第22話

 気づけば書庫で寝ていたようで、起き上がると腹の上に白蛇が乗っていた。

 いつの間に乗っていたのだと首を掴む。

 起きた優子を確認するように見上げると、火でも噴きそうな赤い色を帯びた顔で瞳を潤ませていた。

 ぎょっとし、慌てて優子の目元を舌でちろちろ舐める。

 優子は白蛇の尾を掴み「うわあああああ」と叫びながら壁に叩きつけた。

 我に返った優子は白蛇を離し、膝を抱えて顔を埋める。


「な、な、何よさっきのー!」


 キャー、と足を小さくぱたぱた動かす優子を白蛇はぽかんと眺める。


「ちゅ、チューした!絶対、おでこにチューした!」


 両手で額を押さえ、またもや足を小さく動かす。

 心臓が激しく音を立て、優子の体温を上げていく。

 目を開けていなかったけど、あの感触は絶対にそうだ。

 あの時、白威はどんな顔をしていただろう。何を思ってあんなことをしたのだろう。

 そして自分はどんな顔をしていただろう。変な顔をしていなかったか。いや絶対に不細工だったはずだ。涙を流して、胸のときめきやら緊張やらで顔が歪んでいたはずだ。

 もっと良い表情をしているときにしてほしかった。


「ああああ、もう、もう!」


 何も、あのタイミングでなくてもよかったのに。

 次に会ったらどんな顔をすればいいのだ。

 普通に接することができるだろうか。

 というか、主人の嫁になる女に対してそんな行為をしていいのか。不敬ではないか。まさか主人の怒りを買って殺される、なんてことにならないか。


「ね、ねえ、白威が殺されるなんてことないわよね?あんたの主人の怒りを買って殺されるなんてことない?」


 心配になり、白蛇を両手で掴んで必死に尋ねる。

 白蛇は首を振り、そんなことはないとアピールをする。


「そ、そう。ならいいわ」


 心配の種が消えた。

 しかし、あれは、好きということなのか。

 好きと言われたわけではないが、告白と受け取ってよいものか。

 白蛇の世界であれはどういう意味なのか。

 友情の証。永遠の絆。妹への愛。

 そういう意味になるのなら、今こうして舞い上がっている自分が馬鹿だ。


「ねえ、おでこに唇を当てる行為ってあんたの世界じゃどういう意味なの?」


 両手から白蛇を離すことなく問う。

 真剣な表情をする優子に、白蛇はどう表現しようか迷う素振りを見せる。


「友情?」


 白蛇は、ふりふりと首を左右に振る。


「絆?」


 ふりふり。


「妹とか、姉への愛?」


 ふりふり。


「…恋?」


 こくこく。


「恋!?本当に!?本当にそうなの!?違ったらあんた絶対に許さないわよ!」


 白蛇を振り回し、真っ赤な顔で大声を出す。

 恋、恋、恋。


「つ、つまり白威は、私のことが好きってこと?私に恋してるってこと?そういうこと?」


 白蛇に同意を求めるが、ふいっと顔を背けられてしまう。


「ちょっと、最後まで教えなさいよ!そういうことよね!?つまり私に惚れてるってことよね!?」


 あの白威が自分に惚れている。

 そんな事実を受け止めきれない。

 必死になって白蛇を問い詰めるが、目を瞑って優子から逃げるので片手で白蛇を握り、上下に振る。


「教えなさいよ!!ほら、早く!」


 力いっぱい上下に振る。

 優子が疲れて腕を止めるも、白蛇はどこ吹く風だ。

 そんな様子に腹が立ち、また上下に振り回す。

 白蛇はダメージを負うことなく、疲れ切った優子だけが出来上がった。


「はぁ、はぁ、本当にあんたしぶといわね」


 睨みつけた後、疲れて動きたくない身体を床に倒した。

 惚れた。白威が、自分に惚れた。

 あの白威が。

 確かに自分は可愛く成長した。綺麗だな、可愛いな、と自分でも思う。

 しかし、白威の輝きには勝てない。

 白威より劣る自分を、白威が選んだ。

 今までの自分を思い返すが、好かれるようなことをした覚えはない。意地悪をした覚えならたくさんある。

 一体どこに惚れたというのだ。

 逆に、自分は白威のどこに惹かれたのだろう。

 考えてみるが、これといって特別なものはない。もちろん容姿は好きだ。あの美しさに勝るものはない。表情が変わりにくいけれど、分かりやすい時もある。無口だけど、素直だ。

 あの朱い瞳に見つめられると、平静ではいられない。

 どこが好きか。

 そんなもの、一概に言えるものではない。

 もしかしたら、白威もそうなのかも。

 どこが好きかと優子が聞いても、優子と同じような回答になるのではないか。


「はぁ、次はどんな顔して会えばいいの」


 きっと慌てふためいて、いつもより変な態度をとってしまうかも。

 そんな自分が想像できる。

 次会うまでに、心はいつも穏やかにしておこう。

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