神がかった美しさ

@nonakasuzu

第1話


 大木正幸は喫茶店で30分間話し続け、やっと一息ついた。

 目の前には美しい女性が座っている。小さなテーブルの上のコーヒーとチーズケーキには手を付けていない。

 彼は、自分が入信している教団の素晴らしさを30分かけて説明した。

 彼女は時々、「はあ」「そうですか」と相づちを入れて聞いていた。

 彼なりには、多少の手応えを感じている。



 活動の一環として街を歩き、悩みを抱えていそうな人間を見つけると片っ端から声を掛けた。

 いつも無視されるか、早足で逃げられるかのどちらかだった。


 救われるチャンスを自ら捨てるなんて、可哀そうな人ばかりだ。


 そんなとき、彼女を見かけて声を掛けた。美しい女性なのに、周りの男たちは興味がなさそうで不思議だった。

 意外にも「話を聞きたい」と言って来たのでこの店に入り、向かいあっている。彼女は、特に悩みを抱えているようには見えない。

 しかし、外見の美しさに惹かれて声を掛けたなどと彼は認めない。認める訳にはいかない。

 それは罪だから。


「どうですか?  毎週日曜日に集会があります。有り難いお話も聴けて、ホッとしますよ」

  教団内独自の呼び方があるが、「集会」「お話」など柔らかい言い方を選ぶ。 

  彼女は、初めてコーヒーに手を伸ばし一口飲んだ。 カップを置き、静かに言った。


「私は無神論者です」


「えっ?」

 彼は驚く。疑問を口にする。

「何故ですか?」

「それは、『何故、ここで話を聞いたのか?』という意味ですか?  それとも『何故、無神論者なのか?』という意味ですか?」

 顔を歪めた彼とは対照的に、彼女は顔色一つ変えない。 「……どっちもです」

「まず、『何故、ここで話を聞いたか』ですが、あなたが本当に信じているのか、自分の地位や収入のために活動しているのか、知りたかったからです」

「そっ、それは……」

「あなたは、本当に信じてますね。今までの話で分かりました」

 彼は口をつぐんだ。

 「で、『何故、私が無神論者なのか』ですが、正直言うと信じる方が異常だと思ってます」

 彼は静かに唸った。ここまで真正面から「異常」と言われたことはない。

「僕はいると信じてます」

「それは物理的にですか?」

「?」

「まずあなた方の定番、『心の中に存在する』ってのが気に入らないです。そんな理屈が許されるなら、アンパンマンが本当にいるって信じてる子供はいますが、アンパンマンはフィクションですよね。神もフィクションでは?」

「それとこれとは……」

 彼は普段、教団に勧誘するときは流れるように話せる。しかし、今の彼は非常に歯切れが悪い。

「同じですよ。いると言うなら見せて下さい。白髪の長髪で杖を持った頭に輪っかが浮いているおじいさん的な何かを」

 彼女はまたコーヒーを飲んだ。

「私は、約30分あなたの話をほぼ一方的に聞きました。だから私も一方的に話します」

 彼の顔を彼女は真っ直ぐ見る。

「百歩譲って神が存在するとします。それは何のためですか?」

「それは我々人類を見守って……。正しい道に……」

 彼のこめかみに汗が伝う。

「そんな立派な仕事してないですよね? 世の中、なんの落ち度もない人達が、悲惨な目に合うことが多過ぎですよね?」

「それはその人の成長のために試練を……」

「蹂躙され、殺されたら成長もなにもないでしょう」

 彼は下を向いた。 目の前の美しい女性が、今までの自分をぶち壊す化け物に感じる。



  彼女は、チーズケーキの横のフォークを手に取った。

「もし、このフォークをあなたの首に突き刺して、殺したらどうなりますか?」

「!?」

  彼は驚き、顔を上げた。再び彼女の視線に貫かれた。

「私は警察に捕まり、裁判所で裁かれ、罰を受けるでしょうね」

「そう思います」

「何故でしょうね」

「……どういう意味ですか?」

 少し間を置いて、彼は訊き返した。

「昔から、因果応報、自業自得、バチが当たるって、言うじゃないですか。神がいるなら、サッサと私に雷でも落とせばいいんですよ。警察も裁判所も不要です」

 彼女は腕を伸ばし、彼の目の前にフォークを出した。 「……とにかく」


 カンッ!


 彼女はチーズケーキにフォークを突き刺した。


「目を覚ましなさい」


 呆気にとられる彼を置いて、彼女は店を出ていった。






  人混みの中を彼女は歩いている。


「ああ、面倒臭い。人間は退化しているのか? 神なんて……あんな堕落しきった連中を何故信じるのか? あのクズどもを」


 彼女の体が一瞬光に包まれ、消えた。

 しかし行き交う人々は、誰も気付かなかった。



 最初から彼らには見えていなかった。

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