで良い。だが、兄として一つ助言をするのであれば、受けておいた方が良いと思うな」


「兄様っ!」


「スピカは口を挟むな」


 代理決闘を受けるという事は即ち、ミファの退学を意味する。何故なら、向こうは一人前の騎士を用意するからだ。実戦経験豊富な腕の確かな騎士を前に、ミファエルが用意できる騎士はオーウェンのみだ。騎士顔負けとは言え本職にはまだまだ劣る。


「どうする、ミファ?」


 優しく、けれど逃がさないとばかりの声音に、その場で聞いている者全員も思わず力んでしまう。


「わ、私は……」


 ミファエルは視線を彷徨わせる。それはルーナを探しての事だけれど、この場にルーナはいない。


 不安が、心に広がる。


『大丈夫だ、受けると良い』


 その直後、謎の声が聞こえて来た。


「――ッ!?」


 その声はミファエルだけではなく、その場に居た全員に聞こえて来た。


 男とも、女ともつかない声。


 魔法の兆しは無かった。


「――っ。ルーナ!」


「げぇっ……!」


 ミファエルの言葉に、思わずオーウェンが嫌そうに顔を歪める。


 先程までの怯え切った表情が晴れやかになり、一瞬で笑みを浮かべるミファエル。その様変わりように、他の者は思わず面食らう。


「分かりました。代理決闘、謹んでお受けいたします」


 そして、即座に代理決闘を受け入れる。


「ま、待てミファエル嬢! そんな易々と受けて良いのか? それにさっきの声はなんなのだ!?」


「はい。ルーナが受けろと言ったので大丈夫でしょう。ルーナは私を裏切りませんから」


 にこにこと嬉しそうに笑うミファエル。


「ミファ、ルーナとはいったい誰なんだい?」


 戸惑った様子でガルシアが訊ねれば、ミファエルの代わりにオーウェンが答える。


「僭越ながら私がお答えいたします、ガルシア様。ルーナとは、ミファエル様の護衛です」


 ルーナの紹介を取られてむくれたような表情をするミファエル。


 しかし、こうなった時にルーナからオーウェンが対処をするように言われているのだ。


 そして、ほんの少しの情報を開示しろとも言われている。


「護衛? 学院に護衛は入れないはずでは……」


「それが、入ってるかどうかも分からない奴でして……もはや、人間かどうかも怪しいですし」


 疲れ切った表情を浮かべるオーウェン。しかし、先程までの緊張は何処へやら。少しだけ安堵したように表情が柔らかい。


「と、ともかく! ミファエル・アリアステル! 代理決闘を受けるのだな?」


「はい。受けます」


「では、日程は七日後だ。貴様が負ければ退学。私が負ければ謝罪しよう」


「待て。条件が釣り合ってないぞ」


「いえ、大丈夫です。その条件でお受けいたします」


 先程までの弱々しい態度から一変し、凛とした佇まいをするミファエルにたじろぐも、タルケンはふんっと鼻を一つ鳴らした。


「精々、良い騎士・・を選ぶんだな」


 負け惜しみのように言い放ち、タルケンはその場を後にする。


 安心しきった表情のミファエルはまだ気付いていない。


 選ぶ対象が騎士である事。ルーナは騎士ではなく忍びである事を。


 また、オーウェンも山を乗り切った事で安堵し、自分がこれからどんな目に遭うのかも、考えていなかった。

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