第41話 忍び、入学……する? 9
体感で二分程が経過した。しかし、アステルに有効打を与える事は出来ていない。
ドッペルゲンガーであれば、制限無しで本気で挑めば勝てないにしろ有効打を与える事は出来るだろう。けれど、それはよろしくは無い。
優秀さはひた隠せ。己の強さを誤魔化せ。その上で、傷痕を残せ。
少しだけ印象に残るような、派手さは無くとも一目置かれるような、そんな活躍を見せなければいけない。
ドッペルゲンガーはポルルを見る。そして、ポルルにしか見えない位置でナイフを二回打ち付ける。
「――っ! らじゃらじゃ!」
にひっと笑って、ポルルは矢を
ポルルの準備が整ったところで、ドッペルゲンガーは攻め込む。
先程と変わらない攻勢。そこに
アステルは少しだけがっかりしながらも、試験であるがゆえにそれもまた良しと考える。
ドッペルゲンガーの大振りな攻撃を、アステルはしっかりと木剣で防ぐ。その間にも、シーザーとペルルが攻撃を仕掛けるも、それすらも対処して見せる。
三人ごった返せば弓を使っているポルルは何も出来ないだろう。アルカも補助魔法しか使う事が出来ない。
こんなものかと、アステルは納得する。
筋は良い方だ。けれど、先程戦ったシオンよりは劣る。
常識外れの速度も無ければ、目を見張る中級魔法も使ってこない。
中の上。合格は出来るだろうけれど、特別目をかける程ではない。
一人二人は面白そうな奴が居るかとも思ったけれど、結局シオン一人だった。他の者は手を合わせないでも分かる。子供であるから仕方無いのだけれど、皆中の下。
まぁ、学院に通っている間に成長する者も居る。スタートが皆同じ位置なだけだ。そこからの成長に期待しよう。
とは思うが、仕事で手を抜いたしない。剣を使うのであればなおさらである。
気は抜けていない。一挙手一投足も見逃さない。はずだった。
果敢に攻撃を仕掛けながら、ドッペルゲンガーが頭をずらす。
「――ッ!?」
ドッペルゲンガーが頭をずらした直後に、ドッペルゲンガーの頭があった場所から矢が迫る。
完全に予想外の攻撃に面食らうアステル。殺気も、視線も、全て知覚できていたはずだ。
誰が何処を狙っているかなんて、今更間違うはずがない。特に、子供は正直だ。
そこで、アステルは気付く。
この矢はアステルを狙っていない。狙っていたのは、ドッペルゲンガーの頭だ。
試験が始まる前に、ドッペルゲンガーはポルルにこう耳打ちをした。
『ポルル。僕がポルルの射線に被ったら構わず射って良いよ』
『ほ? 良いのー?』
『うん。その代わり、総兵団長じゃなくて僕の頭を狙ってね。総兵団長にもなれば、自分に向く意識は全部把握してるはずだから。僕と総兵団長が被ってる時なら、僕が避けた矢が当たるはずだ』
ドッペルゲンガーの言葉を聞いた時、ポルルはぽかーんと口を開けてしまった。
それはそうだろう。自分に当てないでというなら分かるけれど、自分を狙えだなんて言われるとは思わなかった。
しかし、なるほど。総兵団長様相手に正攻法では勝ち目がない事は、ポルルも分かっている。見せつけるのはシオンのように圧倒的な実力ではなく、戦場で細やかに利く機転と工夫。
が、これはドッペルゲンガーが一切ポルルの方を気にしないでポルルの矢を避ける事が出来るかどうかが重要になってくる。失敗すれば、ドッペルゲンガーもポルルも減点対象になるだろう。
だが、だからこそ、面白い。そうでなくては、楽しくない。
悪い笑みを浮かべ、ポルルはドッペルゲンガーを見やった。
そらぁ、こんな戦い方が出来るなんて思っていなかった。
皆の顔色窺って仲良しこよしで試験を受けるなんて御免だ。譲り合いで勝ったって嬉しくない。いつだって、自分の一矢で決めてやりたい。
だから、多少の
「ふっ、なるほど考えたな」
迫る矢は一寸違わずアステルの心臓を目掛けている。
木剣は抑えられている。いやらしい事に、アステルの利き腕を完全に抑えようとドッペルゲンガーの立ち位置は右側。そして、剣はドッペルゲンガーの対応の最中。同時に迫るシーザーとペルル。
本気になれば全て止める事も出来よう。だが、
その考えの元、試験である程度の実力で留めようと決めたのは他ならぬ自分だ。そこから先を出すのは、大人げない上に情けない。
例外として、シオンの中級魔法は少し本気になった。地形が崩れるのもそうだけれど、他の者に被害が出てしまう可能性があったからだ。大人げないよりまず他の者の安全が最優先だ。
ともあれ、合格点には達した攻撃。甘んじて受け入れよう。
「御見事」
にやりと笑って、アステルは矢を避けるように
一撃も与える事は出来なかったけれど、アステルを動かしたという事実さえあれば、合格点だ。
残っているのは後数秒。数秒で出来る事など高が知れて――
「はぁーあ。ツキカゲの一人勝ちかぁ……」
何? と思う間も無くアステルの肩にこつんっと軽い衝撃。
見やれば、矢が自分の肩に当たって地面に落ちるところだった。
それは、時間切れの一秒前の出来事。
「――っ!?」
素直に、驚愕した。
矢なんて何処から?
アステルからは見えなかったけれど、離れた位置で見ていた者にはドッペルゲンガーとポルルが何をしたのかが見えた。
ドッペルゲンガーがポルルの射った矢を躱した時、実は二本目の矢がルーナに迫っていた。
ポルルは高速で二本の矢を射っていた。
一本はドッペルゲンガーの後頭部を狙って。一本はドッペルゲンガーの身体を狙って。
視線の位置的にドッペルゲンガーの頭から来た矢の方に注意が行くと思ったから、注意の外から来るもう一本を射っていたのだ。
が、ドッペルゲンガーはポルルの想像を超えていた。
ドッペルゲンガーは頭をずらすと同時に、自然な動作で胴体に射られた矢をナイフで上空へと弾いていた。
そして、弾かれた矢は寸分違わず数歩下がったアステルの肩に当たったのだ。それも、アステルの利き腕である右肩にだ。
ポルルの予定外の攻撃にも対応し、背後から迫る矢に臆する事も無く成し遂げたその胆力と技術力。
倒すではなく、当てる動かすに焦点を置いた戦い。実戦では
本気の本気であれば、アステルは全ての攻撃を防ぎ避ける事が出来ただろう。
しかし、アステルにとっては格下との相手。そして、必要以上に出さない力と、想像の域を出ないであろうという先入観があった。
その隙を突いた。たった一度しか使えない
入学試験に合格するには、そのたった一度の搦手で充分だった。
その全てを理解したアステルは納得したと同時に感嘆した。実力こそ足りないけれど、機転だけて言えば、ドッペルゲンガーはこの場にいる誰よりも優秀だと言える。
そして、戦場での先読みもまた優れている。アステルが数歩下がれば全て回避できる事を知っていて、そこに矢を導いたのだ。
「こりゃ、文句無しの合格だな」
興奮したようにドッペルゲンガーの周りに集まる四人。
凄い凄いと興奮したように言い、ポルルは悔しそうにしながらも笑っている。
個々人の実力も申し分ない。何より、全員が挑戦的だった。その向こう見ずさが、アステルにはとても好印象だった。
「面白い奴だな、お前」
そう思った。が、声には出していない。この言葉は、アステルのものではない。
声の方を見やれば、そこには美しい金の髪を緩く三つ編みにした少年――パーファシール王国第二王子アイザック・パーファシールが居た。
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